入ろうとする者
コーチにはすぐに連絡を入れますからと約束をして別れた。
その別れ際に千種は丁寧にお辞儀をしていたのが印象的だった。
今回千種がおとなしい。和田さんのお宅では居眠りをするくらいだ。
だけどそのことを咎める誠心さんではないことを俺は知っている。
「情報の遮断?」
なにそれ。
「表情とか仕種とかで人情に引っ張られることってあるでしょう?」
千種だと納得しちゃうけど、一般的な15歳らしくはないと思うぞ。
「あなたも同じでしょ?」
ああ…まっ確かに。
熟年夫婦のような俺たちは、急に降ってわいた平日の久しぶりのデートを、千種にとっては初めての、俺にとっては久しぶりの地で、楽しんだ。
・・・
大学の面接らしきものは予想通りだったと、乗り込んだ車の中で千紗さんが報告してくれた。
そして和田さん宅。
「いってらっしゃい」と美也子の背を押す華さん。
「いってきます」と美也子は返事をして、今回のドライブは夕暮れの帰途につく。
帰りの道は我が家に続いている。
・・・
「お疲れ様でした、行朝さん」
運転席から降りてきた行朝さんに挨拶をする。行きの車内で解決の見えない問題であったろうに、少しも心配をさせない姿は、大人のあるべき姿を教えてくれている気がする。
将来…もし子供を持つことがあったら、同じことができるようになりたい…と自然に思った。
と、その夜千種に話した。
しみじみとした温かい気持ちだったのだけど…返って来た言葉は、
「出してもいいよ」
だった。
ちょっとね、ほんとに…咽てしまいました。
「なんでそうなるかな」
「分からないの?」
「分かるか!」
「捨てる気?それとも遊び?」
呆れて違う方を向こうとすると、すすっと近づいてきて小声で囁いた。
(いつでもいいからね)
最近耳打ちをするのにハマってないよね?
「でさ、気になってることがあるんだ」
「なに?」
「大杉がここに来たすぐの頃、御地に千種とかと行ったろ」
スッと真顔になる千種。
「児島先輩たちとかと一緒になった時?」
「その時。児島先輩たちは帰ったけど、俺と千種と大杉の三人でさ…。今夜聞くべきかと思うんだ。ミコさん、あれ誰だったんだ?」
直接千種の中のミコさんとコンタクトをとるのは初めてだ。とりたいと思うことさえ、今夜が初。
あの時の意味を知っておかなければならない…そう昨日の夜から考えていた。
無言でいること5分か…千種は不意に口を開いた。
「会いたかったのか?わたしに」
ミコさん特有の千種よりオクターブ低い声。
(出てくるのは5分くらいか…でも変わったところはなかったぞ)
こういったことは今後もあるかも知れず、分かったことだけ頭と心に刻み込む。
「あなたでなければ誰も分からないでしょう」
「そうだな」
「ひとつ質問があります。あの時大杉美樹に入ろうとしたのは誰ですか?」
ここでひとつ伏線回収です。




