統失ツイフェミ女(4)
・入院にも種類があり、本人の意思によらず突っ込まれる場合も
酒匂宅訪問後から数日後、備前と加奈子は福祉事務所の窓口で酒匂に関する資料を安岡に渡すとともに彼女の生活状況などを報告した。
「さ、さすがは備前さんですね……こうもあっさりと……」
「感心してねぇで、早くあいつの討伐クエストを発注してやれよ。あんなにウンコの臭いを垂れ流されてちゃあ近所の人間が気の毒だ」
「衝撃の事実! 実は家主がモンスターだったのワロタ!」
加奈子はケラケラと笑った。
「それにしても、笹石さんもすでに手慣れたものですね。ちゃんと福祉事務所が動きやすいように報告がまとめられている。さすが備前さんのお弟子さんだ」
「いぇーい!」
「どうです笹石さん、生活保護なんてやめて、うちの福祉事務所で働いてみませんか?」
「なにを言っているんだい安岡君。こんなバカ娘が採用試験を通るわけないだろ。教養がからっきしなんだぞ」
「な、なら。せめて会計年度任用職員さんでも……即戦力ですよ、これはもう」
「やめとけ小娘。生活保護のほうが楽だぞ」
「うんっ! パパの言うとおりにするー!」
「くうぅ……備前さん、闇落ちさえしなかったら最高なんだけどなぁ……」
安岡は肩を落とした。
「とはいえ備前さん、今回は本当に助かりました。あと何日か接触が遅れていたらどうなっていたことか……」
「気にすることはないよ安岡君。お礼なら今度メガネでも生活保護費で新調させてもらえればそれでいい。ちゃんと病院でメガネの処方箋を貰えば、上限2万5000円くらいまでのメガネが通常の生活扶助費とは別に出るのを知っているのだよ?」
備前はニヤニヤとした表情で安岡を見てわざとらしい口調で言っていた。
「び、備前さんは普段メガネなんかしてないじゃないですか……」
「いや、タクシーの移送費でもいいかな? この貸しはどう返してもらおうかなぁ……」
「か、勘弁してくださいよ~……」
「ははは、ただの冗談さ。さて、じゃあ用も済んだし、俺たちはそろそろ帰ることにする」
「またね! 安岡さん!」
そう言って二人は立ち上がった。
「あ、そういえば備前さんにチー牛君……じゃなかった、雲梯レオ君から手紙を預かってるんですよ。なんでも新しい環境で上手くやれてるみたいで、そのキッカケをくれた備前さんに感謝をしていました」
「そうなのか。それはよかったな。こっちは養分が減っちまいそうで残念だが」
「まぁたそんな悪者みたいなこと言って。その気だったら最初から見逃してやるつもりなんかなかったくせに……」
「なんとでも言ってくれ」
「でもちょっと待っててください。今、その預かってる手紙を持ってきますから」
そう言って安岡は奥の自席に戻っていった。
「あれぇ? 手紙どこにしまったっけなぁ~……まずいなぁ……」
そんな間抜けな声が聞こえてくる。
安岡が手紙を探している間、備前たちは手持ち無沙汰に待っていた。
「安岡君め。くだらないことで人を待たせやがって……いくら忙しいからといって書類を整理しないでいるからだ」
「まあまあパパ。スマホでも見て時間を潰してようよ」
そう言って加奈子はスマホをいじりだした。
「って、なにこれ!? これパパじゃん! なんかパパがすごいことになってるぅ!」
加奈子がスマホの映像を見ながら叫んだ。
「なんじゃこりゃ。パパの映像がネットで炎上してるんだけど……」
「俺の映像? なんのことだ? まったく心当たりがねぇぞ?」
「これ、あの統失女の家の中じゃん!」
「ああ、あの女か。隠し撮りでもしてやがったのか。……まぁいいや、早く忘れようぜ、あんなウンコ女」
備前はまったく気にしていないとばかりに軽く笑って流していた。
「忘れるってそんな簡単に……もうメチャクチャなこと書かれてるよ。勝手に家に押し上がられて襲われそうになったとか、クソオスとか、あることないこと適当に言いふらしてるみたい!」
「ははは。あの女、まさかのツイフェミとかいうウンコだったのか」
