マリーと玲の再会
『なぜ逃げようとしたのですか?』
『先生の顔を見たら自然に体が…』
『疚しいのですか?』
『……』
彼女…さくらはそれきり口をつぐんだ。
一年ほどしか彼女と接していないので断定はできないが、おそらくは将来より家族を選んだことにわだかまりを感じているのだろう。東洋的な…倫理観だ。
地毛をおそらく明るい色に染め直しているであろう彼女は、見た目通りにその精神は複雑なのだろう。
逃げようとした彼女の腕を掴んだのは、似たような雰囲気の東洋人…みんなそうだが…髪のみ金に染めた細い切れ長の少女だった。
「姉が失礼したのでしょうか?」
『通訳しますか?』
と我に返って慌ててわたしに挨拶をした玲。
『日本語を理解できるけど誤謬があってはいけないわ。お願いします』
『はい。姉が失礼したでしょうか、と』
『まったくないわ。お母様はいかが?』
玲が訳すと、さくらは戸惑うように金髪と銀髪の少女を見た。
『おかげさまで元気です。わたしたちが痩せてしまうほどに。私もそう思います』
『玲?あなたも?』
なんと言うか、玲も実に東洋的な笑みを浮かべた。
『姉妹なの?彼女たち』
『三姉妹です。それと…ご報告が遅れて申し訳ございません。私は先日結婚いたしました』
『あら!』
先ほどの笑みとは違い、心からの喜びを口元に宿していた。これほどの感情を北玲に見たことはなかった。
『よほど大切だったのね』
『大切…ですか。そのように形容されたのは…』
初めてだと、玲は頭を下げた。
『それぞれに紹介しましょうか?』
『そうね…もしわたしがもう一度ここに来ることがあったら、その時は』
『二度目があるんでしょうか?』
『気に入ったわ』
『いい子たちですよ』
『わたしにとってはあなたも今もそうよ』
・・・
このおばちゃん誰?と言った雰囲気で美也子と由麻の年下組はマリーと玲の会話を眺めていた。
彼女たちは流暢な玲に気を取られ、マリーと気づいていない。また大杉美樹もまたいつものように無表情で二人を見ている。
かたや千種と結菜。
(ね、分かる?)
(あまり聞き取れないよ)
(先生もすごいけどお姉…)
(逃げ出したのはたいしたことじゃなかったみたい)
(それならいいけど)
(て言うかさ、あのおっさん誰?)
トーマスは置いてけぼりをくらったまま所在なげにあたりを見回している。
「日本語大丈夫ですか?」
千種がトーマスに話しかける。
「あ…問題ない」
アクセントこそ特徴のあるものの、日本語特有の拍は完璧なトーマス。
「奥様ですか?」
「俺とはここが違いすぎる、できた妻だ」
頭を指さすトーマス。
「お似合いですね」
「君は?」
「早名千種と申します」
「君が噂の、『女神様』か」
「はあ…」
「君はしっかりとしたステディがいるらしいね」
「そんな噂どこで」
「息子から」
そう言ってトーマスは左打ちの仕種をした。太郎と同じフォームで。
ようやく次回から野球編




