スライダー
その頃幸平はグラウンドにいた。
野球部の練習にかりだされて、打撃投手をしていた。プール監視員を大杉姉弟に譲った後だから体が鈍らないようにと、以前から沢村に誘われていた野球部に顔を覗かせたのだった。
現役が少なく、施設はそれなりにだから一人でも増えればその分活気付く…とのことだったが確かにそうだった。
「何すりゃいいの?」との幸平の問いかけに、マウンドから打者の構える真ん中に投げてくれればいいと、沢村は要望した。
…だから投げてみた。
サイドハンド気味からコンスタントに真ん中に集める。
「なんかやたらにコントロールいいね」
やや太り気味の気のいい川上が沢村に話しかける。
「運動神経のいいやつだからさ。春先にバスケした時、俺も秀吉も抜かれた」
「すごいんだ、彼。早名さんの相方だけじゃなかったんだね」
「川上」
「ん?」
「それだけは本人の前で言うなよ。ガチで凹むから」
「繊細なんだね」
「尻に敷かれてるらしい」
「うわあ」
早名千種の付属品………世間の目は厳しい。
マウンドで一息入れた幸平に捕手の田所が近づいてきて言う。
「早名だっけ?」
「ああ」
「曲げられるんだろ?」
「少しずらせばいいのかな」
幸平はボールの握りを見せてわずかに軸からずらした。
「次は沢村だ。びっくりさせようぜ。指一本出したら曲げて」
「簡単に行くかね」
結果、膝元要求で2球ファウルをとり、スピードを速くした上に明らかに回転数をあげたボールはポイントの手前で変化し、切れ味の良いスライダーとなった。
呆然とした沢村が田所に聞く。
「指示したのか?」
「受けたら分かる。ぶっちゃけストレートのキレでもおまえ以上だ。握り変えたらそりゃ曲がるだろうさ。とんでもねえ男連れてきたな」
「即戦力ピーなんて聞いてねえよ」
「まったくだ。あの身長でな。野球部に入るのか?」
「『女神様』次第かな」
「あとは黃田か」
「明日も来てくれるように早名には頼んでみるけど」
用事があるからと昼近くに幸平はグラウンドを後にした。
(悪寒がするのぉ。看病してくれないと悪化する〜)
(あたしはゆなのお母んじゃないの。昼から大事な用があるから、薬を飲んで寝てなさい。でも困ったらすぐ連絡して)
(あい………)
ヤンキー娘は心細い。
仕方がないと千種はキントキに連絡した。




