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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
オムニバスパート

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老害頑固ジジィ(1)

・ストマの費用も生活保護費から出る。

・不動産ならぬ負動産を保有してると大変


 ある日の午後、加奈子が備前の部屋を訪ねてきた。


「パパ、新しい案件が来たよ」


「どんなだ?」


「I市内でも山のほうの集落に住んでるんだけど、相談者さん自身が困窮してるわけじゃなくて、近所のおじいちゃんが困ってるから助けてあげてほしいんだって」


「なんで相談主は他人の家の財政事情まで知ってんだ?」


「なんか最近、頻繁に近所の家に食べ物か金を出せって回ってるらしいよ」


「すげぇジジィだな」


「まぁそれくらい今のスーパー加奈子ちゃんなら軽く手懐けられると思うけど……アタシ来週、簿記二級の試験が控えてるから余計なことで万が一にも案件をこじらせたくないんだよね~」


「ほう。試験勉強か。関心だな」


「いやいや、試験勉強なんてとっくに終えてるわ! すでに受かるの前提で、今は一級の勉強中だってーの」


「ますます関心だな。そういうわけなら応援しよう、手を貸すぞ」


「ありがとパパ!」


「じゃ、さっそく支度してついてきてくれる?」


 こうして二人はI市の山間部に向かった。




 相談者の居住地は市街地から少し離れた自然の多い山間地だった。


「へえ、I市にもこんなところがあったんだねぇ。自然がいっぱいですっごくいいところじゃん!」


「中途半端と言われりゃそれまでだが、市街地じゃ生活には困らねえし、少し奥へ行きゃ自然もある。それがI市のいいところさ」


「パパが気に入るのもわかる~」


「しかしまあ、若いもんは都会へ出たがるのか、この辺りは妙に空き家が増えてきたもんだ。日中なのに雨戸が閉まってやがる」


「古くなった家もたくさんあるね」


「この国が抱える社会問題の一つ、空き家問題だ。ちなみに、文字の間に平仮名の『き』が入る『空き家』と『空家』は定義が違うが、大して気にしなくてOKだ」


「わかった。一瞬で忘れる」


「核家族化も進み、子供らもそれぞれ家や家庭を持っているところで、古くなった実家を相続するとなっても要らないだろ? こうして空き家が増えていく」


「なら、売ってお金にすりゃあよくね?」


「売れればな。しかし地方は大変だぞ? 買い手がつかないばかりか、一度相続しちまったが最後、毎年固定資産税が課税されるばかりか、下手したら家屋敷課税といって、その家屋のある自治体へも住民税を払う必要が出てくる可能性もある」


「罰ゲームじゃん!」


「そうだ。だから家を売るどころか逆に金を払うから私の家をもらってくださいという、いわゆるマイナス不動産、いや負債という文字で負動産という扱いになるんだ」


「今どき価値のない家は持ってると逆に損なんだね」


「経済的な問題だけじゃないぞ。治安の問題もある」


「なんで治安問題になるの?」


「伸びっぱなしの草木をなんとかしろと近所からクレームになったり、野生動物が住み着いた家もあった。ほかにも安い家を求める外国人に売ったら麻薬の製造工場になってたケースもあってな。近隣住民からしたらおっかねえぞ?」


「それはやだぁ」


「まあ、プロの生活保護師様には関係ねえが、社会の一員なら当然知っておくべき問題だ。無関心でいると、下手したら国ごと乗っ取られるかもな」


「うへぇ。固定資産税から逃げたいところに買ってくれる人が現れたら、自分だけならって売っちゃう人も多そう……」


「本当にこの国は外に対して脇が甘いったらないぜ」


「内側から公金をしゃぶってるパパが言っててワロタ」


「まさに内憂外患ってやつだな」


 そんなことを話しながら住宅地を歩いていたときだった。


「かぁ~っ! お宅には人情ってものがねぇのかい!」


 そんな男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「昔、お宅の親父さんが困ってたときに助けてやったのがウチだってんのに。情けないねぇ! 嘆かわしいねぇ!」