「笑ってる場合かよ! パパの顔が出てんだぞ! しかも数万イイネついてるとか、共感されまくってて、めっちゃヤベェ」
「なんでヤベェんだ?」
「なんでって……嘘でも真実でも、奴らが騒げば被害を被るからに決まってんじゃん。冤罪だろうが、無実だろうが、気に入らなければ攻撃して社会的にダメージを負わせる奴らなんだよ。ツイフェミってゆーのは!」
「社会的ダメージ? すでに俺は無敵だぞ?」
「そ、そうだった……」
「しかも今やすでに信用が地に落ちたツイフェミの主張だろ? まともな人間は取り合わねぇよ。ほっとけ」
備前はさらに苦笑した。
「しっかし、頭イカれたバカのくせに、妙に小賢しいというか、あいつ電話ないとか言っときながら、これ、スマホ撮影だろ?」
「あ、そういえば」
「電気も止められているのにスマホだけは死守しますってか、ご苦労なこって……ん? スマホの充電はどうやってんだろうな?」
「たしかに! 偶然にも電池が残っていたのかなぁ……?」
「ま、それも含めてどうでもいいや。あんなウンコ女、思い出しただけで俺の脳が汚れる」
「脳がウンコでできてる奴らだからね~」
「本当にサルみてぇな奴らだよな。ツイフェミってのは」
「主語デカすぎワロタ」
「デケェもんかよ。キモオジの対義語みてぇなもんさ。数万イイネにしたって、頭のおかしい奴らはそれくらいいるだろ。統失は100人に1人だからな。イイネしてるのは全員統失だ」
「いやさすがに全員じゃねーだろうよ、テキトー雑理論すぎワロタ」
「だが、まともな女はツイフェミにはなんねぇよ。サルの言葉がわかるのはサルだけ。しかも自分で気づけねぇ。かわいそうな奴らと思って許してやれや」
「貶してんのか、許してんのか。どっちなんだよぉ」
「どっちでもねぇよ。どの道、言葉が通じねぇ頭のおかしい奴らに興味ねぇし、構ってる暇もねぇんだ、俺は」
「自分が炎上してんのにこの余裕よ!」
「小娘もあんまりツイフェミをイジめてやんなよ。かわいそうな動物とかを虐待してるみてぇだろ?」
「パパが一番バカにしててワロタ」
「ま、ツイフェミに限った話じゃなくて、男も女も異性に相手にされなかった奴はゆがむ。これが真実だろ。かわいそうな奴らなんだよ」
「ま、そうかもね~」
そんなことを話しているうちに安岡が戻ってくる。
「すみません。備前さん、お待たせしました。こちらが手紙です」
「おお、ありがとう。ちゃんと帰ってから捨てるよ」
「読む気なくてワロタ」
加奈子は気を取り直したようにケラケラと笑った。
「それにしてもお二人とも、俺が手紙を探してる間、やけに盛り上がってましたねぇ。何かあったんですか?」
「ああ。実は今回申請した統失女が隠し撮りした俺の映像をネットにアップしたみてぇでな。俺が炎上してるらしい。とうとう俺も全国デビューって奴だ、ははは」
それを聞いて安岡は青くなる。
「それ、メッチャやばいじゃないですか! すぐやめさせないと!」
「それが俺にはノーダメージって話をしてたんだ」
「いや、そういう問題じゃないでしょ! いつ自分に反撃が返ってくるかわからないのに」
「安岡君は真面目だなぁ……」
「だって生活保護者は賠償責任を負っても相手に十分保障できないんですよ? なんでそんな人間を自由にのさばらしとくんだって、結局はこっちにクレームになるんですから!」
「は! 面白くていいじゃないか」
「ちょっと備前さん……まったく、生活保護を申請した以上は酒匂さんにもちゃんとこちらの話を聞いてもらいます。今から行くんで備前さんもついて来てくださいよ」
「はぁ? なんで俺が。なんのメリットもねぇだろ? もう俺には関係のねぇ話さ。あとは勝手にやってくれや」
「そ、そんなお願いしますよ……備前さんはノーダメージでも、俺はこの男に襲われたって言われるだけで人生詰む可能性だってあるんですよ? 公務員なんですから……」
「ははっ! それは余計に面白そうだ」
「ひ、酷いっ! 酷いっス……! 俺だってそんなリスク負いたくないっス。なんなんすか、この助けようと思ってる側が理不尽なリスクを負う社会って!」
