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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
オムニバスパート

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統失ツイフェミ女(2)

・統合失調症が重度化して幻と会話する人間は実在する。


 備前と加奈子は、フードバンクから預かった食品を持って、酒匂の自宅まで辿り着いた。


 閑静な住宅街にある細い路地の一番奥に位置する一見して普通の二階建て一軒家だった。


「パパ、なんかこの辺り一帯、臭くね?」


「たしかにな。下水か? いや、もしかしたらこの辺りは下水が通ってねぇかもしれん」


「下水がないとどうなんの?」


「浄化槽が設置されていたり、古い家だとボットン便所ってのもあって、バキュームカーで汲み取ってもらうんだ」


「へえ~。……しかし、くっせーな」


「近くの家で汲み取りの最中なんじゃねえの? 便槽の蓋を開けてりゃあ多少は臭うさ」


「臭いし、早く用を済ませて帰ろっ!」


 加奈子は門から玄関まで駆けて、素早くドアの脇に付いているチャイムを押した。しかし、そのチャイムは鳴らない。壊れているのか、家の中で音が鳴った気配がなかった。


 玄関は古い家によく見られるガラス製の引き戸で、郵便物を差し込む鉄製の隙間が設置されているが、その隙間はガムテープでガチガチに固められている。


「チワーっス! 酒匂さーん、食べ物持ってきましたぁ!」


 加奈子は大声で言った。するとそれほど待つことなく、中から人影が玄関の前までやってくる。


 ガラスの引き戸の奥に現れたのは、小柄な女性と思われるシルエットだった。


「どちら様でしょうか?」


 女の声がした。穏やかで礼儀正しい印象を受ける声だ。


「アタシ。笹石加奈子って言います。福祉事務所の人から酒匂さん、困ってるって聞いてきたんですけど、市役所の人じゃないですよ!」


「あ……ちょっとお待ちを……」


 すぐに開錠音がして、扉が開く。


 現れたのは小柄で細身の女性。毛玉のついた部屋着ではあるが、髪や肌を見ても不衛生とまでは言えない普通の容姿である。


「こんにちは~!」


 加奈子は笑って明るく言う。


「こんにちは……」


 酒匂は気圧されたように少し引いた。


「とりま、持ってきた食べ物を運んじゃいますね~!」


「はい……」


 加奈子は酒匂が驚いている間に、堂々と玄関内に踏み込んだ。


 加奈子に続き、備前も立ち入ることになったが、男の姿を見たからか、酒匂は少し身構えた。


「どうしよう……? 知らない人だけど。うんうん、わかってるよ……まずはね?」


 そして突然、酒匂は何もない隣の空間に向かって語り出したのだった。


「ん? どうしたの?」


 首を傾げる加奈子の袖口を引っ張り、備前が小声で耳打ちする。


「おそらくこれが幻覚、幻聴だ。少し様子を見よう」


「マジかよ。スタンド使い、リアルにいたのかよ……」


「ここからは俺が話す。もしかしたら男相手に出てこねぇと思ったから、小娘に任せてたんだが、この様子ならあるいは……」


「うん、じゃあバトンタッチね!」


 加奈子に代わって備前は前に出る。


 その頃には酒匂も謎の会話を終えたようだった。


「酒匂さん、少し顔色が優れませんが、体調はいかがですか?」


「ええ、まあ……」


「ちゃんと食事はできていますか?」


「えーと……」


「やっぱり。食べ物持ってきてよかったですよ。どうぞ、これ食べてくださいね」


 備前は上がり(かまち)に食料の入った袋を置いた。


「ど、どうもありがとうございます……」


 酒匂は少し警戒を解いた様子だった。


「どうしました? お金なくなっちゃいましたか」


 備前は笑って言う。


「言い方。パパ言い方」


 加奈子はうしろから小声で突っ込むが、備前はまったく取り合う気配を見せない。


「ええ、まあ……」


 酒匂は困ったように頬に手を添えた。


「そうですか。じゃあ次は少しお金を持ってきたほうがいいですかね?」


「え? それはいいんですか?」


 あっさりという備前に驚きながらも酒匂はまた少し表情を緩めた。


「そりゃあ、お困りなら助けますよ。もしかして要りませんでした?」


「いいえ、そういうわけでは……」


「よかった。それじゃあ一応申請が必要なんで、いくつか名前等を書いてくださいね。こっちが今回の食べ物のぶんで、こっちが次回のお金のぶん」


「はい……」


 酒匂は呆然としながらも申請書を受け取った。


「すみませんね。手続きが面倒でも、そこに名前さえ書いてもらえれば、すぐにこの食べ物をお渡しできますよ」


 玄関には加奈子と備前が両手に持ってきた大きな袋四つぶんの食料がある。


 酒匂は喉を鳴らすように申請書と食料を見比べた。


「ちょっと待っててもらえますか。書く物が居間にあって……」


 備前は一瞬自分のペンを差し出そうとしたが、動きを止めた。


「ええ。もちろんゆっくり書いてもらって平気ですよ」


「で、では……」


 微笑む備前に安堵の表情を見せつつ、酒匂も居間のほうへ歩いていった。


 備前のうしろでは加奈子が呆然としている。


「うめぇ……初対面の一瞬で申請書を書かせるところまで話を持っていくとか、どうなってんだパパの話術……」


「大したことはねぇ。ただの抱き合わせ商法にちょっとした心理学だ」


「あー、なるほど食料をチラつかせて、あたかも生活保護申請と一緒じゃないともらえないように誤解させたのか~」


「必要なのに申請しねぇから生活保護も助けてやれねぇ……なら、騙してでも申請させればいい。そう言ったろ?」


