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第14話 モールス信号の解読

 朝、朝食の席にて。

 ダイニングで朝七時のニュース番組をぼんやり見ていたときだった。


「お父さん、お母さん、姫、やっぱり一人暮らししたい」


 戸を開け放ち、夜永はそう言った。きちんと着替えて普段着だ。ダイニングテーブルで新聞を読む叔父さんと朝食の準備をする叔母さん、ありがたく椅子に座らせてもらっている透夜とサカナお姉さんは揃って、夜永を見つめた。


「……姫、その話は後にしよう」


 叔父さんはやや気まずそうにそう言う。


「いや、今する! 姫は普通に生きたい! 近くでいいから一人で生活させてください、お願いします」


 夜永はこの前のように話を逸らせまいとしてか、叔父さんに向かって頭を下げた。


「お金を出してくれとは言いません。敷金礼金家賃も姫がバイトして、出します。だから認めてください。姫も普通に生きる……生きたい……それが普通の幸せな人生でしょ……? 姫も幸せになりたい、ならせてください、自分の手で掴み取らせてください」


「――本当に、覚悟があるんだな? すぐに戻ってこないんだな?」


「ちょっと、あなた……」


 叔母さんが心配そうに口を挟むが、叔父さんは構わない。


「うん、約束する。姫は自分の生活の面倒を自分でみます。だから一人暮らしさせてください。姫は堅実にひとりで生きていく力を身につけたいの」


「……そこまで言うならわかった。詳しい話はあとで聞こう」


「お父さん!」


「いや父さんも夜通し考えたんだよ、姫の未来を。会社に入れたかったが姫が嫌がるなら仕方ない……」


 叔父さんは嘆息した。


 きちんと話あえば、きっと夜永の話が通ると思っていた。叔父さんは過保護かもしれないが、話のわからない人じゃない。そんなに頭の固い人が会社の偉い人になれるわけがない。何事も臨機応変に対応できる、器の大きな人だ。

 今回のことは夜永が勝手に決めつけて、諦めて、病んでいただけだ。

 透夜は夜永が病んで諦めようとしているのを少し支えただけで、ほとんどなにもしていない。


 そこで今までこの話題に口を挟まなかった、サカナお姉さんが口を開く。


「大切な娘が離れて暮らすのは、そりゃあ心配だと思いますけど、何事も経験ですよ。一人暮らしで培われた生活力は今後の人生で絶対に役に立ちますから。まずは実家の近くでという約束するということでいいので、一人暮らしを見守ってあげてほしいです」


 柔らかいその言葉に、叔父さんはうなづいた。


「そうだな」


「でも心配です……カレーすら作り方が怪しいのに……」


 叔母さんは困ったような顔をしている。

 夜永はそんな叔母さんに向けて、言う。


「ごはんづくりは勉強します。具体的には……一人暮らし向けのレシピ本を買って。それでいいでしょ……?」


「でも……姫ちゃんは……なんにもできなくて……」


 なにか言いたそうな叔母さんに向けて、今度は叔父さんが制止するように少し手をだした。


「これからなにかできる人にさせるんじゃあないか。若いんだから、我々より知識の吸収も早いし、適応していけるさ」


「……でも」


「お母さん、困ったら絶対に頼りに来るから。心配しないで。お母さんの得意な中華料理、教えてよ。姫も作りたいから」


 夜永がそう言うと、叔母さんは涙ぐんだ。それから数回うなづいて、「お父さんがそうやって許可を出すなら、お母さんも応援します」と震える声を出した。


「お母さん、まだすぐに出ていくわけじゃないから」


「洗濯機の使い方も、料理も、まだ教えてあげることはたくさんあるだろう。母さん」


「そうね、教えてあげないと……立派になりましたね、姫ちゃん……」


 叔母さんの目の端から、溜まっていた涙が落ちた。


 感動的な場面――


 透夜は目の前で繰り広げられている親子劇を、冷めた目で見ていた。叔父さん叔母さんには大事にしてもらったと思っているが、親子の愛情というものには縁が遠く、夜永の《《それ》》を見せつけられるたびに、胸がちくちくする。


