第18話 旅行に行こう!in大阪&京都
「旅行に行こう」といきなり苺果から言われたのは、十二月半ばになってからだった。
話を詳しく聞くと、もう宿はとったというので仰天した。相談しろ。
目的地は大阪と京都。宿の予約はリゾートホテルらしい。
予約が無駄にならないように、慌てて透夜は職場に休みの電話をいれた。店長である真室川朝子はこの昼間に出勤しており、電話口で快く対応してくれた。
「店長、すみません。急に休み申請をすることになってしまって」
「伊藤がけっこう空きコマあるらしいから、対応できるって。あと冬休み帰省しないらしいから。大丈夫。あとさ、少し相談があるんだけど、いい……? 折り入って、伊万里にしか頼めない相談なんだけど……」
「はい……?」
……。
…………。
◆
二十五日クリスマスは前々より予定していたとおり、いちごみるるちゃんの活動があるため、会わなかった。クリスマスプレゼントを渡しあうのも旅行の日でいいかとなり、なにもせず過ごした。
透夜がしたクリスマスらしいことといえば、二十五日は出勤した際に廃棄のチキンを食べたことだった。基本FFは透夜は買わない。廃棄で食べられるから。
二十八日土曜日。新幹線で新大阪まで向かう。
東京駅で待ち合わせした。
「あ、おにーちゃーん」
ホームの遠くから苺果は透夜を見つけて手を振ってきた。オーバーコートの前は閉じられて、地雷系タイツで彩られた素足がコート下から覗いている。ピンク色のスーツケースも一緒だ。
透夜の隣にも白いスーツケースがある。
このスーツケースを使うのは引っ越し以来だった。出番がないし場所をとるため、もう捨てようかとも考えていた。
捨てなくて良かった。
「おはよう、苺果」
「おはよう。昨日全然寝られなくてさ~。遠足前の小学生だよ!」
話しながら新幹線乗り場へと移動する。スマートEXで自由席をとっているので、新大阪行なら何時のどの列車に乗ろうが自由だ。もちろん自由席に限るが――時間指定されていないというのは大きい。
「このまま向かっていい? 忘れ物とかしてない?」
「たぶんしてない、行こう」
改札にsuicaを翳し、新幹線乗り場へ。
乗換アプリを確認して、最速に乗る。
まずは大阪に向かう。
予定としては、二十八日・二十九日は大阪。
三十日・三十一日・元旦は京都。
一月一日に東京に帰ってくるという予定だ。
四泊五日の大旅行となる。
新幹線は空いている席を見つけ、二人並んで座ることができた。
「配信業務に穴開けて大丈夫だったの?」
「うん、無問題。ええっと、今日は十八時に吐息.さんの『デートプラン』をサカナお姉さんと歌ってみたやつと、明日はシャニマスの『sos』明後日は『サッドガール・セックス』次は『気まぐれメルシィ』の歌ってみた上げるから!」
「そ……そうなんだ」
「ちゃんと準備してきたの。褒めて」
頭を撫で撫ですると、満足したみたいだった。
そんなふうに新大阪までは、和やかに話した。
十三時過ぎに新大阪に着く。
「まずは道頓堀でも見よう。道頓堀の次は通天閣ね」
そういうことになり御堂筋線でなんば駅まで向かう。なんば駅ではコインロッカーが一か所空いているところを見つけたので、苺果の荷物を預けた。
透夜は荷物を持って頑張ることになった。……まあちょっと重いだけで、頑張るというほどではないけれど。
「わーここが野球で勝ったり負けたりすると飛び込む人が現れる橋か……」
「その認識、合ってるけど、なんか違う」
道頓堀は人があふれていた。外国人が弾き語りしている。お金を投げ入れるためのギターケースに苺大福が入っていたのが印象的だった。
大阪らしい張り出した看板というものも見物できた。
お土産屋さんもたくさん並んでいたので、苺果はそこでよくわからない大阪限定だというねこのぬいぐるみを買った。
