あなたひとりでいきなさい
「おまえ相変わらずでかいな」
ポツリと見覚えのある男の子が言う。
刹那、静かな湖のような印象の黄色いリボンの子が蛇に変わったように見えた。
「幸平、また感じられないの?」
およそ端正なその顔立ちから出たとは思えない厳しい言葉。
彼女が男の子に詰め寄ろうとすると近くにいた車椅子の母がリボンを追うように
「キイロ、キイロ」と呟いて目を閉じた。
母から力が抜けていくのが分かる。
(ごめんなさい)と思う。
明らかに体力のない母をここまで旅させたのは、私のエゴ、そして母の命を私が断つつもりだったからだ。
私は鬼だ。
「幸平、救急車」
ああ、この人私と同じ種目を優勝した人だ。
「結菜、脈見て」
男子を見て思い出す。何かを渡してと頼んできた金髪の子だ。
あの時どこか寂しそうだった。
機敏に指示を出した黄色いリボンの子は、私に向かい
「選ぶならあなたひとりで」
そう、私の心は思い出を優先して、母を忘れていた。
私は…鬼だ。死すべきなら自分ひとりで。
「いきなさい」
と。
涙を流していた。
すぐに救急車が到着し母が車内に運び入れられたタイミングで背を向けた。逃げる時機だったからだ。もう治療費などない。
腕を捕まれた。
「どこ行くの」
「もう、だって」
「いいから!生きなさい!」
「だって、だって、………」
泣いてるんだ、私。
言葉が出ず涙だけが出る。
「強く」
黄色いリボンを母に持たせ、風に髪を吹かれながら彼女は救急車を眺めやる。
「あなた夕べからお母さんだけ考えていたじゃない」
「どんなことがあってもそれは変わらないことよ」
不思議に彼女の言葉は暖かかった。
そっと彼女は私の一筋の傷、昨夜できた傷を撫でた。




