第17話 誓いの夜
十一月三十日。十一月最後の土曜日。
部屋の飾りつけというものがよくわからなかった。年齢の数字バルーンを用意した写真も、Google検索したときに引っかかったが、どう考えても片付けるのが手間で渋ってしまった。こういう理性的なところはあんまり苺果は喜ばないかもしれない。
部屋はそのままだけど、プレゼントとケーキと料理はある。
自作料理をごちそうと言っていいのかわからないが、叔母さんから作り方を急遽教えてもらった八宝菜と麻婆豆腐。
ケーキは近所の人気らしいケーキ屋で予約したいちごのホールケーキだ。
上に乗ったいちごの数にインパクトがあり、かなりボリューミーな仕上がりなので、苺果の反応が楽しみだ。
約束の時間の十六時まで、もう五分程度。あともう少しで部屋に苺果が来る。
透夜は掃除用具を持って、そわそわとしていた。机を拭いたり、床を拭いたり、さっきから何度も繰り返している。苺果が来る前はいつもそうだった。
やがて――
ピンポーン
チャイムが鳴り、透夜が出ると、冬の装いの苺果がエントランスに立っていた。開錠ボタンを押して通過してもらい、扉の前のピンポンも鳴ったので、そのまま迎え入れる。
「おじゃましまあーす」
どこか楽しそうに言って、苺果は家の中に入る。
玄関先で苺果はコートを脱いだので、透夜はそれを預かった。
今日の苺果の恰好は、黒のオーバーコートに、中は薄ピンクの地雷系ワンピース姿だった。
いつもの苺果らしい恰好といえるだろう。
そこに大き目のボストンバッグを持っている。苺果は今日泊まる予定にしていたから、その荷物だろう――
言語化するには少々醜い感情が透夜のなかに首をもたげかけた。しかしそれを察知されまいと、わざとらしく普段通りの声を出した。
「料理はできてるけど、最初はごはん、ケーキ、プレゼントの順でいいかな?」
「いいよー。プレゼント、何買ってくれたの?」
「それは秘密」
「はーい」
「じゃあ準備してくるから座ってて」
居間には組み立てた机が置かれている。
白米をごはん茶碗に、八宝菜と麻婆豆腐を大皿に盛り、お盆で持っていく。
「お兄ちゃん、自炊できないような顔しながらめっちゃできるんじゃん」
「まあそりゃ十八から一人暮らししてるからね」
「ぷりぷり。まあ苺果も中華料理のあんまり難しくないやつはできるけど……」
二人でいただきますと手を合わせる。
八宝菜を一口食べた苺果が「え、これめっちゃ美味しい!」と目を輝かせた。
叔母さん直伝のレシピが気に入ったらしい。
麻婆豆腐のほうも食べて「辛ッ」と嬉しそうな顔をしていた。
喜んでくれてよかった。
和やかに食べ終わり、ケーキの番になる。
たくさんのいちごが並んだケーキに苺果は「おおおお!」と反応してくれた。スマホを取り出し、写真を撮影する。
蝋燭は数分ないが、数本立てて火をつけると、雰囲気が出た。
透夜がハッピーバースデーの歌を不器用に歌うと、苺果はきゃっきゃっと喜んでくれた。幼子のように無邪気に笑い、蝋燭の火を消してくれた。
「二十歳の誕生日おめでとう、苺果」
「ありがと。こうして誕生日を一緒に過ごせて良かった」
写真でも撮ろうかということになり、二人いっしょに並んで写真を撮影した。
透夜は自分の顔も嫌いだったが、なにも言わず我慢した。苺果がツーショットを欲しがっているのだと思ったから。
ケーキにナイフを入れる前に、誕生日プレゼントも渡すことにした。
ショッピングバッグを渡して、中の箱を開けてもらう。
「わー! かわいい! いまつけていいかな?」
第一声がそれで安心した。
苺果が取り出したそれは、ピンクシルバーの地にピンク色の石が輝く、土星のようなデザインのネックレスだった。
結婚指輪を強く希望されたあと、いろいろ雑貨などを見て、ちょっとお高めの女子人気の高いハート型の櫛にしようと一度決めたのだが……念のためサカナお姉さんに相談したところ、「アクセサリーを期待している女の子に櫛は絶対がっかりするからやめよう」と止められたのだった。
