サナノキ
母と私は姓が違う。弟もだ。
母が二年前にたたき出した男が私を連子として母に会わせた。あの男が実父なのかも私には分からないし、母も聞かなかったと言う。
弟も似たようなものだ。
どのようにしてか、母は私と弟の姓を自分と合わせた。
その頃には母の病の兆候が現れ、私たちは見る間に貧しくなった。
サナノキとはなんだ?
母は語らない。
本当に喋らなくなった。
心を閉ざしたのか、じっと私の目を見つめるのみ。
駅に降り立ち、車椅子を押す。
どこへ向かえばよいのだろう。
迷う。
駅で通りすがりの人に尋ねても、およそ首を傾げるばかり。
死地の場所すら迷うのか。
ふと金髪の肩幅のある姿で制服姿の女の子が通りかかる。
雨上がりの晴天。
ミニから大胆に露出した足が、しなやかな筋肉を主張していた。
おそらくアスリートなのだろう。
生々しい性を感じさせず、強く生命を主張していた。
(見たくない)
昨夜の自分との落差に本能的に彼女の頭の上に視線をやる。それでも私は止めない。
「すみません、サナノキをご存知ですか?」
女の子は足を止め、無遠慮に母と私をじろじろ眺めた。ふと問われる。
「あなた大杉美樹?」
驚いた。いくら私が長身とは言え、それ以外に特徴もないはずなのに、見も知らぬ場所で私を知る人がいたとは。
なぜかカバンの中のケースに入った包丁が気になる。
「えっと…あなたは…」
今日私は初めて言葉を口に出した。
「覚えてないか」
金髪の女の子はため息を吐くと
「サナノキなんでしょ?あたしは分からないけど…えーっと時間ある?」
「…はい…」
ずっと母を車椅子に乗せたままは気になるのだが、私の覚悟を優先した。
女の子は誰かと電話している。
「とにかくさっさと駅に来て。千種ちゃんも一緒に!サナのことなら千種ちゃんの方がよっぽど詳しいでしょ?…急がないとあんたの家にあたしが住むわよ!」
会話相手と事情があるのだろうか。
勢いが眩しい。
ほんの少しあとに男女の高校生がやって来た。制服が同じだから、友達だろうか。
男の人に見覚えがある。そしてその隣の綺麗な人視線が移る。
(まるで湖みたいだ)
佇まいがどこか傑出したものを感じさせる。
明るめのブラウンの髪に本当に綺麗な黄色いリボンをしていた。
二人は金髪の女の子に向かい、一言二言交わし、私に近づく。
「大杉だろ?」
彼が初めて口を開いて私に話しかける。
同時に母がポツリと言う。リボンを見つめながら
「サナノキ」
私を知る人と何かを知る母。
血が巡りはじめた。