 無償の愛情とは親が子に注ぐ愛情のことだと思う。


 親に愛されなかったわけではないけど、透夜のそれは中途半端だ。親に抱きしめられたのは、十二歳のころの遠い記憶――


 だから心の中心にぽっかりと穴が開いて、そこに寒風が吹きこんでいるような、そんな感覚がするのだろう。


 夜永は透夜のことが羨ましいというけれど、透夜は夜永のことが羨ましい。


 夜永たちから目を逸らしたくなって、隣のサカナお姉さんを見やると、目が合った。


「!?」


 ばっちり目があったのが予想外で驚いていると、サカナお姉さんににっこりと微笑まれる。


 こ ん ど デ ー ト し よ う


 口パクでそう言われ、寂しさが少しどこかへ行った。


 ◆


「お世話になりました」


 門の前でサカナお姉さんと透夜は声を合わせて、頭を下げた。


「久しぶりに奈々世ちゃんと透夜の顔を見られてよかった。また顔を出してくれ」


「はい、また透夜君と来ます」


 透夜は夜永に向けて、「もう変なふうに家出してくるんじゃないぞ」と言った。


「トウのばか」


「こら姫ちゃん、別れるときにそんなこと言わないの」


「だってばかなんだもん。奈々世ちゃんはありがとう。またね」


 ひらひらと手を振って、夜永は玄関に戻った。夜永らしい別れ方だった。

 門を出ても、叔父さんと叔母さんは、手を振ってくれていた。


 バス停まで歩き、バスに乗り、サカナお姉さんの隣に座る。


「どうなることだと思ったけれど、なんだか見せつけられちゃったね」


「まあ、そうですね……はい」


「ボクも親とは縁がない人生だったからサ、ああいうの見てると思うことはあるね」


「そうですね」と、同意を示しつつ、透夜は気になっていたことを訊ねることにした。


「サカナお姉さんと……僕は会ったことがあったんですね。僕に飲み会で会ったときに運命的といったのは、僕のことを覚えていたからですか」


「うん、まあ、そーなのかな? 名前聞いたときに思い出したんだよね。ま、ま、積もる話はありますけれども、場所を移してまた後日ね」


「わかりました」


 車窓ににこにこしながら外を眺めるサカナお姉さんの顔が反射している。その横にやや不安げな顔をしている透夜が映っていた。


「そういえば夜永から、暗号……みたいなメッセージを、このまえもらったんですが……解読したほうがいいんですかね……?」


 サカナお姉さんにそのメッセージ部分を見せると、すぐに「モールス信号だね。すぐに解読できるサイトあるよ」と、アドレスをLINEに送ってくれた。


「なんで知ってるんですか?」


「ゲーム配信やったんだけど、そのゲームがヒントにモールス信号使ってたから」


 早速そのサイトで夜永の暗号を解読してみる。


 すきだよ

 ほんとうはさいしょから

 きみのことがうらやましい


「ばかなのは夜永だ……」


「ん? 夜永ちゃんがどうかした?」


 透夜はスマホの画面を落とした。


「いや、なんでもありません」


「今度二人でデートに行こうね。そのときに過去の話をするよぉ」


「はい、わかりました。楽しみにしてます」


 土曜日、サカナお姉さんとデートすることになった。


 そこから土曜日まで、あっという間に感じた。


 季節は十一月になった。


 苺果以外、女性に興味はないので、恋愛的な意味でどきどきすることはない。けれども美人と外出の予定というのは、そこそこ生活に張り合いを感じた。本当はサカナお姉さんとじゃなくて、苺果と外出したいのだが、サカナお姉さんの話を聞いたほうがよさげだし放り出すわけにはいかない。


 十三時にカフェで待ち合わせ。


「これでよし」


 つぶやいて。


 透夜は鏡の前で全身チェックしてから、玄関を出た。

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