葉の危機感4
静かに客間に通されて夫妻と向き合う。
お茶も早々に話を切り出す。
「本当に申し訳ございません」
「大事な娘だ」
短い言葉。深い愛情が伺える。
ひるむな、勇気を出して。
さっ始めよう。
「私が巫女を辞退したのは、ご存知かと思いますが」
全力の真ん中ストレートを投げ込む。
しばらく沈黙した後、行朝さんが口を開く。
「知っている」
「では次の巫女は千種さんでしょうね」
「何も話は出ていないが」
「中途半端な早名葉より、本流の早名千種が適役だと誰もが思いますよね?」
早名本家の前に位する家だ。格が違う。そこに聡明な娘がいたら、千種ちゃんを巫女に推すことに異議を唱える者などいないだろう。この地方の巫女は清らかなどではなく、忌職、分かりやすくすれば生贄だ。
行朝さんが口を開く。
「…おそらく…私が早名でなければ…早名であったとしても、他人ならそう思うだろうな」
どうやら勝負にはなるようだ。
「巫女になると思わされた人間以外は、深く巫女のことなんて考えもしないし、思いもしないでしょう」
無言の行朝さん。
「私は、巫女を投げ捨てた女の娘です。そしてまた、私も投げ捨てました」
「喜美子おばあさんは巫女に殉じました」
2球目。まだストレート。ただしコーナーいっぱいに。
さあ一気に。
「ご存知かどうか。巫女は災いを封じ、奇跡を為し、記憶を次代に繋げる…そういう役です」
「宮司はなにもしない。ただ生贄の指名権をもつ。それだけです。明治の始めにそれまでの姓を捨てて、他宗の垢のついた姓に平然と変え、自らは寄進だけを巫女以上に受け取る。責任は巫女に、幸福の実は巫女以上に。結構巧妙な装置ですよね」
「そういうものだと思っていたが…」
「ツガイって明治から突然現れた言葉なんですよね」
「巫女に選ばれると2年間なにをするかご存知ですか?」
「聞いたことがない」
「ひたすら写筆です」
「写経のような?」
「御経でなく前代の巫女が残した前々代の写しをまた自分の手で写すんです」
「それが繰り返されてると?」
「それだけです」
「そうなら問題ないと思うが」
実はそれがとんでもない代物なんだけど。中味はさすがに言えない。巫女を中途で辞退したときに唯一の約束が、実は中味について一生口外しないことだった。




