葬祭扶助費 と ゾンビ丼
・ゾンビ丼のレシピ公開
・葬祭扶助について解説
その日の昼どき、備前の部屋に佳代が飛び込んできた。
「マー君、大変大変!」
「あ? どうした佳代」
備前に問われた佳代は、キッチンに立つ加奈子の姿を見て一瞬止まった。
「ど、どうして加奈子ちゃんがマー君の部屋に?」
「あ。佳代さん、こんにちは。今ね、アタシがお昼作ってんの!」
「まさか一緒に住んでるの!?」
「まっさかぁ~! 今日はアタシが開発した新しいレシピ、その名もゾンビ丼を試食してもらおうかと思ってさぁ~」
「ゾンビ丼!?」
佳代は仰天する。
「な? 気味の悪いもんを食いたくねえって言ってんのに、一度でいいから食ってみろって聞かねえんだ。押し掛け女房かオメェはってとこだぜ」
「押し掛け女房!?」
佳代はさらに仰天した。
「せっかくだし、佳代さんも食べてってよ。絶対美味しいから!」
「どんな料理なの……?」
「えっとね、まずは半額になったお肉をフライパンで炒めて、そこに甜面醤や豆板醤、オイスターソースとかを加えて煮込むんだけど、ここで細かくした腐りかけの食材を全部ぶっ込むんだよ!」
「な、なんで半額のお肉や腐りかけの食材なの……?」
「新しいのを使ったら、ゾンビ丼じゃないじゃん!」
「そこ大事なんだ……」
「小娘なりに食材を捨てないための工夫らしい」
「なるほど、それでゾンビ丼……」
「今のレシピを聞いたところじゃ、麻婆豆腐に似てる味になるんじゃねえのか?」
「さすがパパ! そう! これなら多少の味はごまかせるし、何を突っ込んでも大体美味しいんだよ! 野菜だけじゃなくって、卵やバター、ウインナー、豆腐、こんにゃくとかでも何でも全部うまいっ!」
「どういう味覚してんだ、小娘はよ……」
「でも、余り物の食材を無駄なく消費できるのはすごくな~い?」
「まあ、そこは認めてやらんことはない。俺たちにまで食わせようとしなけりゃな」
「だから絶対うまいって言ってんじゃん!」
加奈子はお玉を握ったままじだんだを踏んだ。
「ところで佳代。ずいぶん慌てた様子だったが、用件はいいのか?」
「あ、そうだった……ついゾンビ丼のインパクトで忘れてた……」
「何があったんだ?」
「ポチ……じゃなかった、坂下さんが死んでたの……部屋の中で」
佳代はさも大事件のように言うが、備前や加奈子はまるでどうでもいいことのように平然としていた。
「なんだ、リアル死体の話か……おい、よかったな小娘。半額肉どころか、リアルゾンビ肉が手に入るぞ?」
「リアルゾンビ肉はいらねーんだわ! っていうか、アタシの貴重な養分が死んだわ!」
「え。なにこの二人の反応やばい……」
佳代は引いた。
「あーくそ。ポチは死んでもいい奴だけど、養分としては優秀だったからなぁ……」
「おい小娘。ポチにちゃんと栄養を与えていたんだろうな? 両足までへし折ってんだ。普通に容疑がかかるぞ」
「ちゃんと飯やってたわ! てか、自分から足を折った憐れなジジィをけなげに助けてあげてた加奈子ちゃんに疑いがかかるとか、ありえないっしょ」
「だといいがな。両足を粉砕してる時点で、だいぶ事件性の匂いはするが……おい佳代。死因はもう分かってんのか?」
「うん。どうやら脳梗塞らしいって病院で」
「死体は警察に渡りそうか? どういう経緯で死亡が確認されたのか詳しく教えろ」
「えっと、毎日見回りしてくれてる小森さんが、窓の外から倒れているのを発見して119番通報したんだよ。それで、そのまま病院へ……」
「なるほど。すると昨夜から今日にかけて死んでたってわけか……時間が経ってないのが幸いだな。ここは憐れな老人を地域全体で気にかけて助けてやっていたていでいこう。そうすりゃ事件性も薄れるだろう」
「だ、大丈夫なの? マー君……」
「当たり前だろ。ポチには前々からこうなる前兆があった。むしろ、あのままホームレスを続けてりゃ、とっくの前に死んでたような人間であって、むしろ俺たちは長生きさせてやった側だからな。気に病むことなんざ一つもねえ」
