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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
オムニバスパート

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絶望家族(3)


 次の日、再び備前の部屋を尋ねて来た無悪の前に契約書が提示された。


「備前さん、本当にこんな条件で養分契約をしているんですか?」


 契約書に目を通した無悪は驚いていた。


「嫌ならやめてもらっても一向に構わないよ?」


「いや、そうじゃなくて……条件が甘すぎませんか」


「もちろん君のような人間でなければ俺も遠慮はしない。だが、君を養分にしたくないと言った俺の気持ちは本当なんだ」


「でも……」


「いいんだ。俺のツレに家賃収入が入るだけでも得になるようにはなってる」


「こんなにラクにしていて本当にいいんでしょうか……?」


「逆に、なんでそこまで自分を苦しめようとするんだい?」


「僕が……わかってて子どもを見捨てたようなゴミだからです。こんなクズがラクに生きていていいはずがない……!」


「ま、うつ病もほどほどにな」


 備前は深く追求せずに軽く笑って流したが、無悪はさらに思いついたように言う。


「そうだ備前さん! こうしましょう! 元妻のせいで僕がこうなったと知れば、元妻のやつ、ひよって僕の機嫌を取りにこようとするかもしれません。だからもし、元妻が何か僕に有利になりそうな条件や緩和策を提示して交渉を求めるようなら、それも備前さんへの報酬に上乗せしてやってくれませんか?」


「ははは。君はまだ女というものをわかってないな。あの利己的な生き物が自分から身銭を切るような提案をしてくるものかよ」


「そう……ですかね?」


「おっと、すまん。君が上手く物事を考えられなくなっている状態なのを考えもせずに酷いことを言ったね……取り消すよ」


 備前がそう言うと、無悪はむしろ申し訳なさそうな顔をした。


「俺としちゃあ君の財産80万円でも十分過ぎるくらいの報酬を受け取っているんだが……まぁわかった。そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ。それは君の気持ちとして受け取っておこう……元妻側からの金銭等の提供があれば、それは俺への報酬とする。これで君の気が済むのかい?」


「はい。よろしくお願いしますね」


 それから備前と無悪は契約を交わし生活保護申請に必要な情報の聞き取りを行った。さらに市職員としての退職手続きを代行するための委任と、旧住居退去のための委任、その他一切の手続きに関する委任をまとめて書状にまとめたのだった。