結果的にジュエリー店の店頭で売っていた、ネックレスに決めた。総額八千円ほど。
それで成功だった。
「んふふ。一生大事にするね」
「そんな大袈裟な」
ジュエリー以外を選んでいたら、どうなっていたのだろう。サカナお姉さんの言う通りにして良かった。
ケーキも食べ終わって宴も終わり、というところで透夜は切り出した。
「今日、泊まらずに帰って欲しいんだ」
「え!?」
苺果はすっかりくつろぐ気でいたようだ。床に伸びていたのに、びっくりして起き上がってきた。
「その……苺果のことは好きだけど、まだ泊まりとか、早すぎると思う」
「早すぎる!? 早く抱きたくないの!? この体を!」
誤魔化されてくれるかと思ったが、むしろ直球で打ち返された形になった。
苺果はよほど体に自信があったのか、わなわなと唇を戦慄かせている。
「そういうの良くないって」
「えぇ……えぇえええ……! 苺果、胸だって大きいよ! えっちなの好きでしょ!?」
「好きだけどしない」
苺果との関係性を考えるにあたって、気になったことがある。
それは苺果が透夜と自殺した兄を、重ね見ていることだった。
ちゃんと恋人になろうとは言っても、「お兄ちゃん」としか呼んでくれない。
苺果はきちんと透夜が好きなのではなくて、自殺した兄への贖罪を果たしたいだけではないのか――と透夜は予想していた。
好きかすらあやふやな、そんな状態で次のステップに進むわけにはいかない。
「今日は帰ってくれ」
「そんな……か、かわいいパジャマだって持ってきたのに……! じゃ、じゃあ、そういうことしないから泊まるのは!?」
「それは……それならいいかな……いや、やっぱだめだ。ふとん一つしかないから」
「えええーお兄ちゃんのケチーーーッッッ!!!!」
苺果は床にゴロゴロ転がり、じたばたしたが、透夜が無視していると、しばらくして動きを止めた。
「苺果のこと、ほんとは嫌いなんでしょ……」
「嫌いじゃないよ。大切にしてるからだよ」
「嘘ぉ。好きだったら誕生日にひとりにしないもん。このごろ苺果に構ってくれなかったぶん、いーっぱい構ってくれたっていいはずだもん。苺果は好かれてないんだ……付き合ってるのに、苺果を一番にしてくれない恋人ってなに? 意味あるの?」
苺果はぶつぶつと呟き、ぎゅっと丸まった。顔を見せないようにしている。もしかしたら泣いているのかも知れなかった。
「サカナお姉さんも、幼馴染も、気持ちをお断りしたよ。僕には苺果だけだ」
「…………むー」
むくりと苺果は顔をあげる。
「愛してくれるの? 苺果を」
「君を愛する準備はできている」
「将来、誓ってくれるの」
「今は誓えないけど、いずれは誓ってもいいと思っている」
「……むー。苺果の夢、好きな人と幸せな家庭を築くのが夢なんだけど、叶えてくれるの」
「僕でいいのなら。正直、相手が間違ってる気がするけど」
「わかった。じゃあこれから、お兄ちゃんは苺果を必ず一番にして。他の女の子のことなんて考えちゃダメ。絶対に苺果だけ。苺果以外見ないで」
「努力するよ」
「苺果もお兄ちゃんを愛する。こっち来て」
言われて、苺果のそばに寄る。
起き上がった苺果はそのまま、透夜に抱きつき、唇にキスをした。
「約束、だからね?」
初めてではないから、透夜にだって余裕はあった。
柔らかい体を抱きしめ返して「ずっとそばにいてね」と言った。
苺果はどこかへ行ってしまいそうだから。
いや、お互いにそう感じているのかも知れない。
しばらく、二人は抱き合ってお互いの体温を感じながら過ごした。
静かで満たされた時間だった。
◆
苺果を家に送り届けて、夜空を見上げると、澄んだ空気の中で星々が煌めいていた。
透夜の名前の由来は生まれた日、名付け親の祖父が散歩した際に夜空が綺麗だったからだ。
きっと今日のこの星の輝きも、透夜の生まれた日に匹敵するくらい素晴らしいものであるに違いない――と透夜は思った。
 




