外国人(2)
・外国人の永住権取得
・逮捕等で保護は止まるが再申請に影響なし=無敵
一時ザワザワとした周囲の空気が落ち着くのを待って備前と加奈子は呆然と窓口に残っていた安岡の前に座った。
「いやぁ安岡君。我ながらいい援護射撃だっただろ?」
「どこがですかっ!」
「オブザーバーごっこ、大成功イェイ!」
「笹石さんまで……こんなことして大事になったらどうするんですか~」
「別に俺はノーダメージだが?」
「警察に逮捕や拘留されたら生活保護は停止か廃止ですからね?」
「とはいえその期間は警察に生活は保障されるし、出てきたらその日の内に生活保護申請すれば問題なかろう」
「もう、備前さん無敵っスね!」
安岡は肩を落とし、反対に加奈子は嬉しそうに胸を張っていた。
「アタシたち無敵コンビ! パパはブラック・ホゴシャン! アタシはブラック・ホゴシャン・ガール!」
「言葉のサウザンド・ナイフはやめてくださいぃ……」
安岡はさらに深く肩を落としたのだった。
「だが正直、現役時代は市役所の立場では言えないことを言ってくれる第三者がほしいと思ったことがあるよ」
「それは……まぁ、ああいう態度の人は生活保護者とか外国人に限らず存在しますからね……仰りたいことはわかります」
安岡が同意すると加奈子は驚いた顔をした。
「そーなんだー。あんな人もいるんだねぇ。役所の人も大変だぁ」
「何言ってんだ小娘。仕事が大変だななんて公務員だけじゃねぇだろうがよ」
「そなの?」
「そうですよ~。備前さんは今はこんなでも公務員としては一流だったし、俺も備前さんの申請書類を見たから知ってるんですけど、一時期は誰もが知る大企業に勤めていたこともあるんですよ~。色んなところの大変さも知っているんです」
安岡が言う。
「へぇ~。パパ、民間の、しかも大企業に勤めてたときもあったんだ、意外」
「余計なことはいい」
「でもさ~。パパ、前にFランとか言ってたじゃん。学歴フィルターとかもあるって。しかも就職氷河期で大変な世代だったんでしょ? それでも大企業に入社できるもんなの?」
「あ。備前さんのその話、実は俺も気になっていたんですよね」
「別にいいじゃねーか、そんな話はどうでも」
「えー! ここまで話が出たんだから教えてよー!」
「ま、まさかまた凄い裏技だったりするんでしょうか……?」
興味津々の二人に迫られて備前はため息を一つついた。
「採用試験のときにな、あえてパーカーで行ったんだよ」
「えっ!? まわりはみんなスーツとかですよね!?」
備前は軽く頷いて続ける。
「で、簡単な筆記試験のある会社だったんだが、マークシートとかじゃなくてあえて紙のテストだったんだよ。即座に回答の経過も判断材料にするつもりだと悟った俺は、複雑な計算も含めて全部頭のなかで処理し、式をはしょって答えだけを記入していった。しかも5分で終わらせて、一人席を立って試験中に帰ったんだ」
「それ、傍から見たら完全に諦めムーブの人じゃん」
「だがそれで全問正解だからな。Fランのくせに異常な資格もあるし、逆になんじゃコイツって人事部長の目に止まったらしい」
「さ、さすがに冗談ですよね……?」
「本当のことだが、別に信じなくてもいいぞ」
済まして言う備前に安岡は少し脱力した。
「改めてとんでもない人ですよね備前さん……しかも俺だったらあんな大企業から公務員になろうとなんかしませんよ、給与的に」
「実際は給与だけじゃねーぞ? 有給休暇とかもむしろ逆に取れ取れ言われてキッカリ20日以上は取らされるホワイトだった。労働組合がちと強すぎてねぇ……」
「なおさら、なんで辞めちゃったのかがナゾですよ……」
「中学んときから公務員と決めてたからな。民間会社だが遊びで受けたら受かっちまっただけだ。ま、見聞のために数年だったらいいかなと入社したにすぎない」
「もう考え方のレベルから違うってのが良くわかりましたよ……」
「ピラミッドの頂点どころか、ピラミッドの枠に収まってなくてワロタ」
「だから別に信じなくていいって言っただろ? ウソっぽい話だが本当だから仕方ねぇし、別に自慢したい訳でもねぇしな」
「信じますよ。大体、なんで公務員やってるのか不思議だったり、生活保護になるにしても公務員なら適当に病休を繰り返して給与の8割を貰い続けたほうが得なんじゃないかってずっと疑問だったんです。……でも違いました。俺らとは次元が違いすぎて備前さんのお考えなんか理解できる訳がなかったんですね」
「気にするなよ安岡君。俺の考えが変にズレちまうことくらいとっくに気づいてるからな」