「本当にただ突き放しているのだけかと思ったら、そうじゃないCW(ケースワーカー)もいるんだねぇ~」


「これでも元プロだからな。あいつは一瞬で保護が必要な奴だと見抜いたよ」


「え、うそぉ。家も綺麗だし、対応も丁寧だし、そりゃあ独り言は変だけど、アタシには普通の人だと思えたよ……?」


「相手だって初対面で身構えているからだろう。だけどな、何気なく家が綺麗に見えんのも、この玄関から見えるとこだけだぜ?」


「どうしてわかるの?」


「臭ぇんだよ、家の中。クソと酒の匂いでまみれてやがる」


「あ、そういえば……外が臭かったから、外よりマシだと思ったけど、たしかに」


「嫌な予感がするぜ……」


 居間からは変な独り言が聞こえる。


「え? でも大丈夫なの? それはわかるけど……ううん? 違うよ?」


 加奈子は首を傾げる。


「パパ。話し声が聞こえるけど、もしかして奥の部屋に誰かいるんじゃない?」


「そんなわけねぇだろ。さっき小娘も目の前で見たじゃねえか。あいつは幻聴や幻覚で、存在しない幻の『何か』と話をしてんだよ」


「演技かもしれないじゃん」


「なんのために?」


「なんだろうね~?」


「もう認めるしかねぇ。これはそういう脳の病気なんだよ」


「マジか」


「統合失調症が今の病名になる前の名称を知ってるか? 精神分裂病っていうんだぜ?」


「名前ヤバすぎワロタ」


「恐ろしいことに、統合失調症患者は100人に1人いるって言われているんだ。まぁ幻の『何か』と話をしてしまうような重症患者はそんなにいないとは思うが、俺はほかにも見たことがある」


「発見されてない患者もけっこう多いんだろうねぇ~」


「小娘も以後そういう奴らを見つけたら早めに病院に連れていけよ? 十年もほったらかしておくと、ああなる」


「熟成されすぎワロタ」


「だが、俺が想定していたよりアレはマシなほうだ。なんせ会話ができているんだからな」


「できないのがデフォの想定かよワロタ」


「しかし気を抜くな。安岡くんの話じゃあ、途中から態度が豹変するらしいじゃねえか。まだ奴は変身を残しているぜ?」


「フリーザ様ワロタ」


「こういうのは先手必勝。話がこじれる前に勢いで書類を貰っちまったほうがいい。あとから説明で追いつけるからな」


「なるほど、それもまた一つのテクニックなんだねぇ~」


「そうだ。一度生活保護申請を通してから、検診命令で医療に繋げることも考える。さっきの食い物の件でもわかったろ? 人間、一度手に入れたもんは失いたくねぇ心理がある。生活保護費を失いたくなきゃ、病院に行けって言えばいいんだ」


「あの人の立場になれば、ここで申請したらパパの手のひらの上でコロコロ最後まで行くことになっちゃいそうだねぇ」


「ま、今回に限っちゃ俺は申請をさせるまで。そこから先は安岡君の仕事になるんだがな」


「いや、安岡さん大丈夫かな? できるかな?」


「はは、小娘が心配することじゃねえよ。ああ見えて、安岡君は優秀なんだ」


 備前と加奈子が雑談していると、奥の部屋からひときわ大きな声が聞こえてくる。


「えー! うそっ、そんなことがあるのぉ!?」


 備前は呆れたようにため息をつきつつ、明るく声を張る。


「酒匂さん、どうかしましたかー?」


「あ、いえ別に……!」


 備前の声に反応したあと、酒匂は居間から顔を玄関に覗かせた。


「ちょっと待ってて、先にこっちの話をしちゃわないと……」


 そんなふうにどこかに向かって話をしながら再び二人の前まで戻ってくる。


「酒匂さん、書類は書けましたか?」


「いえ、それが……」


 備前の問いに申し訳なさげに差し出された申請書は一度グシャグシャに握り潰したあと、再び引き延ばしたような皺だらけの状態になっていた。


 しかも無記名のままである。


「どうしました?」


「すみません……ちょっと気を許した隙に……」


「いや、どう考えてもやったのお前じゃん!」


 加奈子は小声で突っ込む。


 だが備前はそれでも笑顔を崩さず、再び鞄から新しい用紙を取り出した。


 今度は自分の用意したペンとともに。


「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと予備がありまして」


「いやぁ、こんなこともあろうかと思わんでしょ普通……」


 加奈子は呆れる。


「さ、すでに内容は確認できたでしょうからまずはお名前だけ。今ここで書いちゃってください」


 備前は少し強引に新しい申請書とペンを差し出す。


「で。でも……」


「まあまあ、これで食べ物が貰えるんですから」


 徐々に備前の言葉の圧力が強くなっていく。


「わ、わかりました……」


 そしてとうとう酒匂は申請書にサインをしたのだった。


「な、なんなのこの人……なんで最後まで申請したくなさげだったの……?」


 加奈子は驚きと疑問で引きつったように表情を歪ませる。


「理由なんざ考えるだけ無駄だ。そういう動物だと思え」


 酒匂から書類を受け取った備前はこれで仕事が終わったとばかりに素の声で加奈子に答えた。


「ま、ともかくこれで最低限のことはやったが、せっかくここまで来たんだ。スムーズに仕事を進められるよう必要なことは聞き出して、安岡君に恩でも売っておくか」


「さっすがパパ!」


「じゃあ小娘。生い立ちから財産状況など、面倒ないつもの申請前聴取は任せたぞ」


「そこはアタシにやらせるんかぁ~い!」


 なんだかんだ文句を言いつつも、加奈子は酒匂の情報を的確に聞き出し、記録を取り終えた。


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