美少女
ふと話題が切れた。
その瞬間に午前中のことを話そう、と俺は思った。
「午前中に初めて野球部の助っ人してきてんだ、義兄さん」
「兄貴でいいよ。妹にもそう呼ばれてる。高校野球の助っ人って聞いたことがないな」
フレンドリーさが増して、晶さんに好印象が募る。
「具体的にはバッティングピッチャーです」
「ナカジマくん?野球…するの?」
千種が反応した。
「なんか人数足りないみたいでさ、打撃投手なら夏休みの間くらい引き受けるからって」
「…また、可愛いマネとかいたりするんでしょ?」
こら、圧をかけないで、千種、お願いだから。人をタラシみたいに言うんじゃありません。
「この人、いつも可愛い女の子が寄ってくるんですよ」
将来の義兄にそれを言うか。
ふと横から姉ちゃん。
「私たちの父のこと話してなかったよね?」
「ご両親が事故で他界されたことは…」
「一太」
「いった?」
「うん。羽田一太がお父さんなの」
「…アメリカに長いこといた外野手の?………首位打者や盗塁王だったし、故郷の…」
「二世なのよ、この子。たぶん水泳より野球の方がよっぽど上手いと思う。足や肩なら父譲りよ」
「驚いたな…」
千紗さんは澄ました表情をしてるけど、千種は目を丸くしている。
「本当は野球に近づけさせたくないのよね…。安易な気持ちでできる世界じゃないでしょう?だから無理やり水泳をやらせてみたけど結局やめちゃったし。まっ旦那がプロ野球選手の私じゃ説得力が…ね」
自虐的に姉ちゃんは言った。
一方千種はと言うと…
「これから野球の勉強しなきゃなあ」と呟いていた。
そこそこ平和な顔合わせであった。
なんせ行朝さんが、まだ失神してたからね。
誰も心配してないけどいいんだろうか?
なにか掴み所のない会話が続いている中、ふとトイレに行きたくなった。
失礼して部屋を出、案内書きにあった廊下の角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。
「ごめんなさい…大丈夫ですか」
と声をかけようと相手を見ると美少女!
そして、、一気に、脈拍が、あがる。
「美也子!?」
「やっぱりいたー。会いたかった、先輩…」
抱きつく美也子。
俺の胸に顔を埋めて固く抱きしめてくる。
半年で背が伸びたな。
さらに美少女ぶりに拍車がかかったようだ。
…でもな、たぶん最悪のタイミングだ。
せめて今日でなくても。
「…なにしてんの?幸平」
前言撤回。
千種の声。
世はおしなべてそう言うものだよね。
禍福は糾える縄の如し。
やっと本編のスタート台に立ったような。