「ではでは通天閣へ行きまっしょー」
日本橋駅へと徒歩で移動し、堺筋線に乗る。通天閣は天王寺動物園というところの近くにあるらしい。
通天閣は道頓堀ほど人はいなかったが、それなりに混んではいた。
予想以上に通天閣が低かったので上るのはやめた。写真を撮影し、その周辺を歩いた。
ここでも張り出した看板というものが見られた。
串カツ屋さんに入り、幾本かいかやたこを食べてみた。苺果は肉ばかり食べていたが「おいしい」と言っていた。たこやきもあったので、注文してみた。本場のタコ焼きはだしソースが効いているのが関東と違っていた。
夕方になったので、なんば駅まで戻る。
なんば駅で荷物を回収し、今日の最終目標である大阪城近くのリゾートホテルに向かう。
なんと泊まる部屋には屋内プール(サイズ感はジャグジーなのか?)があるらしい。
「新しい水着持ってきちゃった!」と楽しげに苺果が言う。
やけに広くて綺麗なロビーはむずむずしたが、チェックイン自体はスムーズにいった。
部屋に入ると早速、苺果はプールを見に行った。
透夜も後ろからついていく。
プールの横はジャグジーよりは大きそうだった。壁面がガラス張りになっていて、そこからライトアップされている大阪城と周辺の高いビルが見えた。
歴史に疎いので、お城のすごさというのがわからないのだが、大阪城は作りが精緻な気がする。
「贅沢な眺めだね」
「大阪! って感じじゃない?」
苺果ははしゃいでいた。さっそく水着に着替えて、プールで遊ぶ。
《《映える》》ようなハートのうきわは無料貸し出しだったので、借りた。
苺果は白いワンピース型の水着だった。白というチョイスも清楚そうな水着のチョイスもすべてがめずらしい。
「写真、撮ってもいいんだよ?」と言われたので、遠慮なくパシャリ。
「お兄ちゃんも来て」
「……はいはい、そのうちね」
てきとうに返事する。
ベッドルームに行くと、眠くなってしまったので、そのまま身体を横にした。
写真フォルダをスクロールして、今日撮った写真を振り返る。
苺果の笑顔、苺果が食べている姿、苺果のピース……
今日も一日、苺果との思い出のピースが得られた。
うとうとしていると、不意に「もうお兄ちゃん、寝ちゃうのはやい」と声がして、揺り動かされる。
べしょべしょの手で顔を触られ、「うわあ」と叫んで飛び起きてしまう。
そこには、水着は脱ぎ捨てて、タオル一枚で身体を隠して立っている苺果がいた。肩のラインは華奢で、腕は細い。白いケロイド状になった傷跡が肌色から無数に浮きあがって見えた。この傷がなければ、きっと、もっと世間に羽ばたいていけたであろう。見るたびにいつも少し惜しい気がしてしまう。
「ど、どしたの、その恰好」
「そろそろご飯の時間でしょ? ちゃんとタイマーかけてたから」
「あ、そうなんだ」
「お風呂入ってくるぅ」
そう言って苺果はバスルームへと消える。
無駄に心臓がどきどきしていた。どきどきさせないでくれ、頼むから。
――胸に手をあてて、無心になろうとする透夜である。
そのあとはホテルの上階のレストランで、牛肉ステーキを食べた。
「明日は朝からUSJだね! USJ行ったことないから楽しみ」
切った肉を苺果は言う。
「僕も行ったことない……うん、楽しみ」
透夜は友達がいないので、テーマパークももちろん行ったことはない。ディズニーも行ったことがないし、USJももちろん。そもそも関西は遠いのがあるけれど。
部屋に戻って就寝するだけとなる。
透夜はシャワーして。苺果は明日の準備をして。
ベッドは二つあって、それぞれ別で寝る。
歯磨きもなにもかも終わって、電気を消して目を瞑る前に、楽しかったなと思った。
旅行、楽しい。
苺果がいっしょだからだろう。