せめて強い
翌日。
お昼時にあたしはちぐさちゃんをプール近くに誘う。なんか嬉しそうだったな、幸平くん。
この夫婦、なぜかちぐさちゃんが圧倒的に嫉妬をする。本来なら逆な気がするんだけど、横恋慕みたいな言動をしてるあたしが口に出していい話題でもない。
プールなんてあたしたち以外に理由もなければ近づく人もいないだろう。もしいるなら昼間コースの御婦人方に用事のある人だけだ。
ん?変なフラグ立たないよね?
ちぐさちゃんはどうしたのと問わない。
朝に「家族のことで相談したい」と用件を伝えてあるからね。
人気のないところに着いてずっと考えてた一言目を投げかける。
「妹がこの学校の特待枠に受かったらしいの」
「美樹の弟さんもだよ」
え、そうなの?背は高いし確かにスポーツは得意そうだったな。それでもそれは一旦置いておこう。まずは母のことだ。
「ちぐさちゃんに電話した後でお母さんにも電話したの」
「ん。それで」
「妹が受かったって聞いた後に来年の春お母さんも一緒に来るって」
「お仕事はこっちで?」
「そのつもりみたい」
「反対なの?」
「なんか複雑な気持ちなんだけど、まずは受け入れようと思って」
ちぐさちゃんは驚いたように目を見開く。あたしのことをやはり理解してくれている。
「いいのね?」
「子供でいられないから」
ちぐさちゃんは近づいて黙って背中を撫でてくれた。
「うん、分かった」
なんだか急に不安感が増してきて、涙が流れてきた。
「不安で…。無関心でいてくれてた方がよっぽどいいよ」
「うん」
「お母さんになにかあるんじゃないかって思ったら怖くて…悲しくて…」
涙も鼻水も止まらなくなった。
声をあげないようにするのが精一杯だった。ずっとちぐさちゃんは撫でてくれている。
不意にあたしの携帯が着信を告げた。
由麻だ。
ごめん…とちぐさちゃんに断ってあたしは妹と話す。半年ぶりだ。
「なーちゃんどうしたの?いきなり連絡してきて」
「まー、ここ受かったんだって?」
「誰からそれ…」
「先生から聞いたよ、おめでと」
嘘だよ、ごめん、まー。
妹は少し嬉しそうに声を高くした。
「なーちゃんから言ってもらえると思ってなかったよ。嬉しい」
「それでさ、お母さんと夕べ話したんだけど…」
「ほんと、どうしたの?なーちゃんから電話したの?」
「うん…そう…」
「変わった?お姉ちゃん」
懐かしい呼び名であたしを呼んだ。
「お母さん…どこか悪いの?」
「え…うー…ん。夏からお仕事休むようになった」
あの母が休んだのか…。
「あたし、スイミングに行ってるから詳しく知らないけど最近送り迎えとか…ほらけいちゃんのお母さんに頼んだり」
近所に住む妹の同級生の名。
「お医者さんには?」
「聞いたけど教えてくれないんだよね」
あたしと違って妹は気弱だ。おそらく嘘もほんとも言わないのだろう。
「こっちにまーと一緒に来たいって聞いてる?」
「うん。お姉ちゃんが心配だからだと思ってたんだけど…違うの?」
妹には不安を感じさせないことにする。
「まさか」
面白くないのに笑う。こんな笑いがほんと嫌いだったのに。
「彼氏に振られて居づらいんじゃない?」
「…またそんなこと言う」
「アパート探すってお母さんと約束したから、また連絡した時に聞いてみる」
「えっそうなの?いいところあるかなあ」
「まだ先だからね。頑張るんだよ」
「お姉ちゃんだって。あっインターハイおめでとう」
「ありがとう」
返事を待たずあたしは切った。
どうやら予感は悪い方に当たりそうだ。
涙が止まった。
「ごめん、ちぐさちゃん」
黙って彼女は首を振る。
「したいこととできることは違うよ」
それだけを彼女は言う。
そうだね。良い娘ではいられないだろう。
でも、強い姉でありたい。
心に決めた。
もう午後の授業が始まっていた。




