縛りつける約束の証なんていらない
「びっくりするからやめてよ、もう」
「なにがいい?」
「なんでもいい」
「プロ野球に遊佐晶選手っているだろ?」
「あたしの家にもいる」
「毎日笑顔で玄関で迎えられて、おまけに録画で毎晩見ている人がさ」
「え?もしかして」
「遊佐葉って言うんだ、いま」
「………ねえ?葉さん幸せなのかな」
「俺は晶さんが幸せだったらいいなと思ってる」
「………そうだね。葉さんはそういう人だよね」
「千種は姉ちゃんに似てる」
「そんなこと他の子に言ったらキモがられるよ」
「千種はいいのか?」
「当たり前じゃない。あたし、葉さんが理想だもん」
「なんなら紹介しようか?」
「あたしの師匠誰だったかしら」
「ド○○○んな」
「えー?さすがにそんなボケつまん…。………びっくりしたくないから先に聞くけどさ、まさか…」
「『キミヨリ』のサキ」
大ヒットしたアニメ映画のヒロインだ。徹底した情報管理でプロフィールは表に出ていない。
「どっちも?」
「ドエスもんよりサキのが姉ちゃんらしい」
「あたしがドエスって言いたいわけ?」
「指輪でいい?」
「『縛りつける約束の証なんていらない』」
『キミヨリ』の名台詞として流行してる。
「いらないか………」
「あたしは…」
「『10年待ったんだもの。5倍の幸せじゃ足りない』」
「フリーク過ぎるだろ」
ほんのワンシーンだ。
「『傷口をふさぐ絆創膏になりたい』」
「絆創膏でいいなら100円で済むな」
「指輪がいいな」
「tomorrow is「another day」」
プロポーズのシーンだった。タラへは帰らないけど。
「葉さんどこに行ったのかな?」
自宅で爆睡してるとも知らず、千種。
「メッセージあったくらいだし、携帯とか最低限のものは持ってったみたい」
夫妻の自室からあふれ出した夫グッズに囲まれてるとも知らず、幸平。
夜が明けた頃。
「一緒に来てって言ったよね」
あれだけ感情乱れていた中でよく覚えてるな。
「一日一緒にいたことないな、今まで」
「葉さんと?」
「葬儀の日くらいかな」
千種は俺を横抱きしたまま尋ねる。
「あたしは何回かあるよ」
「美也子がいつもいたし」
「どれだけ嫌ってるかなあ」
「大の大人があからさまにできないだろ」
「横に侍らせて何様?」
千紗さんが呼びに来たのは、いつも登校する時間の少し前。集合場所に制服でと伝え聞き
「誰も得しない場所だと思いますけど」
「大人になるとね、負け戦でも出陣しなくちゃいけない責任があるの」
「お母さん、それあたし?」
んーて頬に指をあてて考えてから、千紗さんは言った。
「初めてだったのよね、千種。今夜はお赤飯でいい?」
「まだ!」
「初陣のことだけどねえ」
歴史フリークの千紗さんって姉ちゃんよりラスボスなんだよな、実は。