「そうは言っても珠慶覧(じゅけいらん)さん、ここのところ少し頻繁じゃないですか。ウチにもウチの都合がありますし、お困りなら市に相談したらいいじゃないですか」


 どうやら住宅の玄関先で、老人の男とその家の女性がなにやら言い争っている様子だった。


「あんな市役所なんか当てになんねぇ!」


「なら、ウチもあんまり当てにしないでくださいよ」


「なにぃ!? お宅、目上の人間に対してなんて口をきいてるんだ!」


 備前たちがそちらを覗いてみると、老人は半開きの玄関に手を挟み込んで、今にも殴り掛かりそうな勢いで家の中の女性に怒鳴っていた。


「今の珠慶覧さんの態度が敬えるような人だと本当に思ってるんですか!?」


「当たり前だ! ワシぁ昔、この辺り一帯に顔が効いたんだ!」


「ですが今や逆の意味で近所に有名ですよ?」


「生意気な口を聞くな若造が!」


「その若造に施しを受けようって態度がそれですか」


「うるせえ! 昔あんたの親父さんを助けてやったんだぞ!」


「あんまりしつこいと警察を呼ばせてもらいますからね?」


「おお、やってみろ! ワシは警察の偉い奴にも顔が効くんだ!」


 その傍若無人ぶりを見て加奈子は引いた。


「あのじいさん、人に頼むほうなのになんであんな偉そうな態度なの……?」


「ああいうわけのわかんねえ要求をする奴も生活保護者には少なくねぇんだ。動物に理論や理屈が通じると思うな」


「ザ・老害じゃねえか」


「これは俺の持論みてえなもんだが、人間の脳の作りには言論系と戦闘系があると思うんだよ」


「戦闘系?」


「例えば原始の時代。狩猟をしているときにゃあ凶暴な獲物を前に恐怖で身がすくんでしまうようじゃ役に立たん。だから理論や大義なんか関係なく、脳内麻薬全開で戦える人種も必要だったんだろう。そういうのが遺伝子的に残ってんじゃねーの? ……知らんけど」


