彼女の夢
少し前に投稿した夢に関するエッセイの感想で、夢の内容について作品化の要望がありましたので、簡単に纏めて書いて見ました。
日本脳科学・電子機器利用研究所
日本における脳・コンピューター・インターフェースの商用利用の実現と拡大を目的としたこの研究所、彼女はその研究者の一人だった。
脳波研究のスペシャリストでありながら、電子演算機器やインターネット、また工学に関しても深い知識を持つ天才であり、それら全てが脳波によるネット空間への介入と操作のための理論構築と、それを商用利用可能とする機器の開発という、この研究所にとってなくてはならない能力を一人で有する類い希な才媛であった。
ブレイン・ディコーデング、読み取った脳波から思考を解読することを彼女は目指していた。
日本脳電研と略されるこの研究所は、脳波によるネット空間への干渉を可能とすることで、よりスピーディーで快適なネット利用を可能とするという表向きの目的があるが、そもそもは脳とネット空間、または高次AIとの接続により、人類の脳を拡張させ、超人的な能力を外的に付与出来ないかということが隠された本来の目的であった。
彼女、倉持香織はその実験の被験体でもあった。
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「倉持教授、ついに装置が完成しましたね」
興奮気味に語る私に、彼女は「ええ」と一言だけ無表情で返してきた。
脳波から思考を解読する様々な研究を経て、彼女は心の奥底に隠された願望を「夢の中」で体験させる。
意図的に明晰夢を見せることのできる装置を作り出した。
この技術は応用発展させる中で、犯罪捜査や軍事転用、そして、思考のコントロールによる統制など、様々な可能性から所内でも注目されていた。
多くの安全テストを経て、ついに集められたモニターによる臨床試験が開始された。
モニターの結果は上々だった。
夢の内容を覚えているものばかりではなく、全体の半分は夢の内容を忘れていたが、脳波計測の結果、かなりのストレスの軽減や、認知機能の向上が確認され、実際に被験者たちは装置の継続的な利用によって、気分の高揚、ストレスの軽減、記憶力の向上や、仕事や学業の効率や成績が上がったとの証言をした。
また、本人も気付かなかった願望の理解は、仕事や趣味など、実生活への影響も強く、夢の内容を覚えていた被験者は積極的に生活サイクルを変えて、充実した暮らしになったと話した。
特段の問題も確認されず、装置は医療機関での使用を主として、睡眠外来などを中心に販売され、資産家の中には個人で購入する者も現れるほどに人気をはくした。
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装置が商品化されて1年ほどたった頃、装置の利用を自主的に辞退する人が出始めた。
これは「夢の内容を覚えていない」タイプに限定されていたが、そもそも、安眠効果やその後の体調改善、ストレス軽減に繋がっていないと、装置利用を打ち切る者が出てきた。
一年経って、まわりの評判を信じていたが、結局効果が無かったと結論付ける者が出てきたのだ。
ただ、これはある程度は個体差として想定していた範囲であり、まだ問題とまではいかなかった。
それから、装置に依存し、装置から出ることを拒絶する者や、精神に異常をきたして、結果として入院する者、最悪は、装置による影響で殺人事件を引き起こしたとされる事件が起きるまでは。
詳細な調査の結果、装置には根本的な欠陥があった。
本人の願望を見せていると思われたものは、「その前情報を元に脳が思い描いたフィクション」でしか無かった。
つまり、実直で真面目な男性が装置を使い「女装して楽しく過ごす自分」を見たとして、それは彼の隠された本当の願望ではなく、「隠された願望を見せる」というイメージから作り出されたもの、経験や知識から、自分のイメージと対比して「隠されている願望とは」と思考した結果に過ぎなかったのだ。
問題は「隠された願望」を見せられていると利用者が認識していたことだ。
夢を覚えていなかった利用者には、本当に単純に忘れてしまっていた者もいただろうが、脳の防衛機構として「強制的に」消去された者もいたようなのだ。
詰まる所、「あまりにも自身のパーソナリティーとかけ離れた事柄に拒否反応が出た」結果だったのだ。
その負担が、結果として体調不良などに繋がり、反対に装置の見せる夢に嵌まりすぎ、抜け出せなくなる者も出てしまった。
そして、嗜虐嗜好の強かった人物が繰り返し見せられる殺人に、ついに歯止めが利かなくなり、犯行に及ぶという最悪な結末まで到ってしまった。
彼女は開発責任者として、逮捕され、脳インターフェースに関する法整備が整っていないこともあり、既存の法律の拡大解釈の繰り返しと、世論の併せ技で収監されることになった。
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「お帰りなさい。教授」
彼女は釈放されると、私は彼女の後見人として迎えに行った。
既に脳電研は閉鎖されているが、私の自宅には研究設備は整っている。彼女と研究を再開させることに問題はない。
装置は全て廃棄される予定だったが、私が手を加えて問題点を軽減したバージョンがその後に商品化されている。
一部の需要に応えるべく、紛い物が裏で出回ったために、安全性を高めた本物を出す必要があったためだ。
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あの日、私の研究所に来た彼女は旧装置の中にいる。
私の権限で残されていた旧装置の中、生命維持に必要な処置を施した状態で、彼女は安らかに眠っている。
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父は……世界的な言語学者だった。
日本屈指の精密機器メーカーの創業一族の三男で、類い希な頭脳でトップカテゴリに位置する研究者だった。
母は……優秀な精神科医だった。母の家系は医療系で、二人の馴れ初めは、両家が定めた婚約者としてのお見合いだったそう。
外向きには、仲の良い、理想的な家族だった。
家柄もよく、優秀な両親の間に産まれた長女。
家族仲もよく、幸せそうだっただろう。
だが、一歩でも家に入れば、父も母も、お互いに関心がなく、私にも関心は無かった。
食事の心配をする必要も無かったし、誕生日には一応プレゼントも貰ったが、父も母も、「義務として」こなしている以上の感情を私には向けなかった。
私が政府が秘密裏に行う「超人化プログラム」に参加すると決まったとき、父は「そうか」としか言わなかったし、母は「良くわからないけど、まぁ貴女なら大丈夫なんでしょう」と言うだけで、止めてくれることは無かった。
装置の中で、私は幼少期をやり直す、何度でも、私を愛してくれる両親に囲まれて。
でも、それが嬉しいとは、私は思えなかった。
期待していた筈の本物の「幸せな家庭」。
それが私には異物にしか思えないまま、私は今も牢獄に囚われている。
感想お待ちしてますщ(´Д`щ)カモ-ン