純心をあなたに
「誰?この女」
美也子が目を細めて千種を見遣る。刺々しくもあり険しい。
「婚約者です」
簡潔な煽り文句を、カウンター代わりに繰り出す。
「泥棒猫?」
「耳が腐ってるのかしら?見た目くらいしか取り柄がなさそうだもの。可哀想」
…なぜそんな理想的な悪役令嬢の言葉を吐くのかね、千種。
年は一つ千種が上。高校生と中学生の差はあれど千種に何らかの余裕がある感じがする。
「婚約者ってなに?」
美也子の標的が俺に向いたようだ。
「さっきまで結納だった」
「はあ?」
「あなたも…六条に縁があるなら…分かるよね?この意味」
そうやって千種の指は髪を低い位置でまとめているリボンをそっと撫でた。
「…嘘…嘘でしょ?」
「幸平からもらったんだよ」
「ほんと?先輩」
嘘ではないからな。確かに贈った。
なので、俺は美也子に向かい首肯する。
「異性からの黄色いアクセサリーは純心をあなたに注ぎますって意味。着けることは受け入れる証。知ってるよね?」
黄色い和装の千種は美也子にそう言った。
………いやあ、全然知らなかったわ。
誰も教えてくれないんだもの。通りで周りから夫婦認定されてるわけだよね。
難しいです、田舎の風習。
唇を噛み感情を押し殺しているように美也子。
「あなたを知ってるわ。六条に縁の人よね。今日はお義姉さんに呼ばれたんでしょう?遊佐さん…元は早名の葉さんに。」
直接は私も聞いていないけど、と千種は付け加えた。
「あなたのお母さん、早名さんだもんね」
六条家は早名の一族の関係であるが、文字通り早名姓ではない。その辺ややこしい。
「…ついでに言うと幸平はもう和田じゃないのよ。早名幸平なの」
「それと、私は早名千種。幸平次第で和田か遊佐になるかも知れないけど。名字なんて縛りつける証はどうでもいいと思わない?」
「先輩が…先輩がこの人を選ぶなら仕方ないのかも知れないけど…こいつなんかムカつく」
美貌をギラリと輝かせながら、美也子は千種を睨む。口調の違いがあっても、千種の話した内容は姉ちゃんが言いそうなことだ。
…いや、いまや千種に合わせて姉、と呼ぶべきだろう。
小さい頃から千種を「洗脳」してたとは確かに姉から聞いたことがある。私にもしものことがあったら、その時に守ってくれる役目を千種ちゃんに託すんだよ、と。
俺が姉に何を為せているかを拙いながらに質問すと、姉は珍しく静かに笑い
「いてくれるから生きていける」
だからありがとう、と続けた。
そう言うことか。その時の記憶が瞬時にあふれ出し、姉が美也子を普段から厭う仕草を隠さなかった理由を得心する。
あくまで美也子は太陽。彼女の人生はたくさんの物語の主人公と成り得ると予想できる。たとえ内心では寂しさがあふれる孤独な太陽だとしても。
もし美也子が輝ける闇ならば、運命は対極を用意しているはずだ。
そう、千種は“月”である。明日が人類滅亡の悲しい日だとしても、多くの人はそれでも種を蒔くだろう。満ち欠ける月の流れを信じて。他の光がなければ存在すら認識されず、さりとて希望として縋られる「もの」。
意図しなくとも現れてしまう太陽と、長い時をもって用意しなければそこにいなかったはずの月。
姉が意図したのは、どちらかを選べではなく、「陰と陽」の運命を是正することだった。のだろう。たとえ鬼のような非道だったとしても。
…そうとでも理解しないと、単に近所の妹分に、実の弟の可愛さ自慢をする痛いブラコン姉とかになるからな。どうか合っていませんように。
本編テーマですね。そのために鬼道はもう少し磨かないとダメかもしれません。




