第16話 誕プレに悩んでいたら結婚指輪を強く希望された件についてwith夜永の他人宣言
十一月二日から、三日に変わるころ。
ふとスマホを見ると、夜永からLINEが来ていた。
実は水曜日の時点で夜永に「モールス信号読んだ。どういうつもり?」と訊ねていた。
返信は一言。
夜永:ばか
とだけ。
しかし透夜は諦めずに、「学生時代、男をとっかえひっかえしてたじゃん。あれは?」と訊いた。
一日以上既読無視されて、やっと返事がきた。
夜永:好きという気持ちがよくわからなかったから、付き合ってみた。誰ともみだらなことはしていない。清い交際(親指を立てる絵文字)
透夜は苺果からもらった有名イラストレーターのLINEスタンプで「なるほど」を送った。
去来した感情は様々だった。女の子も好きって気持ちがわからないときがあるんだなあとか、もっと早く夜永の気持ちを知っていたら未来は変わっていただろうか? とか。
まあでも夜永への嫌悪感は若干薄れたが、まだ残っている。あまり未来が変わっていたとも思えない。苺果との未来を望みたい。
夜永も透夜のことなど、もう吹っ切れているだろうけれど。
特に夜永に感情があって連絡を取ったわけではない。
今回も無感情で夜永が送ってきたメッセージを確認する。
夜永:もう明日からは他人です。よろしくお願いします。
「いや、明日からもなにも、仲良いムーヴしたの初めてだったけどな!」
一人で突っ込み、スマホを置く。
自立を意識しているようだから、ちょっとは成長したと言えるのだろうか。
まあ夜永の人生が良い方向に転がってくれればいいと思う――夜永だけじゃなくて、サカナお姉さんも、苺果も。
そうだ、苺果。
思い出して、スマホをもう一度取り出し、LINEを見る。
チャットは苺果のおはようで止まっていた。未読無視したかたちになる。以前「未読無視病む」と言われていたので、ごめんのスタンプから入る。
透夜も苺果と付き合っていろいろ学んだのだ。
レスポンスは早く、すぐに「おこだよ」のスタンプが返ってくる。それと「なにしてたの?」のチャットも。
今日、サカナお姉さんと遊びにいくことは話ていたので問題ないので、「帰ってきてから寝てた」と伝えた。
苺果:そなんだー。お兄ちゃんといっしょにねたーい
透夜:寝相で殴られそう
苺果:そんなことないもん!
他愛無いことを話しながら、透夜は考える。夜永とサカナお姉さんのことが片付いたら考えなければならない次のことを。
次の懸念は苺果の誕生日のことだ。
誕生日プレゼントをどうするか。
泊まりに来るという話を如何にして断ろうか。
透夜は悩んでいた――というか、今まで忙しいから考えないようにしていたが、ようやく考える時間ができてしまったという感じだった。
予算は一万円くらい。年齢的に考えて社会人のカップルがプレゼントを贈り合うのはそのくらいの金額じゃないかと考えている。
なにがいいか――本人に訊いてしまうのがいいけれど、amaozonですぐ買えるものを渡すのも面白くない。
でも、まあ、相談するべきだろう。恋愛や女性に疎い生活をしていたから、あんまり自分のプレゼントセンスが冴えているという期待もできないし。超能力で苺果の欲しいものがわかるわけでもないし。
透夜:通話かけていい?