「ま、足を自ら折らせたようにも聞こえるけどアタシら強制してないもんね~。ただポチが仮面男に襲われた公園から立ち去ろうとしただし~」
「おお。ならその原因を作った仮面男を探せばいいのか?」
「ポチ自身が被害届も出してなかったのに?」
「そうだよなぁ……俺たちはただ助けてやっただけだよなぁ……おかしいところはあっても真実は闇のなかさ。いわゆる死人に口なしってやつだ」
「真実はいつもヒドス」
加奈子はケラケラと笑った。
「大体、人を永遠に生かしておくなんざ誰にもできねえ。人の生き死にに関われるだなんて、それはただの傲慢さ」
備前は鼻で笑った。
「だが、あいつの死を無駄にしないためにも小娘。この件はお前が処理しろ。いい機会だ、生活保護の扶助の一つ、葬祭扶助費について学んでいこうか」
「お! 新しい勉強の機会! ポチよ安らかに眠れ……そしてお前はアタシの知識と経験に生まれ変わるんだ~!」
「人が死んでんねんで?」
珍しく佳代が冷静にツッコんでいた。
「では葬祭扶助費の説明に入るが、その前に基本的なことだ。小娘でも人が死んだあとの手続き的な流れはさすがに知っているだろう?」
「死亡届を出す、燃やす、お墓に入れるぅ!」
「そうだ。しかるべきところで死亡診断書や検死書をもらい、それとともに死亡届を役所に出せば火葬所で燃やすための埋火葬許可証が発行される」
「ふむふむ……」
「普通の人間は親族がこれらの手続きを行うだろう。詳しい手続きは知らなくても葬祭業者に連絡を取ればプロが代行してくれるからそれほど困らないはずだ」
「そうだよね」
「だが、ここで身寄りのいない者や、親族に葬祭費を出せる資力がない場合は……? 特に生活保護者なんか親族に扶養することすら拒否られた結果なんだぞ?」
「う……て、手続きとか誰がどうしているんだろう……」
「まあ、もともと生活保護を受けてた人間に限らないが、最近は孤独死も増えているし、死体が放置されたらまわりが困るだろ? だけど無関係の人間のためにお前が金を払って処理しろよってなったら誰だって嫌だ。だから生活保護のなかに葬祭扶助費ってのがあるんだよ」
「でもさ、本人は死んでるけど、それは誰が申請するの?」
「決まりはない。ただ、俺の感覚じゃあ、どこで息を引き取ったかによって変わってくる傾向がある。借家なら大家、施設なら施設長。そうでもなきゃ消去法で民生委員が多い印象だ。なかには病院が出してくるところもある」
「じゃあ今回の場合は大家さんだから、佳代さんになるの?」
「それが無難だな……おめでとう佳代。これでお前も晴れて生活保護受給者だ。一瞬だけな」
「え。私が!?」
「そうだぞ。死んだ本人と何の繋がりもない大家や民生委員だろうと、生活保護を申請した人間には変わりがない」
「パパ、それって嫌がる人いないの? 生活保護を受給ってイメージ悪いし」
「そりゃそうだ。真っ当に生きてて、ただゴミくずの死に巻き込まれただけで、なぜ生活保護受給者なんて不名誉を押し付けられなきゃならないんだと、そういう人もいる。だが誰かがやらなきゃ、みんなが困ると拝み倒してでもやってもらう。死体は放置できんからな」
「CWの大変なところだなぁ……ここでも世のなかの穢れを人知れず片づけてくれてる人がいるんだね」
「そうだぞ? これだけ孤独死だとか叫ばれてる世のなかで、無関係で迷惑を被っているのにきちんと処理してくれてる人々がいることを知り、感謝せにゃならん」
「わかったよマー君! そういうことなら私、頑張るよ!」
佳代は気合を入れた。
「マー君に褒めてもらいたいし!」
「いい心がけだ佳代。だが、そう身構えることはない。福祉事務所だって無関係の人間が嫌々やってくれていることくらいわかっている。だから何枚かの書類にサインをすれば、あとは全部お任せでやってくれるところも多いんだ」
「それならよかった」
佳代は安心して胸を撫でおろした。
