偽装婚約
「さて、では後ゆっくり」と女将さんは部屋を後にした。
残るのは両家の6名。
「どんな味がした?千種」
と千紗さんが問う。
「う…ん?懐かしいけど初めてみたい…な?」
「キイロバナのお茶の味で初めて聞くわね」
母娘の会話が流れる。
「はじめまして、遊佐さん。こちらが夫の行朝でございます。大ファンのあなたに会えて少し我を忘れていますが、たぶん日本で一番応援してると思いますよ」
と軽やかに千紗さんは微笑んだ。
「恐縮です。葉さんとご縁を結びながら、今日まで不義理でしたことをお許しください」
「あらあら。こうしてお会いできたのですから。不義理はお互い様ですよね」
なんて言うか、千紗さんすごい。
「娘の千種でございます。未だ不束ですが、優しい女性に育ったと自負しております」
よろしくお願いいたします、と千種は綺麗に三つ指をついた。所作の美しさ。
「こちらの番ね」
と姉ちゃん。
「遊佐家と言っても結局、晶さん以外親族だもんね。説明した通り遠縁の早名さんのご家族。むしろ晶さんには幸平がはじめまして、だものね」
「あちらの身動ぎしない方が、あなたのドラフトの時に前日水垢離をして、当日に高熱を出した行朝さん。奥様の千紗さん。そして」
「私の命より大切な弟を生涯連れ添って…くれたらいいって願っている千種ちゃん。私の宝物だよ」
姉ちゃんのこんな言葉初めて聞いた。
「ついでに幸平。水泳の今年の日本一、高校は首席合格。千種ちゃんもね」
姉ちゃんはチラリと俺を見て
「肩書ばかり先行しちゃって、まだ千種ちゃんには早いんだけど」
「異議ある?幸平」
「滅相もございません」
俺も三つ指をついた。
「それにしても高校生で結納とは…」
義兄の晶さんが初めて感想をもたらした。
「対外的なアピールなの。千種ちゃんに将来を約束した相手がいると知れれば、五月蝿い外野も黙るわ」
「それだけを信じると、まるで偽装みたいな…」
「高い料亭使って、正式な高良式の結納の儀なら信じない人はいないわ」
「ふむ」
「あとは二人次第。そのまま別れたり、結婚しても続かなかったり、どこにでもあるわよ」
「好き合った二人…と理解してれば良いのか?」
「90点」
「残りは?」
「時期が来たら分かる、ことね」
姉はそうやって艶やかに微笑んだ。
それは俺がまったく知らない顔だった。
一方で千紗さんは肩の荷を降ろせたかのように安心した「母」の顔をしていた。




