たくさんの主役
大前監督がどういう経路でバッピを雇ったのか知らないが…おそらくは夕飯とかそんなんだろう、内容より「奢られる」行為がまだ新鮮な年代だ…彼らは確かに月曜日も火曜日も投げた。
慣れない硬球にも関わらず確かに余力を残して彼らは投げた。
それでもずいぶん速い。
「自分で投げて幸平さんのバッピが大変なの分かりました。あんなに正確無比に同じところに投げるなんてできませんよ」
アドレナリンが出ているのか、太郎は饒舌だ。
「キャッチボールとバッピは大切に、が父親の残した言葉でさ」
「また笑えない冗談やめてください」
光太郎は別としてロゼ太郎もキャリパーも俺の家族のことは知らない。
「光太郎はさすがにいい球投げるな」
「今年に入って知り合いましたけど、あれで有名じゃないなんて反則ですよ」
「おまえの目から見てもすごいのか?」
「なんかこう…惚れちまうような球なんですよね」
おかしな表現だが確かに俺も同意したい。キャッチボールさえずっと見ていたい…そんな気持ちを起こさせる。
・・・
二人のおかげか水曜日の初戦は一方的な試合になった。
ストレートを確実に捉える…監督の指示は明快で、バッテリーは意図を察知して変化球を多く配球し始めた頃にはもう3点をリードしていた。
球数を投げさせ、4回途中で相手のエースは降板、2番手以降はやや力量が落ちるのか、さらに待球策の餌食になる。宝くじ2枚の長打、下位打線の粘りと相手も予想外だったのだろう。
川上の投球もなんと言うか。本人も初回から全力投球のつもりでツーシームの連投。速くないのが逆に凡打を誘う。右打者のインコースの球は横にスライドして食い込んだり落ちたり。左打者にはインコースがシュートして胸元へ。乱調気味のコントロールも相手からしたら、老獪な変化球ピッチャーに映ったことだろう。内野の好守備が川上を…田所の配球を大胆にさせていた。
結果…7対0のコールドゲーム。完封のおまけ付きだった。高校生のローカルゲームでも試合の流れはあるようで、明日また試合したら結果は今日と逆になるかもしれない。
川上は試合後に尋常じゃないへばり方をしていた。
そして勝因はやはり田所だろう。
一泊するホテルの会議場で明日の対策。監督はまず試合を総括して川上を褒めた。
「よく投げた。明日も頼むぞ」
「嘘でしょう…」
「90球ちょっとだ。まだまだ」
「監督、試合と練習じゃ球数の比較は意味が…」
「明日は初回だけな。相手は上位に左を並べるだろうから挨拶がわりだ」
「それと東原、黄田、沢村。3人で外野と投手任せる。多少打たれても今日と同じ打撃なら接戦になる」
「黄田が抜けたらセンターは」
「早名がいるだろ。明日は誰がいつ出るか分からないからな。緊張感を切らすな。それと袋井」
びっくりしたように返事をする袋井。
「試合展開を予想して俺に助言してくれ。明日限定だがおまえが監督だ」
「ええっそんな」
誰よりも目を配り、全体を俯瞰している袋井は確かに適任だった。
主将の沢村?あいつは生粋の煽動者だ。




