美也子の祝福
「義兄さんが来ると居場所がないような気がする」
美也子がさめざめと訴えてきた。千種邸にふらりと火曜日にやって来た。と言うか千種に付いてきたらしい。だいたい先生の部屋2LDKだもんな。いくらなんでも新婚の二人といたくはないだろう。
美也子の訴えがまとも…つまり俺は対処しなければならないのだろう。
涙目の美也子を見てるとずいぶん変わったもんだと思う。今は中にトヨさんと言う人がいて、美也子の自我と対話を重ねているはずだ。
千種のときとは違い、まわりになんの影響も与えないのは、不思議でもあり、そのトヨさんの個性なような気もする。なんせ参考例が千種だけだから、なんもわからん。
「姉妹で仲良く暮らしてみる?」
「やーだー」
「なんでだよ?千種なら安心できるだろ?」
「先輩たちだって新婚じゃん」
あ…。そう見えるのか。
うーん、さて。
六条の実家に戻れるならこんな相談は最初からないだろう。
横で聞いていた千種は、
「それなら前の家にする?お母様の実家だよ」
意外だったのだろう、美也子は無表情なように固まった。
「今大杉くんと美樹さんが住んでますよね?」
「ん。あちこち移動するの大変だと思うけどどう?」
「うーん…」
と考え込んでいる。
と、千種が
「週末だけ来る?」
と妥協案を提示した。
「金曜日の夜から月曜日の朝ならそんなに誰も負担にならないし。もう推薦は?」
「決まりました」
「それならいっか?」
まあ、それがいいのかも。日向さんだってずっとこっちにいるわけでもないだろうし、用事だってたくさんあるだろう。スター中のスターだしな。
…などと甘い考えを依田日向さんは許してくれないらしい。
翌日。
「なんか全部予定を断ってずっといるらしいんです」
再び考える俺と千種。今夜はいい案も出ず、二人ともなんとも重苦しい雰囲気だった。
さらに翌日。
「また来たのか?」
「また、とか言わないの」
あ、美也子のやつピースサイン出しやがった。しかも千種に気づかれたし。
美也子、おまえ受験勉強いらなくなったから暇なんだろ!
「ばれました?」
「なんでこんな冗談を…」
「いたくないのは事実です」
それじゃ堂々巡り、だ。
「千種先輩!」
勢いにタジタジとなる我が妻。
「少しくらい仕返ししたかったんです」
「どうして?」
「旦那にしちゃったから」
美也子なりの祝福なんだろう。
すっごく分かりにくいけど。
千種がこめかみに青筋を立てている。こんな分かりやすい怒り方初めて見たぞ。
きっと明日から練習がきつくなるんだろうな。




