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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
オムニバスパート

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来訪者(3)


 笹石夫妻が視線を向けた加奈子の机の上にあった物。それは加奈子が備前から借りていた参考書。そして決して付け焼刃では説明がつかない量の学習ノートだった。


「これは……もしや、加奈子が勉強をしているのか……?」


「私たちがどんなに勉強しなさいと言っても絶対に聞かなかった子が……備前さん、これはいったいどうやって……?」


「私は何もしておりませんよ? それらはすべて娘さんが自分から学びたいと言ってきたもの。私はホンの少しだけ力を貸しているにすぎません」


「「し、信じられない……」」


「お気持ちはわかります。何せ私も最初は同じような気持ちだったと思いますから。ですがもう一度言います。今は違います」


 備前はそこで加奈子を見た。


 その視線を受けて加奈子は鼻から息を出す。


「お父さんお母さんお願い! アタシ、ここでなら頑張れるからっ!」


「し、しかしそれでは備前さんにご迷惑が……」


「私は元来、努力を続ける者を拒んだりはしませんよ」


「で、ですが……娘一人で本当に生活ができるでしょうか……?」


「ふむ……たしかにそれはご心配でしょう」


 備前は再び加奈子に視線を向けた。


「その前に、加奈子クン。こうしてせっかくご両親が見えたんだ。何かおもてなしできるものはないだろうか……? 何かお出しできるものなど……」


「あっ!」


 加奈子はそこでようやくすべてを察したように声を上げた。


「あのね……? アタシ今日ちょうど、ケーキを作ったんだよ……? 良かったら……食べる?」


「「か、加奈子がケーキだって!?」」


 笹石夫妻は飛び上がるように驚く。


「娘さん、なかなか料理も上達しているようですよ。私もたまにおすそわけをいただきますが、なかなか……」


 備前はそこで思い出したような素振りで続ける。


「そういえば、今日は煮物を作りすぎたとか言ってなかったかな? ……笹石さんは今日はもうお食事を済ませてしまいましたか?」


「い、いえ……私たちはまだ……。で、ですが、か、加奈子が煮物……」


「親元を離れたことでの娘さんの成長ぶりを……彼女なりの本気度を知れる良い機会になるのではないでしょうか?」


 備前の言葉に笹石夫妻はしばらく言葉を失った。


「備前さんには本当に頭が上がらない思いです……危ない目に会ってもおかしくなかった娘を助けていただいたばかりか、こんなにも……」


「すべては娘さんの努力によるものですよ。どうでしょう、もう少し自分たちの子どもを信用してあげるというのは」


「そう、ですね……なんでも頭ごなしにしてきた私たちが間違っていたのかもしれません……」


 裕明が言った。


「あなた!」


 だが久奈のほうはまだ難しい顔をしていた。


「だけど久奈。備前さんはこんなにも加奈子のことを考えてくださっている。こんなに頼りになる人に巡り会えることなんか加奈子にとってもそう滅多にあることじゃないだろう……? 僕は、そろそろ子離れするときが来たのかもしれないと、そう思ったよ……」


「でも……」


 久奈は躊躇いがちに備前を見る。


「あの……失礼かもしれませんが、備前さんはどうしてこんなにも娘に良くしていただけるのでしょうか?」


「久奈、失礼じゃないか」


 久奈を止めようとする裕明を制するように備前は微笑む。


「いえいえ。答えにくいほどのものではありません。その代わり大した理由でもありませんがね。私にも娘さんに歳の近い息子と娘がいるんですよ。ですから、娘さんにどうも我が子の姿が重なって放っておけなかっただけなんです」


