ペンギンの方が
smile to the world(世界に笑顔を)
非常に厳しい現実だ…だけどシニカルな厭世家にはなれないし、裏で欲にまみれた偽善家でいたくない。
ため息のでるのをおさえ、できあがったばかりの動画を見終わった。オリンピックの分科会が中間年に出すメッセージとして適切だろう。
マリーは自らの役目が終わることを意識する。
次の会議で退く…理事の改選に立候補することはない。競技からは既に離れた。理事を終えれば、本当の意味で引退となる。
わずか30秒の動画をもう一度見直す。これが最後でいいのか…と。世界の若いアスリートが笑顔を引き継いでいく。日本のパートで若い少女がプールから浮かび上がり笑顔を引き継ぐ。
(そうよ、あなたに引き継ぐ)
はた迷惑なマリーの思いは美也子の知るところではない。放課後のきつい練習から解放されたはずなのに、先生の部屋に帰ればもっと怖い師匠が待っている。
なんでこうなったかなあ…。
「お母さん聞いて」
今日も母、華に愚痴を零す。
「先輩の発案らしいんだけど、自分たちでバランスの取れた食事を理解しないとダメだって、怖い師匠に料理を作らされるの」
「あら、こっちに帰ってくる?」
「て言うか元々来なければ良かったような」
「美也子」
ビクッとして姿勢を正す。
「決めたのは誰?」
「…あたし」
「いつでも帰っていらっしゃい。でもいるからにはきちんとやるべきことをしないと」
(なんか怖い人ばかり増えている気がする)
ほんとに、なんでこうなったかなあ…。
「切り方はもういいわね」
(水泳は分からないけど、包丁の使い方もあっと言う間にうまくなって)
天才的な料理人になれる素質を持っている…。
薫は美也子をそう評していた。
問題は本人のその気である。
それに比べて…。もう一人の不器用さときたら。
「どうしてこうも大きさが揃わないのかしらね」
「えーと…あはは…」
「あなた旦那さんも有名な方なんでしょう?」
「南極越冬隊だって知ってますよ!」
「ペンギンを奥さんにした方が旦那さん幸せじゃないかしら」
この女…とばかりになんらかの悪意を込めた目で玲は睨む。
「夜ばっかり達者だと旦那さんは不幸よね」
もう西の京独特の当てこすりでもなんでもなく、ただの悪口だ。
涙目になる玲。
携帯が鳴る。日向のようだ。
玲はぐずりながら助けを求め始めた。
(ほんとに可愛らしい)
どんな経緯か聞いていないが、ずいぶん長いことお互いを待ち続けていた、と聞いている。
強い女が満たされてるわけでもない。
誰も得をしない絵図が、今夜も遅くまで続く。
まあ二人とも確実に料理の腕は上がっています。弟子の幸せはお師匠さん次第。