「すみません備前さん、こんな簡単な手続きすらできないような状態になってしまって……」


「構わんよ。それでも十分な報酬は貰っているさ」


「これで、僕もラクになれるんですね……何もかも投げ捨てて」


「ラクになれるかどうかはわからんがな」


「はは……もう死んだつもりですから、期待もしてませんし平気ですよ」


「そうだったね……それじゃあ、あとは元妻の様子のレポートを楽しみにしていてくれ」


「はい。よろしくお願いします」




 数日後の夕方、備前は無悪から聞き取った元妻の自宅を訪問した。元々は無悪の持分もあった持家である。


 門に付いたインターホンのボタンを押した備前は反応を待った。


「はい」


 とだけ子どもの声が返ってきた。


「私は無悪さんの代理人で備前と申します。本日は重要なお話があって伺いました」


「……少々お待ちください」


 子どもの声でその後母親を呼ぶ声が機械越しに聞こえてきた。


 しばらくしてインターホンから女性の声がする。


「はい。壊島(えしま)ですが、どんな御用でしょう?」


 その口調は冷たく、声だけでも備前を警戒している様子が伺えた。


「依頼人である無悪さんからの伝言です」


「依頼……? あの人が何かしたんですか?」


「それはお話を聞いていただけるということでしょうか」


「内容によりますけど……養育費等の減額交渉には応じるつもりはありませんので」


「で、あれば聞いておくことをオススメします。交渉の余地があるものではありませんので」


「はい?」


「聞く聞かないに関わらず、一方的にそちらの不利益となる恐れがあるお話ということです」


「いったい何を言っているんですか?」


「ですから、私どもも誠に不本意ながらこのような状態になってしまったと事情を説明に伺ったまでであり、ご興味がなければ聞いていただかなくてもけっこうです」


「……でもさっき、私たちに不利益になるって言いましたよね?」


「可能性のお話です。……どうしましょう? お話のほうは」


「普通、そういう大事な話って書面でよこしますよね?」


「いえ、これは必要な手順ではなく、完全に依頼人の善意によるものですから。そちらが不要と判断すればけっこうです。突然お邪魔して申し訳ありませんでした」


「ちょっと待ってください。私まだ何も言っていませんけど?」


 女性の引き止めを受けて備前は笑みを浮かべた。




 相手の心理を利用してまんまと壊島宅に上がり込んだ備前は名刺を渡した上で簡単な自己紹介を済ませた。


「それでは、あなたが依頼人の元奥様、壊島(よもぎ)さんということですね」


 備前と相対する蓬は30代前半に見え、髪色の明るい器量の良い女だった。


「そうですけど、その前にすみません。……雅楽(うた)貞茄(てぃーな)。お母さんちょっと大事な話をするから和室に行っててちょうだい」


 蓬は中学男児の雅楽と小学女児の貞茄を別室に移動させ、リビングのテーブルで備前と対面する形をとった。


「それで? 用件というのはどんなことなんでしょう」


 蓬は備前と敵対するかのように怪訝そうに、さらには早く追い返したい気持ちを前面に出したように結論を急ぐ強い口調で切り出した。


 当然、来客である備前にお茶すら出していない。


 ただし備前のほうも初めから予定通りであったかのように淡々と澄まして口を開いた。


「端的に申し上げますと、依頼人の無悪さんは職を辞して収入が途絶えるため、今後、養育費、ローン、その他一切を支払うことはできません。今回はそれをお伝えにあがりました」


「は? なんですかそんな一方的に……!」


「申し訳ありませんが、依頼人の詳しいご事情については話すつもりはありません。ただ、支払いが滞ることで壊島さんに迷惑がかかることを懸念されておいででした」


「いや、懸念とかどうでもいいですから、お金を払ってくださいよ。て言うか、どうしてそんな大事な話をなんの相談もなく、しかも本人が来ないんですか?」


「まぁまぁ。順番に答えますね? 一点目、依頼人には金銭を支払うつもりがあっても収入がないので払えません。二点目、既に婚姻関係がありませんので壊島さんに相談する必要はありません。三点目、申し訳がなく、会わせる顔がないとのことでした」