「ところで小娘、勉強してるなら葬祭扶助がいくら出るのか言ってみろ」
「はい! 1~2級地が212,000円、3級地が185,500円でありますっ!」
「子どもの場合は?」
「1~2級地が169,600円、3級地が148,400円でありますっ!」
「そうだ。もし基準額を超える場合でも条例等で加算している自治体もある」
「あとはぁ……たしか死亡診断や死体検案の文書料が5350円くらい出るし、納体袋とか、安置しておくのに保冷剤とかが特別基準の設定として必要最低限の費用が出る、だっけ?」
「そうだ。そして大体どこの福祉事務所もこの金額の範囲内で、死体の引き取りから火葬まできれいに処理してくれる業者とパイプを持っている」
「パパ、それは癒着でありますか?」
「なら、それを言った奴に転がった死体を片づけさせるんだな。誰が好きこのんで他人の死体を片づけるんだか見物だぜ」
「街がバイオハザードになるわっ!」
「小娘はゾンビ肉が食べられていいじゃないか」
「嫌だよっ!」
加奈子は強く言い切った。
「なぁんか、こういうのに無駄な公費を……とか、いちいち噛みついてる人を見ると、本当に世間知らずなんだなぁって思うようになってきたよ……」
「二十歳前の小娘に言われちゃ、そいつもおしまいだな」
備前は鼻で笑った。
「ま、こういうのに困ったら生活保護者だろうが保護者じゃなかろうが、まずは福祉事務所に相談してみろ。きっと頼りになる」
「うん、わかったぁ!」
「そういえばもう一つ、以前に民間の金銭管理団体が身寄りのない人間を死に待ちで請け負っていると話したことがあっただろう?」
「たしかアタシが初めて一人でシンママさんの申請代行に挑戦したときだっけ……財産管理委任契約が本当は養分契約じゃないって教えてもらったときに一緒に聞いたんだ」
「そうだったな。社会福祉協議会は基本的に身元引受人がいないと金銭管理を引き受けてくれない。そうすると対価を払って民間業者にお願いすることになる」
「そうか! あのときの話の続きがここに繋がってくるんだ!」
「その知識の点と点を繋げていく感じを忘れるなよ。そうやってより強く身につくんだ」
「あいあいさー!」
加奈子は元気よく敬礼した。
「ところで生活保護者が死んだとき、そいつが使い残した金ってのはどうなると思う?」
「え? わかんない」
「それは遺留金と言ってな、別に福祉事務所に返還しなきゃなんねぇわけじゃないんだ」
「相続人や金銭管理をしていた業者のポケットに入るってこと?」
「さあな。そこから先は福祉事務所も関与しねぇから俺も知らんが、まあ、言われてみるとたしかにそれも可能かもしれんなぁ……」
備前はわざとらしく言った。
「真実はいつもヒドス!」
「だが、ここで注意が必要なのは、遺留金は葬祭扶助と相殺されるってことだ」
「葬祭が相殺……って、いったぁい!」
「つまらんことを言うからだ」
「わかってるよぉ……」
「例えば葬祭費用が21万円だとして、遺留金が5万円だったら、葬祭扶助は16万円しか出ない」
「つまり、遺留金の5万円を葬祭費用に充てろってことだよね?」
「そうだ。ちなみに小娘、ポチの生活保護費は小娘が金銭管理していたよな? どうしていた?」
「ちゃんとパパの言いつけとおり、支給日に全額口座から下ろしてたよ?」
「よし。なら、口座を調べても残高は出ない。今回は遺留金なしとして福祉事務所に報告しろ。そうすりゃ満額の葬祭扶助費を申請できる。大丈夫だ、バレやしねぇ」
「さっすがパパ! 安定の悪魔ぶりぃ!」
「実際に小娘が管理してた現金は全部もらっていいぞ」
「ぃやったぁ!」
「もし支給日の翌日にでも死ねば、一ヶ月ぶん丸儲けだ」
「うん!」
「一日で全部使い切ったと言い張れ」
「はなから死ぬ気だったぜって感じでワロタ」
「わかったか? これが葬祭扶助ってやつだ」
「うん! よぉくわかったぁ!」
加奈子は強く拳を握った。
「死んだらお葬式ってイメージがあったけど、お金がないと最低限で火葬場に直行なんだねぇ」
