ヤンキーゴーホーム
「なぜだかな、妻がおまえを連れて来てくれとリクエストしてきた」
「……へえ」
「珍しいな、軽口が出ないのか?」
「………おまえの嫁さんだからな、一も二もなくかっこよくて頭がいいんだとは思ってるんだが…」
「ああ、可愛くて綺麗で、繊細な上に勇敢だ。家族思いで…」
依田は軽く手で制して
「分かったから。みんな聞いてもよく分かんね。今まで電話でチラッとしか話したことないから、どんな人か想像つかないんだけどさ、………なんつーか…」
「怖いか?」
「つま先から髪の先まで見通されてるような」
「おまえが単純なバカだからだ」
「うるせ。高校んときは俺のがずっと成績良かったろ?」
「確かに」
「相手に決め球を予測させて逆算で打ち取るから飯が食えてんだよ」
「俺にとってはおまえが一番球が速いからな」
相手を知るほどに術中に嵌める、依田日向とはそういうタイプの投手だった。正確無比のコントロールと変化球のキレがあればこそだが。
「プロでやってるプライドがあるから、知らないタイプは重視するんだよ」
「数回話しただけで分析するおまえもすごいんじゃないか?」
「明日の先発、Tだろ?初球のストレートを外野の前に落とせばお仕事終了だ」
「一打席ヒット打てばお客さんは喜んで、Tも次に集中できる。投手が本職のおまえが盗塁するわけもないからな」
「そういうこと。おまえの嫁さんだ。これ以上言う必要ないだろ」
「すまん」
ひとしきり笑い合った後、時間が来たと二人は予定地に向けてチャーターされた車に乗り込んだ。
数十分あたりの景色を眺めているうちに球場に着いた。
「立派なもんだな」
近年新設されたと言う球場を見てぽつりと依田はこぼした。
「これだけ見ても、この地域で野球振興を真剣に考えてる人がいるのが分かる」
「おまえの給料で建てられるだろ?」
「たぶん現役分全部で足りるかどうか」
「アメリカに行っちまえ」
「妻が反対なんだ」
「マジで考えてるの?」
少し驚いたように依田は遊佐を見る。
「日本にやりたいことがたくさんあるからみたいだ。それに野球のためにアメリカに行くなら離婚だと言われた。…正確にはアメリカに行くつもりなら結婚できないと」
「写真でしか見たことないけど東海岸出身のヤンキーあがりには見えなかったけどな」
「このあたりで育ったと聞いてる」
「田舎にヤンキー文化があるのか?」
「知らん」
その頃橋本結菜は一人くしゃみをした。




