葉の危機感10
人通りのない中、私たちは早名神社の前に着いた。
「ここに用事?」
幸平が尋ねてくる。私の心臓が早い。
巫女の修行中は必ずここに立ち寄り、予定分の写しを受け取ると御地に向かい、社で書写のみを行い、終わると再度写しと新たな自分の書いた写しの二部を納めるのが習わしだった。
その中味を吟味する者はいない。
神聖ならびに秘伝とされているからだ。
だがあまりに不用心であり、無責任とも言える。
紛失しようが破損しようが、最悪売買の対象にしようがそれはすべて巫女の自己責任として処理される。
仮にこの神社が火事で焼けたなら、建物は寄進に依り、写しは巫女が再度書することに依って再興することになる。もっとも記憶する限り、火事であれ自然災害であれ、一度もここが被災したことはないはずだ。それはつまり…巫女が無事ならばこの地に災いがないことを意味する。同時にまた、巫女はこの地に守られていることも。
息を大きく吐き千種ちゃんたちを促す。
「行きましょう」
そして大きな鳥居をくぐる。
生塗りでやけに目立つ山吹の鳥居は派手派手しい。
「久しぶり?千種ちゃん」
「お正月以来だから4カ月近くかな」
昔のよろず屋のようにこの神社はありとあらゆる神威を掲げている。学業成就も大事なお客様だ。
「効果あった?」
「正直あまり。試験の時風邪気味だったし」
「そうなの?幸平は?」
「お参りしてないよ。遅刻したし、腹は痛くなるし」
「あなたたち…それでトップ合格?て言うか私聞いてないけど」
「下痢報告…聞きたい?」
「遅刻の方!」
余計なこと言うなと幸平が目で訴える。
総代代理の件なのか、幸平の右腕に巻き付く千種ちゃんの力がこもったように見えた。
早名の女性は総じて賢い。そして早い判断が美徳とされる。風土かと問われると微妙だけど。
「泉田先生がさ」
幸平が告げる。
「開校以来の秀才は姉ちゃんじゃないかって」
「朦朧したんじゃない?」
ごめんなさい、先生。
「あり得ないと思うけど、もし美也子ちゃんが幸平を追いかけてきたら、私なんかあっと言う間に」
「いやなこと言うなよ」
さすがに大嫌いでも幸平にそこまで言われると彼女が哀れになる。
「葉さん、実は美也子ちゃん推し?」
体をはるつもりできたのに散々だな、義妹ちゃんよ。
本人が望んだとしても、当時高嶺の花、この地の一般的でも信仰対象の『「キイロ、キイロバナ」の双輪」』と称された姉妹、母清と叔母華のひとり、華さんが縁ある美也子ちゃんをわさわざ檻に閉じ込められると分かっているこの地に来ることを認めるはずがない。
さっ神殿に着いた。
あなたたちに神の姿を見せてあげる。
ついに10です