「弱者が弱者であることを盾に、調子に乗り出した末路ってわけだな。『助けて欲しけりゃ死んでから言え』と言える時代に早くなればいいのにな」
「まぁたそんな適当なこと言って……」
安岡が困り果てた様子を見せたときだった。
「じゃあさ、安岡さん。パパの代わりにアタシがついてってあげよっか? ほら、アタシ女だしさ」
「さ、笹石さぁん……」
安岡は感激の様子で加奈子を見た。
「やめとけ小娘。そんなもん小娘でなくても誰かほかの女性職員が行けばいいんだ」
「ですから。それが今までことごとく上手くいかなかったから、今回備前さんに頼んだんじゃないですか。彼女の懐に潜り込むの、本当に大変なんですって!」
備前はため息をついて隣の加奈子を見た。
「小娘はそれでいいのか? 面倒だし、俺はもう関わらねぇぞ」
「うんっ! せっかくだし、ヤベェ奴ってのをもう少し勉強してみるよ!」
「そうか。なら頑張ってくれ。俺は知らんぞ」
「しょうがない。今回はアタシたちのタッグで頑張ろっか! 安岡さんの無実はアタシが証言してあげるから!」
「うぅ……ありがとうございます笹石さん」
今までとは違った珍しいタッグが組み上がったところで加奈子は意気揚々と言う。
「じゃあさ、せっかくなら訪問は今日じゃない別の日にして、検診命令も一緒にやっちゃおうよ! どうせ精神病院に突っ込むんだし、今までも当日に通院をバックレてきた実績もあるんだからさ~。検診当日に訪問して、ダマくらかしてでも外に連れ出して、そのまま病院にポイしちゃお!」
「言ってることが備前さんみたいになってますけど?」
安岡は真顔で言った。
「アタシ、パパの弟子だからね! ブラック・ホゴシャ・ガール!」
「得意げに言うところじゃないんですよ笹石さん……大丈夫かなぁ……」
安岡は不安そうだった。
「それより入院させるには何か必要なものとかないの~?」
「しょうがねぇ。俺も助言だけはしてやるよ」
備前が口を挟んだ。
「入院に必要な物といっても、どういう方法で入院させるかにもよる。入院にもいくつか種類があって、任意入院、医療保護入院、措置入院などがあるんだ」
「ふむふむ……」
加奈子は素早くメモ帳を取り出してメモを書きだした。
「精神病などでは応急入院なんて可能性もあるが、これは72時間以内という条件がつくので、今回はあまり考えなくていい」
「とりあえず応急入院で病院に突っ込みつつ、72時間以内にほかの入院方法に繋げる作戦もありかもしれませんが、今回はあくまで長期で考えているので選択肢にないということですね」
横から安岡が補足を入れる。
「へぇ~。じゃあさ、任意入院ってのは、なんとなく自分の意思で入院する普通の入院なのはわかるけど、ほかの二つの入院はどういうものなの?」
「医療保護入院は精神障害者等で、本人に代わり家族が同意して行う入院。措置入院は二名以上の医師の診断によって知事権限により行われる入院だ」
「今回の場合、現実的なのは施設に入った父親から入院の同意書をもらってくることですね。娘を頼むなんて捨て置いたくらいだし、協力してくれるでしょう」
「ただし、ここで問題になるのが施設に入った父親の認知能力だ。ここが引っかかって残された子を入院させられなかったこともある」
「そのあたりは俺が上手くやりますよ。実際にはまだボケてないようですし、認知症ってわけではないので最悪は病院に同行してもらいます」
「よし。ならあとは病院と日程調整をし、検診命令を出し、本人に逃げられないようにして、騙してでも拉致してでも病院に連れていく。これで方向性は決まったな。あとは二人で勝手にやってくれよ」
「やっぱり最後まで付き合ってくれないんですか備前さん」
「当たり前だ。その代わり小娘を貸し出してやるんだ。せいぜい勉強させてやってくれよ」
「わ、わかりました……」
こうして後日改めて安岡と加奈子は酒匂の家に行くことになった。