「リアル氷河期人材ワロタ」


 加奈子がケラケラ笑って見ていたときだった。


「ほら珠慶覧さん! またやってんの!」


 騒ぎを聞きつけてやってきた老人の知り合いらしき中年のおばちゃんが老人を刺激しない程度の絶妙な咎める口調でトラブルに割って入った。


「ダメじゃない。ご近所に迷惑かけちゃ」


「うるさい! ワシのことは放っておけ!」


「ああ、そんなこと言ってると、もうお裾分け持っていかないけどいいの?」


「勝手にしろ!」


 珠慶覧の矛先が完全におばちゃんに移ったところで、おばちゃんは珠慶覧と同じ土俵に立つでもなく闊達に笑い飛ばす。


「ほら、そんなこと言ってすねないの。今日は珠慶覧さんの好きな煮物なんだから、ほかの人にたかってないで帰りましょう?」


「ふん!」


 ふてくされたような珠慶覧の背を押すように、おばちゃんはそのお宅の敷地から見事に珠慶覧を連れ出したのだった。


 玄関から不安そうに顔を覗かせた住人にもさりげなくアイコンタクトを送っていたことから、おばちゃんが助け舟を出したのがわかる状況だった。


「ほう。あの女性は上手いことあの老害を手懐けているな。弱いところを突きつつ、ジジィ特有の怒りのツボを避けている」


「いるよね~。そういうのが絶妙に上手い人ってさ~。近所に一人はいる、たくましいおばちゃんって感じ」


 備前と加奈子が感心している横を通って、珠慶覧とおばちゃんは歩いていく。


 そしてすれ違って少ししたところで加奈子が何かを思い出したように手を叩き、すでに背を向けて去っていくところだった二人に声を掛けた。


「あのぉ~。もしかしてあなたが芥附(くぐつけ)さんですか? アタシ、相談をいただいた笹石なんですけど~」


「あ、例の件の笹石さん?」


 おばちゃんは驚いて振り返った。


「よく私が芥附だとわかりましたね?」


「いやー、先ほどの状況が、ご相談いただいていた状況と一致してるなぁと思って」


「たしかに滅多なことで見れるような状況じゃないですもんねぇ。お恥ずかしい」


「訪ねてきてみれば、いきなりの状況でびっくりしましたけれど、おかげで状況がよくわかりました」


「ええ。ご覧のとおり困った人なんですよ~」


 そんな話が堂々と展開されたためか珠慶覧はまた気を悪くしたようで、備前や加奈子たちにきつい視線を向けた。


「あぁ!? なんだお前ぇら。なんか文句でもあるんか!」


 そんな珠慶覧の背中を芥附がバシッと叩いた。


「ほら、珠慶覧さんもすぐ人を威嚇しないの。この人たちは珠慶覧さんを助けるためにわざわざ来てくれた人たちなのよ?」


「あぁ!? 誰が助けてくれなんて言った!?」


「もう! そういうこと言わない約束でしょ?」


「ふん!」


 珠慶覧はふてくされたように、一人で自宅と思われる方角へ歩いていった。


 そんな珠慶覧の背中におばちゃんは呆れたような視線を向けて備前たちに言う。


「あんな調子で近所中みんな困り果ててしまって。公的支援でも受けて、せめて近所に迷惑をかけない生活をしてくれればいいんだけど……」


「昔からあんな感じだったのですか?」


 備前が問う。


「いえ、先々月に亡くなった奥さんがいた頃はそうでもなかったのですが……いや、もしかすると奥さんがだいぶ抱え込んでくれていたのかもしれませんね」


「なるほど、それで手綱を握れる人がいなくなったというわけですか」


「ひどいものですよ。物を恵んでもらおうというのにあの態度、信じられます? おまけに邪険に扱うと、あとで家の前に自分のウンチをまき散らしに来るんですよ?」


「それは酷い」


「クソワロタ」


 備前たちは目を丸くして驚く。


「自宅からうんちを運んでくる姿、シュールすぎてワロタ」


「それがねぇ……珠慶覧さん、ストマなのよ」


「ストマ?」


 加奈子が首を傾げる。


「病気等で正常に排尿や排便ができない人もいるだろう? そういう人はお腹に穴を開けたりして腸から直接排泄物を排出しているんだ。そうすると勝手に出てくる便を溜めておく袋が必要になるだろ。それがストマだ。お腹に貼り付けてたりするんだ」


「うへぇ……生活が大変そう……」


「だろうな。実際に生活保護受給者にもけっこうな割合でストマ利用者がいるぞ? というか、日常生活や仕事に相当の支障が出るから生活保護になってるんだろうがな」


「そのストマの費用とか、どうするの?」


「専用の便袋があって、おおよそ月に2万円くらいが多いかな……もちろん生活扶助費とは別に実費が支給されるから生活保護を受けているぶんには支障はねぇ」


「だけどもし生活保護を受けてなかったら相当の負担だよねぇ?」


「ああ。一度そうなっちまったら生きているうちはずっと付き合っていくようだしな」


「病気でそうなっちゃったら、どうしようもないよねぇ……」


「ま、なかには肛門を使用した性行為によって肛門の機能をぶっ壊したバカもいるがな」


「そんなの聞きたくなぁーい!」


 加奈子は叫んだ。


 そんな様子を苦笑いで芥附は見ていた。


「それでね? 珠慶覧さんは気に入らない人の家の前で、その便が溜まった使用済みのストマを引き裂いていくのよ」


「想像を絶してしまいますね……」


「さいあくー!」


 備前と加奈子が驚いているところに、少し先まで歩いて振り返った珠慶覧が怒鳴る。


「なにやってんだ! 来るのか!? 来ないのか!?」


「あーはいはい。すぐに行きますよ」


 芥附はいい加減に大きな声で返事をし、備前たちの前で肩をすくめて見せる。


「どうやらお家に招いてくれるようですが、よろしかったらお付き合いいただけませんか?」


「ええ、もちろんアタシたちもそのつもりで伺いましたので。まさかあそこまで強烈なおじいちゃんだとは思わなかったけど……」


「私もある程度なら制御できますから、できることはお手伝いしたいと思います」


「ありがとうございます。先ほどのお手並みも拝見しましたがお見事でした。芥附さんがいてくれるととても心強いですよ」


 備前が感心したように言った。


「相談者さんがこんなにしっかりした人だったケース、アタシ初めてです!」


「あはは。では、珠慶覧さんが怒る前に行きましょうか」


 備前たちも珠慶覧のあとを追って歩き出した。


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