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第23話 同棲の話/配信者としての成功

 そのあとはとんとん拍子に話が進んだ。


【この間、いちごみるるちゃんと道端ですれ違っちゃったよ。彼女こんなに近くに住んでるんだなあ! うれしくなった!】

【特定しました。いちごみるるちゃんと一緒に死にたいと思ってたんです。悩みとか会って聞いてもらえませんか?】

【sssちゃん時代の顔めちゃかわいくないですか? 化粧品なに使ってたか教えてもらってもいいですか?】


 たくさんのリプライ。YouTubeの混沌としたコメント。

 苺果のファンは純粋に応援してくれる人もいるが、人数は多いので、さまざまな人がいる。特定厨、無神経に住んでる場所をバラす人、無遠慮にsss(顔出し配信者時代)のことを持ち出す人……。


「苺果、住んでる場所を移そう」


 透夜がそう持ちかけるののも、無理はない話だった。


 あのアンチ事件があってから、苺果のYouTube登録者はなぜか増え、いまでは百二十万を目前としている。

 元から顔バレしていたが、アンチ事件から顔を目にする機会が増えたためか「今日すれ違いました! 話しかけてもいいんですか?」などとリプライされることが増えた。


 多くの人はべつに悪意を持っているわけではない。ただネットの有名人と会えた、嬉しい! みたいな感覚だろう。苺果の美貌も、インフルエンサー的であるし。しかし、苺果はまだ若い女性で、なんらかの事件に巻き込まれることも考えられた。


 手っ取り早く、居住を移そう。


 そんな話になった。


 今現在話し合っているのは苺果の家である。透夜はキティちゃんのカップでコーヒーを、苺果はクロミのカップでカフェラテを飲んでいる。


「でもどこへ……?」


「苺果の収入と、僕の収入と貯金を合わせれば、マンションに住める。少し都心からは離れるけれど、そのほうがいいんじゃないかと僕は思う。具体的にはこことか」


 透夜は埼玉の新築マンションのパンフレットを数冊広げた。

 事前に透夜の持っている二千万円で買うのが苦しくなさそうな、新築マンションの目星をネットで調べてつけていた。


「ふうん……」


 カフェラテを啜りながら、苺果はマンションのパンフレットをめくった。


「でも、ローンは会社員じゃないと組めないんじゃない? ほら、よく聞くじゃん。正社員で三年勤めないとローンを組めない~みたいな」


「それは問題ない。正社員で働くつもりだから。最初は貸借させてもらって、三年経ったら移っても、そこに住み続けてもいいし。まあまずは相談してみないといけないけど……」


「え? どこで正社員になるの? まさか今から就活するとか?」


「実はコンビニの正社員の話をされたんだ。店長にね」


 それは旅行に行く前のことだった。


 以下、回想。


「店長、すみません。急に休み申請をすることになってしまって」


「伊藤がけっこう空きコマあるらしいから、対応できるって。あと冬休み帰省しないらしいから。大丈夫。あとさ、少し相談があるんだけど、いい……? 折り入って、伊万里にしか頼めない相談なんだけど……」


 そこで店長――真室川まむろがわ朝子は声を潜めた。


「はい……?」


 透夜もつられて小さな声になる。


「うちで正社員をやらないか? また店舗を拡大しようとしていて、正社員が必要なんだが、まともな人材がなかなかいなくてな。知っての通り、うちは関東圏に五十店舗を持つフランチャイズの会社だ。正社員の従業員数は二百人を超えてる。福利厚生もほどほどにしっかりしている。悪い話じゃないと思うぞ」


「考えさせてください」


 ……という会話をしたのだ。


 そして透夜はその話を受けてみようと思っている。


 埼玉に居住地が移るとしても、埼玉にも会社の保有する店舗は存在しているため、そこに異動を願い出ればいいだろう。融通はきかせてくれるはずだ。


 そういうことを透夜は苺果に説明した。


「なるほど……。透夜もそろそろ二十三歳、きちんと働く場所ははっきりさせておきたいよね。正社員の話を受けてみるのはとてもいいと思う。……苺果のVTuberの仕事はどこでだってできるもの。うん、埼玉でいっしょに暮らそう」


 真面目な声色だった。


 透夜は確認のために、訊ねた。


「同棲したら後戻りできなくなるわけじゃないけど、後戻りするのが面倒にはなる。……本当にいい? 迷いがあるなら、苺果だけ都心のどこか防犯設備がいいところに引っ越すのもありだよ」


「一人暮らしはもういいよ。私をずっと守ってくれるんでしょ? ずっと一緒にいよ!」


「うん、ずっと一緒にいよう。ずっと支える。ずっと守る。約束するよ」


 苺果が透夜に抱き着いた。


 あれほど空虚だった胸が、満たされている感じがした。



 深夜、サカナお姉さんからLINEが来ていた。仕事の休憩時間に気づいた。


 サカナ:同棲の話にうまくできた?


 実はサカナお姉さんに事前に相談していた。というのも苺果の周りのファンに、悪意はないとはわかっているものの、不穏な動きがみられたからだ。

 こうこうとはよくあるのか訊ねたのだが、登録者数百二十万の世界がどれほどなのか、わからないとサカナお姉さんには言われた。


 苺果はいま、未知の世界に立っている。


 透夜:大丈夫でした。配信者辞めるとかの話もでませんでしたよ


 サカナ:そういう話にならなくてよかった。まじでVTuberは辞めるべきじゃないと思うよ、苺果は。天職って感じだからね


 苺果がVTuber以上にまともな職につけるとは到底思えない。水商売などしたら、地獄の再来になってしまう。


 それに、苺果を地獄から引き揚げたのは、サカナお姉さんなのである。


 配信者sssちゃんにVTuberの身体を初めにあげたのは、サカナお姉さんだった。


「その当時も顔出し配信者としてはそこそこ成功してたけど、ODとかやりまくって全然安定してなかったからさ。絡んでて不安になって、できることないかなって思って、プレゼントしたのが始まり」とサカナお姉さんは言った。


 それが契機だった。


 VTuberにならなければ苺果はいずれ身をやつし、落ちるところまで落ちていたかもしれない。


 あの橋から落ちた日、苺果はマユさんに会いに行った帰りだった。日記にも出てきた親友――仙台から東京に一緒に出てきたマユさんは、いまは二歳の男児を東京郊外でひとりで育てている。


 苺果と透夜が出会えたのは、まぎれもなく、たくさんの人々の偶然の積み重ねのおかげであり、誰か一人でも欠けていたら、きっと出会えず終わっていた。出会えていたところで、苺果の精神が闇に沈んでいたら、透夜も苺果に救われることなく、きっとそこで途切れていた。

 闇に溺れないように苺果は足掻いて、周りの人も苺果を助け、ぎりぎりのところで立っているときに、――透夜と出会えたのだ。その出会いに感謝しなければならない。


 透夜:サカナお姉さん、改めてありがとうございます。苺果を助けてくれて、ありがとうございました


 サカナ:べつにいいよー。たいしたことしてないしね。入院したときももっとちゃんと見てあげられなくてごめんね。締め切りが迫ってて、行ってあげられなかった。不甲斐ないボクだけど、これからもよろしくね


 透夜:はい、お願いします。命令権ここで使っていいですか?


 サカナ:いいよ


 透夜:苺果をずっと支えてください、一緒に


 透夜はスマホをぎゅっと握った。


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