苺果:うん、大丈夫だよー
発信すると数コールで苺果は通話に出た。
「なんか通話するのは久しぶりだね、お兄ちゃん」
「久しぶりだね、苺果」
改めて聞くと苺果の声はアニメキャラの声みたいな不思議な艶があり、声だけでももう懐かしかった。
「……会いたい」
ぽろりとこぼしてしまった単語に、苺果は反応する。
「日曜日会おうか!?」
「……いいの?」
「うん、実況動画出すだけで、配信自体はちょうど休もうかなって思ってたし」
「わかった。会おうか」
会って、いろいろみるなりして、好きなものを教えてもらおう。
「じゃあ、苺果の最寄り駅まで迎えに行くから。十四時くらいでいい?」
「うん、待ってるね」
そういうことになった。
◆
さすがに十一月になると、東京の気温も低い。上着は冬のものへ変わった。
白いシャツの上にコートを羽織る。
来月は十二月。十二月には恋人たちのイベント・クリスマスもある。またプレゼントで悩まなければならないわけだ。
電車に揺られて、苺果の最寄り駅に着く。改札内に苺果の姿を見つけて、透夜は近寄った。
「おまたせ」
「えへ、迎えにきてくれてありがとー! 今日はどこに行く!?」
意外にも苺果は外見的装飾の少ない黒のオーバーコートを纏っていた。中はいつもの地雷服のようだ。
「ええっと……それが……苺果の誕生日プレゼントに、なにが欲しいのか知りたくて……」
本人に直接言うのは緊張してしまったのと、直前になってやっぱりこういうのは一人で考えたほうがいいのかと逡巡してしまったのだが、結局は口にした。
「なるほど! 直接訊いてもらえたほうが苺果嬉しい! 欲しいものおねだりできるじゃん!」
「あんまり高いものじゃないっていう条件付きね」
予算一万円では苺果の好きなブランドの服はTシャツくらいしか買えない。
「わかってるってー。やっぱ行くところは決まってるよねえ」
強引に手を繋がれる。もちろん恋人繋ぎだ。指の細さにどきまぎ――なんて恋愛小説では描写されるけれど、そこはあんまりしない。身長がほぼ同じなためか、手の大きさもあまり変わらないからだ。指はさすがに苺果のほうが多少細いし柔らかいが、あんまり差異は感じない。
それでもなんだか嬉しくなるのはなぜだろう――
「それじゃあlet's ゴー!」
◆
「女の子にあげるアクセサリーはハートはだめなんですよ、ハートは!」
「そうなんだ」
綺麗な制服を着て、にこやかな表情を浮かべる女性スタッフ。
その前に置かれているショーケースには、大から小の宝石がついていたり、捩れや艶消しなどさまざまな加工が施されたりしている、数々の指輪。
そのなかのひとつ、ピンクシルバーの指輪を試着させてもらってご満悦の苺果。
ここはデパートのジュエリー店の一角である。
「ところで、あの……苺果さん……」
「ん?」
女性スタッフに見えないように口元を隠しながら、苺果に耳打ちする。
「これって結婚指輪だよね?」
透夜の薬指にも、艶消しのマットな銀色の指輪が嵌っている。
自ら望んでノリノリで指輪を試着した苺果とは違い、透夜は心では拒否していたのだが、女性店員に流れるように指のサイズを測られて、合う指輪を勧められ、苺果に嵌められてしまったのだった。
「よくお似合いですよ〜。入籍日はお決まりなんですか? 年末年始は工場も停止しますので、お早めの予約をお願いしております」
「そうなんですね」
指を開いたり閉じたりしながら、値段の札を見てしまう透夜である。
苺果の指には――おそらくは結婚指輪としてはそれほど高くないであろう――十万と書かれた札。透夜のは九万円。
ごくり。
「女性の方にはこちらも人気です。ピンクシルバーで石がないものがお気に入りでしたら、こちらもどうでしょうか?」
と言いながら、女性スタッフは苺果の前に更に指輪を並べる。
「わあああかわいいい、ね、ね、かわいいい。どう? どう?」
意見を求められても困る。
「苺果、そろそろ……」
透夜は指輪を外して置いた。
「ね、これかわいいよおお。買ってええええ」
「いや早すぎるでしょ」
「婚約指輪はお決まりですか? お見せすることもできますが」
「え!? お兄ちゃん、どう? どう?」
しかし苺果はまだ帰る気がないようだった。
もっと見たいという雰囲気を発しているのを感じながら、苺果の指から指輪を抜き取って置いた。
「僕ら冷やかしなんで……売り上げに貢献できなくてすみません」
「あら、いいんですよ全然。将来のお役に立てば。今のサイズとお気に召したデザインで発注書、書いておきましょうか? 注文したいと思った時に持ってきていただければ」
「はい、ぜひ!」
ノリノリで苺果が答えた。
◆
そのあとデパートを見回って夕方になり、苺果を送っていく時間になった。
「今日のあれは結婚指輪がほしいってこと?」
「そうなりますね」
「却下で」
「ええええ〜」
「早すぎるだろっていうかまだ婚約もしてないし、プロポーズもしてないし!」
「結婚指輪は諦めるけど……でもでもでも、女の子は好きな男の人からアクセサリーもらったら嬉しいんだよ?」
きゅるんとした目でおねだりポーズをされて、心が動かない男性がいるのだろうか。
――ここに! いる!
自身が冷たい目で見られているのがわかったのか、苺果はしゅんとしてみせる。
「でもお兄ちゃんと結婚したいんだもーん」
「まだ付き合って、三か月しか経ってない。判断が早すぎる」
心配になる。これまで付き合ってきた男性みんなに言っているんじゃないのか。苺果の付き合ってきたほかの男を考えると、少しもやもやする。
「むー。べつに好きな人と結婚したいっていうのは、幼い子でも誰もが持ちえる乙女の夢じゃないかな?」
「……そうなんかな」
そう思ってもらえるのは嬉しいけどさ。
「誕生日プレゼントはとりあえず考えておくから」
「わかったぁ……」
その日は少し遠回りをして、苺果を送って、解散した。




