加奈子(回想3)
それから備前と加奈子は東京方面行きの新幹線に乗るべく駅のホームで待っていた。
「途中で神奈川県も通る。降りてもいいんだぞ?」
「ヤダよ! そしたらどうせ電車代請求するんでしょ?」
「バカか。切符買った時点で請求は決まってんだ。これは貸付だ」
「パパのオニー! アクマー!」
「その鬼やら悪魔に救われる気分てのはどんなだ?」
「サイアクー!」
備前は鼻で笑った。
「それにな。実は生活保護には級地というのがあってな。支給される保護費は場所によって違うんだが、お前実家がK市とか言ったな。K市は1級地1でな、この国で一番級地が高いんだ」
「そうすると何が違うの?」
「一番低い級地と比較すると基本の生活扶助だけで月額9000円程度は違ってくる。それに障害者加算等の加算も加えれば1万数千円の差が出るんだ。月額だぞ?」
「う~ん。アタシバカだからピンと来ない……」
「例えば小娘の場合は18歳の一人暮らしで家賃抜きの生活費なら、約6万7000円と約7万7000円。それくらい違ってくる」
「そんなに!?」
「あくまで基本の生活扶助だがな。家賃上限や加算の有無で更に差がつくんだ。まぁ場所によって物価も違うってのは別の話だがな」
「ふえ~」
「とにかく、それも知らねぇであとでK市で受ければ良かったとか言われるのも迷惑だからな。降りるなら今のうちにしろ」
「あ~なるほどぉ……」
加奈子は深く考えるふりをして言った。
「ちゃんと自分が不利になるようなことも教えてくれるなんて、パパって意外と紳士なんだねっ!」
「好きに言え」
「うんっ! やっぱりアタシ、パパについていくことにするよ!」
「よし、ならば俺も手を貸してやろう」
「それで? 作戦は?」
「そんな大袈裟なものは必要ない。現金が底をついた。正直にいく」
「それじゃあ働けって言われるんじゃ……」
「当然言われる。が、すぐに収入を得られるわけじゃないからな。保護申請をしたうえで仕事を探すことになる。それでもし安定した職に就ければそこで生活保護を抜けてもいい。ただ、働きもせずに生活保護でい続けたいなら、手っ取り早いのは精神を狙うことだ」
「精神?」
「うつ病とか、そういう心の病だ」
「アタシ、フツーだと思うけど」
「だが黙って生活保護を受け続けたいなら俺の言うとおりにしろ」
「うつ病を装うってこと!?」
「早い話がそうだ。俺はそういうゴミを腐るほど見てきたし、通るように診断書を書いてくれる医者もたくさん知っているからな」
「うわ……悪い人だ……」
「なら、正直にバカを見るんだな」
「ヤ、ヤダよ! やりますやります」
「よし、いい心構えだ」
「でも、両親に居場所がバレる件はどうすればいいの……?」
「DVから逃げたことにしろ」
「DV!? ウチの両親はそんなことしないよ!?」
「だが小娘が家出するほど精神的に追い込んだのは事実だろう。なにも物理的な暴力だけがDVじゃない」
「それはそうだけど……」
「大丈夫だ。DVなんて言った者勝ちだ。実際にあったかどうかが問題じゃない。何を言っても許される、それが女の特権だ。ゴミのような」
「ひどっ! パパさっきから言い方ひどっ!」
「だが現実的だ。それを届け出ておけば、たとえ親でも住民票や戸籍から住所は追えなくなる。それから役所から住所を知らせるような調査もできなくなる。これで扶養調査はパスだ」
「ひ、酷いよ~」
「なら降りろ」
「それもヤダよ~」
「なら黙って従え」
「はぁい……」
加奈子は小さくなった。
「ついでに言うと、居住実態が今現在I市にない点もクリアしておいた。知り合いのアパートに空きがあってな。さっき電話して確保しておいてやった。もちろん基準家賃上限めいっぱいの物件だからな」
「も、もしかして生活保護ってすっごくボロいところに住まないとダメ~?」
「安心しろ。どんなに綺麗でも大家が基準家賃内にしてくれれば福祉事務所は文句を言わん。築10年程度の綺麗な物件だよ」
「ぎゃ、逆にそんな物件がどうしてそんなに安くなるの……?」
「知り合いと言っただろ」
「一体どんな手を使ったの……?」
「何もしてねーよ。ただの事故物件だ」
「ひっ!?」
「安心しろ、ジャスト事故の部屋じゃねーから。隣の部屋だよ」
「恐い……」
「ちなみに俺もその隣だ」
「う、う~ん……なら、頑張ってみる……」
「いい子だ」
備前は加奈子の頭を雑に撫でた。
「いいか? 今の点を踏まえて大まかな申請シナリオはこうだ」
備前は真面目な顔で話し始める。
「小娘は高校卒業後、定職にも就かず、進学もせず、実家に寄生してダラダラと数ヶ月を浪費したゴミだ」
「言い方! 合ってるケド言い方!」
「両親は公務員。いい加減なことは許さない性格だ。罵倒され日に日に居難くなる環境から逃げ出すように小娘は行くあてもなく家出した」
「まぁ……余計な肉付けはともかく合ってるケド……」
「たまたま辿り着いた先のI市で部屋を借りるも現金が底を尽き、いよいよ働かなければと思ったところで心と体の異変に気がついた」
「うつで働けないってことだね?」
「喧嘩別れのように出てきた実家は頼れず、もう死ぬしかないとダメ元で隣の部屋の俺に助けを求めた……というストーリーだ」
「どうして大阪で会ったことを言わないの?」
「余計な詮索は不要だ。言うとおりにしていろ」
「はぁい……」
加奈子は口を閉ざした。