葉の危機感2
「姉ちゃん忙しいんだろ?どうしていきなり来たんだ?」
荷物を携えて彼は問う。
(らしくなければ)
胸が痛む。
「やっと暇を作ってきたのに。私の家に私が帰ってきたの」
「そっか。俺借りてるんだった」
「ほんとは千種ちゃんの家とか思ってない?」
「………うすうす」
「ラブホにしてない?」
「な………!」
情を大切にする子たちだ。間違いはほんとに間違った時だろう。
「学校はどう?」
「不本意だけど…寝ている」
(想像外の因子だ)
やはり来て良かった。おそらくたくさんの予想外があるだろう。
弟の家に着くと、外観に安堵する。
人が生活している…そんな気配に満ちている。普通があふれてることが、千種ちゃんが腐心した苦労を想起させる。どんな思いで庭を手入れしたのか、残酷なことに私はそれを推し量る能力がない。
「綺麗にしてるじゃない?自分で手入れしてる?」
「現状維持はしなさいって。千種に教えてもらってる」
「そう」
満点すぎる。それが私は気に入らない。
中に入るとやはり手が行き届いている。
「やっぱり現状維持なの?」
「んー」
不服そうに彼は同意する。我慢できなくなり、ついに発する。
「嫁かよ」
「えー」
丁寧に繊細に千種ちゃんに弟をプレゼンし、環境を整えてきたつもりでも、胸に生じるムカつきは人類共通のものなのだろうか。
「小姑かよ」
うん、大きな主語いらない。
いつの間にか弟は料理を覚えたらしい。
「ごめん、まだ覚え始めたばかりでさ」
いい加減嫉妬しても仕方ないと思い直す。
「幸平にご飯作ってもらえるなんて、春が来るわけだわ」
「地球って地軸の傾きあって良かったよね」
独特の外し方は私の十八番。
そして私が二人に贈れるプレゼント。
料理が並ぶ。普通においしい。
「すごくおいしいね。幸平くん、天才?」
「作り方と順番を守れば誰でも同じ味だよ…になるらしいよ。手順変えたり、素材が変わったらどうしたらいいか、さっぱり」
私の99の発汗(冷や汗)と1のインスピレーション(がさつさ)は無駄なのだろうか?
たぶん千紗さんの教えが孫弟子にきちんと伝わっているのだろう。
誰に弟子入りすべきか難題に懊悩していると
「これ」
と言って、彼が一皿の煮物を追加する。
なにげに一口食べて思い出す。
(お母さんの煮物だ)
「驚いた?」
「食べて泣けるって幸せなのかな?」
姉ぶらず弟に尋ねる。
「分かったら姉ちゃん教えてよ」
「エジプトの文献に残されてるか調べてみる」
私らしくならこういう風に。
窓の外に気配。そろそろだろうと思ってたら案の定。
「幸平、いや。こんなところで…私たちきょうだいなのよ」
「はあ?」
また姉ちゃんの発作が始まったと弟は頭を抱える。私は声のプロだ。今のところファミリー向けしか経験ないけど。
「やだっ幸平ったら」
「なにやってんの!幸平!」
飛び込んできた千種ちゃんに挨拶する。
「こんばんは、千種ちゃん」
「葉…さん?」
嬉しそうに近づく千種。
「久しぶりね。今日は幸平にお嫁さんを世話しに来たんだ」
「「…………」」
声の出せない二人。
(ごめんね、千種ちゃん)
私らしく。
「千種ちゃんは知らないかな。美也子ちゃん」