「……ふっざけやがって。訴えますよ? 差押だってできるんですからね?」


「どうぞ。気が済むまで財産をお探しになってください。費用の保障はできかねますが」


「ローンとかどうするんだよっ! この家はっ!」


「売ればいいんじゃないですか? あなたの家なんでしょう?」


「そんな簡単に手放してたまるもんですか!」


「なら、あなたが自力で維持すればいい」


「できるわけないじゃない!」


「そんなの私の知ったことじゃありませんよ」


「っ! ……それに、売ったって借金が残るんですよ!? あいつにだって!」


「ご安心を。依頼人のほうは私が万事よいように取り計らいますので」


「そんなんじゃ、もう子どもには会わせない!」


「ははは。既に当件と関係なくそう仰っていたらしいではないですか」


「はぁ!?」


 蓬は備前の淡々とした口調に怒ってテーブルを叩くように立ち上がった。


「ふっざけんなっ!」


「ふざけてなどいませんよ。私は正式に依頼を受けて伺っています。お気に召さなければ本日は伝言も済ませましたので、私はこれにて退席いたしますが」


「ちょっと黙っててください! 今、あいつに電話しますからっ!」


 荒れ狂った様子で蓬はスマホを取り、すぐに無悪に電話を掛けた。しかし電話は繋がらぬ様子で蓬の頬はピクピクと引き攣り、片足が小刻みに揺れている。


「ふっざけんな! なんで出ねーんだよ!」


 最後にはスマホを雑にソファーに向かって投げ捨てる有様だった。


「ちょっと、あなたが電話してくださいよ」


「私はあなたの依頼を受ける立場にはありませんよ?」


 備前が澄ました顔で煽ると、それが蓬の逆鱗に触れたようだった。


「つっかえねーな、お前!」


「やれやれ……私に当たり散らかしても仕方がないでしょう?」


 備前は少しも動じないばかりかニヤリと笑みを浮かべてさえいた。


「うるっせーボケ!」


「いやあ、壊島さんがここまでホンモノだとは思いませんでしたよ」


 備前は怒るどころか失笑を禁じえない。


「今の罵声を私が録音していないとでも思っているのですか?」


「……っ! 私は許可してませんよ、そんなの!」


「そうですか。ではずっと許さなければいいんじゃないですか? 発言の事実は消えませんけど。ははは」


 備前はただ冷静に煽り続ける態度だった。


「うっせー! お前もう帰れっ! 帰れよっ!」


「わかりました、お望みとあらば。それでは失礼します」


 備前は淡々と席を立つ。


「もう二度とくんじゃねー!」


「そんなふうに私を敵に回すようなことを言って大丈夫なんですか? 私、あなたが婚姻中から不倫していたこととか、良くないことも色々と知ってるんですけど……?」


「っ! ……なんでそんなことまで知ってんだよっ!」


「さぁて……? では私は帰りますね?」


「ちょっと待ってよ!」


「帰れと言ったのは壊島さんじゃないですか?」


「その話、詳しく聞かせてよっ!」


「その話とは……?」


「私が……私が不倫してた証拠でもあるんですかっ!?」


 蓬の大声に備前は頭を抱えた。


「今の声、別室の子どもたちにも聞こえちゃったんじゃないですか……?」


「……っ!」


「今日はもうこの辺にしたほうがいいんじゃないですか? 私も要件は済みましたし、これ以上ボロが出させてしまうのはさすがに忍びない。壊島さんがもう少し冷静に話ができるようになったら話そうじゃありませんか」


「……ちょっと待って」


「なんです?」


「不倫の話は……あいつも知ってるんですか。だからこういう話を持ってきたんですか」


「今のあなたには答えるつもりはありませんね。少なくとも、ここから先の話はあなたが不倫を認めたあとに致しましょう」


「録音……切ってくださいよ」


「わかりました」


 備前はそう言ってスマホを取り出し、録音の停止ボタンを押して見せた。


「切りましたよ?」


「……じゃあ認めます」


「何を?」


「私は婚姻中から不倫をしていました……でも、今さらもう関係ありませんよね? 訴えるとか言うつもりじゃないですよね? そんなことしたら子どもたちもただじゃ済みませんよ? それをあいつはわかってるんですかね!?」


 備前はため息をついた。


「ダメですよ壊島さん……私、録音機器が一つしかないだなんて言ってませんのに……」


「っ!」


 あくまで終始煽り続ける澄ました顔の備前に蓬は再び激昂した。


「ふっざけんなテメー! ボケカスがぁー!」


「わかってるんですか? 私への暴言・侮辱はまた別の問題ですからね?」


「ブッ殺すぞ! 死ねぇええ!」


「はい、殺人予告いただきましたっと」


「うるせーっ! 警察呼ぶぞーっ! 出てけーっ!」


「はいはい。ですから先ほどから帰ろうとしていたではありませんか」


「出ていけぇーっ!」


「はいはい、仰せのとおりに」


 荒れ狂う蓬に終始落ち着いた備前。やがて荒れ狂う母親の声を不審がり、リビングまで様子を見に戻ってくる子どもたち。


「君たちの母親、すごい人だね。ははは」


 備前は馬鹿にしたような笑いを残して子どもたちの脇を通り、玄関に向かう。


「あ、そうだ」


 呆然とした様子の子どもたちに、備前は思い出したように名刺を差し出した。そしてその名刺に添えられているのは四つ折りにした千円札。


「何か伝えたいことがあったらいつでも電話しておいで」


 そう言って備前は兄である雅楽に名刺と千円札を渡し、壊島家をあとにしたのだった。




 いつもお読みいただきありがとうございます。


 今回はじめて表紙絵に挑戦してみました!

 たぶんページの下に表示されています。

 備前と加奈子のイメージ的なものです。

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