「人に理解してもらえない苦しみ、本当に気の毒に思います」
安岡は少し目を伏せた。だが備前はそんなことはまるで気にした様子もなく笑った。
「だから安岡君が気にすることじゃないよ……それより、そろそろ話を戻そうじゃないか」
「あ、えっと……なんの話でしたっけ?」
備前は話を仕切りなおすようにカウンターに身を乗り出して尋ねる。
「さっきの外国人の話さ。面白そうだったな、詳しく教えておくれよ」
「パパの完全なる興味でワロタ」
「守秘義務なんて堅いことは言わないでくれよ~? そもそも俺はあの外国人のことを査察指導員の頃から知っていたし、何より俺のほうはさっき、どうでもいい昔話を特別に話してやっただろう? 情報交換といこうじゃないか」
「あっ! ハメられたっ! あとで料金請求するパターンだったか……」
安岡は肩を落とし、投げやりな態度で尋ねる。
「で? 備前さんは何が知りたいんですか? 言っておきますが、俺が言ったとか言わないでくださいよ~?」
「もちろん言わないさ。そんなことをしたら、この先ずっと面白い話を聞かせてもらえなくなってしまいそうだからね」
「そんなのヤダ! アタシも絶対に言わないよ安岡さん!」
安岡の肩はどんどん落ちていく。
「で、本題なんだが、俺も覚えているとは言っても正直うろ覚えなんだ。名前は楽楽前マリアニコル……あのクソジジィ、楽楽前和竜の妻だったよな。良くある高齢ジジィと若い東南アジア系妻の夫婦」
「ええ。ですが今は備前さんがいた頃とは状況が変わっています。……蒸発しちゃったんですよ、そのクソジジィ、楽楽前和竜が」
「ほう。そりゃあ面白そうだな」
「しかもですよ? その蒸発直後に誰かもわからない不審な外国人男性が住み始めた」
「そりゃ、きな臭ぇな」
「アレレー? オッカシイゾー?」
備前と加奈子は興味津々でニヤニヤと楽しんでいる様子だった。
「パパ。アタシ犯人わかった! じっちゃんの名にかけてアタシ名探偵かも!」
「待て待て。まだ殺人と決まったわけじゃねぇ。蒸発だ」
備前と加奈子の瞳の輝きは増していく。
「で、色々ご近所さんとかに聞いて回ったら、どうやらその外国人男性、不法入国を請け負っていたようなヤツでして」
「どうしてそんなヤツがのうのうと野放しになってんだ」
「それが、マリアとはいい仲みたいで」
「そうじゃない……普通は捕まるだろうが」
「それが……その外国人男性も利用される側だったようです。たしかに自分の親族と偽って性別と年齢の近い人間を入国させたのは重罪だったんですが、男の背後にいる黒幕に祖国の家族を人質に取られ、殺すと脅されていたみたいなんですよ」
「……え? パパなに? これマンガの話? 黒の組織?」
「わかります笹石さん。そうですよね~。普通はマンガの話だと思いますよね~」
「知らねぇほうがいい世界もあんだ。覚えておけよ小娘」
「……マジなんかい」
「俺らはもっとヤベー話も見聞きしてんだが、もうこれ以上はさすがにリアリティーがないからな~……どうすっかな~……」
「いっ、いいよもうっ! し、知りたくないよっ!」
「ですが笹石さん? どうやらアナタは知り過ぎてしまったようです……」
「ひぃ! 安岡さんまでイジワルするぅ!」
頭を抱える加奈子を見て備前と安岡は軽やかに笑った。
「だがまぁ、これほどのケースは少ないにしろ、怪しい関係ってのはけっこう多いんだぞ。事実、高齢の日本人男性と30歳くらい若い特に東南アジア系の女の婚姻ケースは多い」
「……マジ? なんの目的なん? 人身売買?」
「一番多いと思われるのは、永住権狙いだろうなぁ」
「日本人と結婚すると配偶者ビザってものが貰えますからね」
「もちろん配偶者ビザのままだと、相手の日本人に万が一があったとき上手くないことになる……そこで三年間婚姻を続け、引き続き一年以上日本に住んでいると、今度は永住権が得られるようになるってわけだ」
「永住権……。そういえば、さっきも生活保護申請ができるのは難民と永住者、定住者だとか言っていたよね?」
「そうだな。簡単に言えば永住権とは在留期間制限がなくて更新も不要な日本に滞在できる権利。定住権とは似たようなもんだが期限付きで滞在できる権利だ」
「へぇ~」
「こうなると生活保護も申請できるんだ」
「うわっ! 外国人のくせに!」
「ははは。今、いろいろと外国人に対する生活保護について物議を醸しているよな」
「なんか……なんかヤダ」
「ま、今回はそこらへんの話を詳しく聞いてみようじゃないか」
「うん……」
備前たちは安岡に話の続きを促した。







