晩飯に涙する日
「昨日夜に高高から電話があって、総代代理をしてくれって」
「総代?なにそれ」
「新入生の場合は顕著たる成績を修めた者、なんだって」
「ふうん」
「不運はあたし。ほんとなら入試トップのあなた、日本選手権優勝のあ・な・ただよね?」
「知ってるの?」
「あ」千種は片手で口を覆うと
「スポーツニュースの速報見てたから…」
小さな声で答えた。俺も恥ずかしいから
「旦那の結果調べてるなんて、いじらしい千種さん」
「ソウデスネ」
軽く頬に指を当てて下を向く千種。
「なんでも幸平と同点のわたしが高高初めての女性総代になるのが新時代の若者に相応しいとかなんとか」
「ソウデスネ」
今度は俺がカタコトになる。
「余裕があってならまだギリギリね。幸平が昨日ドタキャンしたせいで、いきなり、だよ?」
「ソウデスネ」
「そんなの慌てるの仕方ないよね」繰り返して
「………仕方ないよね?……」
「なんかやらかしたん?」
「柄にもなく真面目に挨拶しちゃった」
「それ普通じゃないの?」
「ソウデスネ」
あ…美也子の送辞。嫌な記憶を振り払うと千種の視線。美人だな、千種。
「誰かにこの件聞こうなんてしたら、夜寝かさないからね」
「日本チャンピオンを馬鹿にするな」
「一番若くて早いくせに」
「合ってるけど違う!」
経験ないわ、はは。
「お腹空いてるでしょ?」
また話題を変える千種だった。
「電車の中でおにぎりひとつだけだった」
「まずは食べて。お母さんの夕飯を詰めてきただけだけど」
二つのタッパに白米とおかず。
十分なご飯だと思う。一人食べる晩飯のつもりだったから、どんな豪華な料理より今夜は嬉しい。
ローテーブルに(膝が悪かったのかなばあちゃん)レンチンした後の二つのタッパを並べ、俺は彩りの良い中から煮物を選ぶ。
ああ、母さんの味だ。少し見た目が黒目で辛味の強い味は確かに昔食卓に並んでいた。
父さんのつまみにもなっていたっけ。
…………
食べ物の味で涙が出るんだな。知らない土地に知らない家族がいる。だけど味を知っている…。
知らないことはまだいっぱいある。そしてこれから知ることができる。
…どこかに繋がっている。
食べ終わるまでの間、千種はただ静かに俺を見ていた。