挑発は乙女心
(月夜だったはずなんだけどな)
主演女優のように彼女だけが風景から際立つ、浮かび上がっているように見える。
地方の半端な田舎町の夜はまだ寒い。ゆっくりと冷え込む気配をBGMに、女性は僕の足音か携帯音声を聞きつけたのか、ふっと頭を上げた。
瞬間、ぼくの頭の中でなにかがきっちりと「はまる」感じがした。無くても気が付かず、だけど知ってしまえばあるのが当然のもの。
困惑する僕をすっ…とまっすぐに見据えて、女性は声を掛けてきた。
かなり美人で穏やかな湖のよう、第一印象だ。
「予定通りなんだ。遅刻はしないタイプ?」
(同い年くらいだろうか?)と思案する。一応敬語っぽく話してみよう。距離感が分からないときは遠目から入る習慣が身についていた。
「綺麗な人を待たせたことはないと思います」
「初めての挨拶がそれ?」
「なくなった祖母からの遺言で、美人は待たせるなって」
「亡くなったおばあちゃんと毎日話してたけど聞いたことなかったな」
「関係者の方ですか?」
「お孫さんのあなたが聞くの?」
やりとり通り、強敵だ。
「遅刻したことは今までになかったと思います」
「そ。それってたぶん大事だよね」
「………」
「………」
待ち合わせしたっけ?
理不尽には理不尽を。
「悪い。誰なんだよおまえ」
あえてきつく言ってもそれに関せず
「さな。早名千種早名千種ってあたしの名前」
さて。割と難読、珍しい部類の姓だと僕の名前を思ってたけど。
「僕の関係者の方ですか?」
「あなたの」
「あなたのおばあちゃんの関係者になるのかも」
こうなればお手上げかな。
さなー早名は母の姓。母の親戚は会ったことがない。
「先に謝るけど、分からないし知らないんだ。僕は早名幸平」
「割切りの早さはお父様由来?」
なんかいちいち一縁(と思い出)に紐付けるんだな。
「社会の中での父さんの評価を僕はまだ知らなくていいと思ってる。それに…」
「そんなに容易く他人の内面に踏み込むなんて腹が立つと思わない?やっぱり君は誰なんだ?」
「あたしが美人で良かったと思うようになるわ」
「あなたの奥さんになる予定。照れちゃうけど」
一気にそれだけ吐き出すと、
「会いたかった。あたしの愛したかった唯一人のひと」
…………え?