美也子の独白1
あたしには兄の記憶がほとんどない。あたしが2歳のときに家を出て以来、たまに会うことがあったくらいだ。
それも幼稚園に行きだすまで。
結局兄は親戚の人より会えない遠い存在。
父母はあたしが生まれてすぐに離婚した。理由は誰も教えてくれてはいない。
だからだろう。常にものごと、できごとが不安を連想させる。誰かが近くにいなければ落ち着かない。
「美人だ」と褒められても、それにあたしは助けてもらえない。慣用句のように発せられても、今日の天気を語る話題のように通り過ぎていくだけだ。
父はあたしに優しかった。
だから小学校卒業と同時に隣の県に一人で行くように父に言われたとき、捨てられるのではないかと脅えた。幼いなりに不安感に苛まれたとき、父だけはあたしのことを信じていてくれる…そんな信頼感をやすやすと裏返された気がした。
兄のように。
兄のようにあたしは。
他の家の子になってしまうのだろうか。
六条がめんどくさい家らしいことは断片的にあたしに伝わってきていた。無論すべてを理解していなければ全体像を把握できるわけがない。今でも分からないことだらけだ。
新しい中学に通うためにあたしは隣の県に引っ越した。
新しい住処。家族は父一人だから、挨拶をした人たちはどんな関係なのだろう。親戚とまわりの人に言うこと…そう説明された。
「和田家」新しい住処はそう言う名だった。
隣に同年代の男の子がいた。同じ和田さんのお宅だ。背は普通で表情もごく普通の男の子。
最初の印象をあたしは覚えていない。
たぶん不貞腐れていたからだろう。
それでも…あたしを見つめた目がとても優しそうで、わがままを言っても、無茶を言っても受け入れてくれると確信した。理由を探してもそれは見つからなかったけど。
だから誰にも渡したくなかった。独占するのは自分…それが当然と思ったし、それ以外は心が拒否していた。
心が強く欲したのだからそのままに忠実に従う。
それはあたしと他を分けるあたしらしさなのだろうか。
引っ越して半年が経つ頃、彼の両親が事故で亡くなりまだ1年ちょっとだと言うこと、水泳がかなりの実力者だと言うこと、彼のうわべだけで言い寄ろうとする不埒者が実はかなりいることを知った。
ならあたしが彼を守る。そう誓った。
恋ではない。
あたしのような不完全すぎる存在より、彼が幸せになれる人はきっといる。それまではあたしといるべきだ。彼との楽しい時間を1秒たりとも相応しくない人間に渡す必要はない。
そのためなら手段は選ばない。
いつもお読みくださる皆さまありがとうございます(せめて…一人くらいいたらいいなあ)。構想から投入予定のギミックが3つありまして、ひとつは千種の中の人です。この章が二つ目の導入といったところでしょうか。完結ははるか先になりそうです。




