勝負
「おばさん……?」
赤髪の女性がしかめ面をして橋本を見る。
見ようによっては金髪対赤髪のヤンキー対決だ。
わずかの間お互いに睨み合ったあと、フッと赤髪の女性が笑った。
「なにか用?」
「あちこちでプール破りしてるみたいね?欲求不満なの?」
ストレート過ぎる橋本。
「不満てば不満かな」
おぉ…会話が成り立っている。
「いい年みたいだけど、平日までこんな田舎にいるんだから働いてないんでしょ」
煽りに煽る。
「何してんだか」
「ふーん………。噂通りはっきりした性格してるね。橋本三姉妹の真ん中だっけ?お姉さんコンプレックスこじらせすぎ」
橋本が煽り返された。
「な………!そこまで言うなら勝負しなさいよ」
「へええ。バック?フリー?」
「あなた北玲でしょ。ならフリーに決まってるじゃない」
「いいけど……。あなたじゃ、ね」
「あたしじゃない。こっちの…」
と美樹を見やり、
「今年の日本一が相手するわ」
見事な他人任せだった。
「今年の?あなた大杉さん?」
いきなり振られた美樹は慌てたように橋本に抗議する。
「そんな急に言われたって…。大杉美樹ですが」
なるほど、と赤髪の北玲は頷くと
「なんでここにいるのかしら?まっいっか。久しぶりに本気で泳げそうね。50mでいい?」
「勝つとか負けとかなしですよ?」
「見た目通り。ほんとに闘争心ないのね」
「いえ、さすがに引退した方と勝負するのは失礼ですから」
あれまあ。本来無口な美樹まで熱くなってしまって。
「幸平、いいの?」
千種が心配そうに尋ねてきた。
「北さんの事情わかるなら言い様もあるけどねえ…」
横で成り行きを見ていた児島みさがまぜっ返した。
「なら負けた方が勝った人の言う事をひとつきくってどう?」
面白がってますよね?先輩。
「それでいいわ」
いいんですか、北さん?
「幸平、まるで役に立ってないよ」
んなことは初めからなんだよ、むしろ橋本に文句言ってくれ、千種。
いきなりの頂上決戦はこうして始まった。
互いに約20分のウォーミングアップを終えた後、スタート台に北さんと美樹が立つ。
スタートの笛(それしかなかった、いかにイレギュラーな事態か分かるよね?)と同時に飛び込む二人。
勝負はあっけなかった。一かき分の差をつけて北玲は先にタッチした。
短水路、素人の手動計時にしても24秒フラット…。
「スタートが遅い。浮かび上がりのドルフィンが甘い。ターンで合わせすぎ」
あっさりと北玲は大杉美樹を一蹴した。
あの全力に見える動きの中でそこまで観察できるものだろうか。
「ついでに和田幸平くん。あなたもする?」
いえ、丁重にお断りいたしますよ。
たぶん北玲は本物の強いスイマーだ。15才で頂点に立ち今でも、だ。




