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「またね」のイヤホン

不思議と雑念はなかった。招集までのわずかな時間。アップの終えた体を冷やさないようにストレッチをしながら、僕はいつものようにスマホから音楽を聴くために、ブルートゥースイヤホンを無意識に探す。


(あれ?ない…)

ちぇ。軽く舌打ちを漏らす。

(あ、荷物に入れて送ったんだっけ)

(引っ越し荷物着いたかなあ)


迂闊さに苦笑して、さて少しの時間をどう潰そうかと思案をはじめた僕に、見えない角度から不意に小箱が差し出された。


(え?)

箱を差し出す手から視点を移しながら、差し出す本人の体、顔へとたどりつく。

見知らぬ(いや周り全部知らないんだけど)女性、いや女子だった。軽く170cmは超える長身のわりにあどけなさを残す面立ちで中途半端な長さの髪が印象的。


「なんかこれをあなたに渡してくださいって頼まれたんだけど」

「はあ…ありがとうございます」

それじゃと本当に一言だけ僕に言葉を投げかけると、長身女子はあっさりと僕に背を向けて歩いて行ってしまった。

誰が誰に何を託したのか、今のできごとがさっぱりと分からない。あまりに軽い右手の箱をやっときちんと見ると、普段使いのイヤホンと全く同型の色違いだった。

今の僕にはジャストタイミングすぎる。

(使っていいもんなのかね、これ?)

なにげに箱を裏返すとボールペンの黒い文字でシンプルに「またね」と走り書きがあった。それは同年代が使う丸っこさがなく楷書然とした筆致で、書いた人の思いが感じられて、現状に照らし合わせて、不意に背筋の伸びる緊張感を覚えてきた。

箱の側面から中身を抜くと明らかに新品。このイヤホンの値段は知ってる。たぶん昼飯数回分だろと見当をつけて、僕は遠慮なく使おうと小さな小さな決断をする。

袋を開けてイヤホンを取り出し、簡単に同調をさせた。スマホのいつものプレイリストからランダム選曲をすると、静かなイントロから次第に盛り上がるメロディアスな曲が流れ始める。偶然に頼んだんだから、今の運は悪くないんだろう。

たかだか15歳の春だけど、それなりに重い瞬間が数十分後にやってくる。


この一年で考えたこと、諦めたことを将来意味のあることに変えるんだとコーチは言ってたけど、その未来を僕はまだ見ていない。

…あ、前言がだいぶ間違っていた。多事雑念。あちこちに思考が飛んでた。


いろいろな踏ん切りをつけるために、そして未来を見るために、走り書きの「またね」に頼ってみよう。見知らぬ誰かの不思議な行為だって今の勇気になるのだから。僕は改めて気持ちの整理をするため今日初めての独り言をつぶやく。


「決勝だ」

惑いは1時間後でいい。


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