「あ、そういえばマー君。火葬したあとのお骨が残るよね。それはどうなるの?」
「骨だけは引き取る親族もいるし、どっかの無縁仏になる奴もいる。親族が現れる可能性を考慮して数年間保存したあとに散骨する業者もいるな」
「遺留金をネコババしたあとに相続人が現れると面倒だから言い訳程度に一定期間の保管をしておいて、散骨したあとに相続人が来ても遺留品もろとも供養しました、という業者側の言い訳ができるんだね~?」
「ははは、小娘も想像力が豊かになったもんだ」
「パパのせいでね~」
「マー君も加奈子ちゃんもちょっとぶっ飛んでるよぅ……」
その場では佳代だけが肩を落としていた。
「じゃあさパパ。結局アタシは安岡さんに連絡して、佳代さんと一緒に葬祭扶助の申請をしながら、業者の手配は福祉事務所に丸投げしとけばいいんだね?」
「ああそうだ。それから、死体が警察の検死に回って時間がかかることもあるから、そのあたりのスケジュールもついでに安岡君に聞いておけ。ま、すぐにわからないことも多いがな」
「わかった」
「加奈子ちゃんが手続きを手伝ってくれるなら私も安心だな~」
三人は、ほっこりとした雰囲気のなかで話をまとめた。
「さて、死体の話をたっぷりしたところで手続きの前にようやく昼メシといこうか」
備前が食卓に視線を落としてニヤリと笑った。
「あーっ! アタシのゾンビ丼がぁ! ご飯の前に死体の話、酷すぎぃ!」
「よかったな小娘。最高のスパイスじゃねえか。死体の話をしながら食うゾンビ丼とやらはきっとうめぇぞ?」
「あうぅ……せっかくアタシが作ったご飯がぁ……ぐすん」
坂下の死に涙も流さなかった加奈子がそこで初めて一粒の涙をこぼしたのであった。
「ま、近年は生活保護者も高齢化しているし、今後は葬祭費も増えるだろ。小娘も葬祭扶助のことは頭の片隅にでも置いておけよ」
「アタシはわかったけど……それにしても、福祉事務所も警察も人が死ぬたびに大変だねぇ……」
「特に夏場はエアコンの使用を控えてる生活保護者もいたりして死体が腐るのも早いしな。死亡推定時刻がわからねぇなんてこともある」
「酷い世界なんだねぇ……」
「ある日突然、会ったこともない親族の葬儀を頼まれることもあるが、そんなゴミの片づけに金なんか出したくねぇだろ? 生きてるだけ、いや、死んでも迷惑な存在ってのがたくさんいるのが現状だ。今後はますます安楽死が必要だな」
「ゾ、ゾンビ丼なんて言ってる場合じゃなかったぁ……」
■ 番外編 ~加奈子ちゃんのゾンビ丼~ ■
割引になった肉(豚ひき肉がオススメ) 300gくらい
腐りかけの野菜(長ネギやキャベツ等) あるだけ。
☆調味料合わせ①☆
にんにく(チューブ) 5㎝くらい
しょうが(チューブ) 10㎝くらい
甜面醤 大さじ2
豆板醤 小さじ2
☆調味料合わせ②☆
水 200㏄
醤油 小さじ2
砂糖 小さじ2
みりん 大さじ1と1/2
中華だし 大さじ1
オイスターソース 大さじ2
☆その他③☆
片栗粉 大さじ1と1/2
水 大さじ3
☆その他④☆
ゴマ油 大さじ1
★調理工程★
1.フライパンに油を引いて割引肉を炒める。
2.火が通ったら調味料①を加えてさらに良く炒める。
3.調味料②を入れて強火で沸騰させてから3分くらい煮込む。
4.腐りかけの野菜を入れてなじませてから火を止めて片栗粉③を入れて混ぜる。
5.なじんだらゴマ油④を回し入れて良く混ぜたら完成。
※山椒など入れると美味しい。具材を豆腐と長ネギにすると完全なる麻婆豆腐。
※特に卵を混ぜると色味的にゾンビ感が増す。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ゾンビ丼はマ○クラをプレイしていた子どもたちから着想を得た名称で、今では我が家の定番です(笑)
ただ、調理にあたっては一切の責任を負いかねますので、ガチの腐肉を使ってお身体を壊さないよう自己責任でお願いします(笑)