「いやあ。本当に備前さんのような方に助けていただけて良かった」


 裕明は久奈の言葉を上書きするように場をまとめるような発言をしたが。


「たしかにそのことについては私も備前さんには感謝の気持ちを上手く伝える言葉が見つからない思いです」


 久奈はとどまらず、次いでその視線は加奈子に向かった。


「でも加奈子。加奈子は勉強をしてどうなりたいの? たしかに備前さんはすごい人だけど、こんなにもの資格を取れる人は一部の人だけなの。加奈子にはそれができるの?」


「それは……パパみたいにはたぶん無理だと思う……」


「ほら見なさい」


「いや久奈。さすがに加奈子に備前さんレベルを求めるわけにはいかないだろう」


「それはわかります。でもね? ただ勉強をすればいいってほど世の中も甘くはないでしょう? 周りの子はみんな大学に行ったり、将来に役立つ資格を取ったり……」


「じゃあ取るよアタシ。将来に役立つ資格」


 加奈子は久奈の言葉を遮って堂々と言い切った。


「お母さんが言う役に立つ資格が取れないようなら、諦めて帰ったっていい」


「加奈子、あなた……」


 加奈子の強い反発を受けて久奈は怯んだ。


「大学……は、ちょっと今からじゃすぐにって訳にもいかないかもだけど、お母さんが望むなら目指したっていい」


 すると今度は裕明が口を挟む。


「加奈子。大学はそんな目的で行くところではないだろう。もっと将来を見据えて行くところだ」


「でも、誰もが具体的な目標を持って進路を決めてる訳じゃないじゃん! 現にアタシの友達だって……」


 加奈子は裕明にも反論をするが、間髪おかずに久奈からも指摘が飛ぶ。


「その友達のレベルだからでしょう!? 言っておきますけどね、Fラン大学なんて行くだけムダよ! そんなところは遊ぶ時間が欲しい人が行くところだわ!」


「いや久奈。それはちょっと言い過ぎだろう……」


「あなたこそ、もっと現実を見てよ! 私は、私はただ娘の将来が心配なだけなの……」


 やがて裕明と久奈の間にも意見の食い違いが生じ、場の雰囲気は収拾がつかなくなりつつあった。そこで備前はひとつ鼻から大きく息を抜いて注目を集めてから声を発した。


「ご家族の話に口を出すつもりはありませんが、みなさんのお考えにはそれぞれ納得できるところもありまして、私には何が正しいのか判断に迷うところもあります……なので、この場ですぐに答えを出すというのも難しいことなのではないかとも思うのですが」


 するとすぐに裕明が困惑した表情で反応する。


「あ、すみません。備前さんの貴重なお時間を……」


「いえいえ、お気になさらず。……しかし、誰にもそれなりの言い分がある以上、無駄にいがみ合っても致し方ありますまい。そこでどうでしょう? 例えば何か条件のようなものを話し合って、みなさんで納得できるような解決方法を探ってみては」


「そ、そうですね……」


 裕明は心配そうに久奈を見た。


「私も人の親ですから、笹石さんが娘さんを心配する気持ちは良くわかります……ですが一方で、仰るとおり現実は甘くないことも知っています……人に、能力以上のものを求めても仕方がないことなど」


「そうですね……」


 裕明は視線を落とす。


「失礼なことをお聞きしますが、娘さんのこれまでの成績はどのような水準でしたか?」


「……まったく勉強をしないような子なので底辺です。小学校の頃は頭のいい子だったのに……」


「ふむ……では現実的に考えて、今から大学を条件に入れるなら金を出せば入れるFラン大学か、数年後の入学になるでしょう」


「そんな……そんな何年も遅れたら……」


 久奈は青い顔をした。


「ですが時間は待ってくれない。ほかに手段を探すなら、短大や専門学校。職に就くのもいいでしょう……もちろんそうなると娘さん自身の気持ちも大切になってきますが……」


 そこで備前は加奈子に目をやった。


「アタシはまだ、自分がどうなりたいのか良くわかってない。でもきっとそれはアタシにまだ進むべき道を見つける力が足りていないからで……たぶん、それを見つけようと思ったらパパのところで教えてもらうのが一番いいんだと思う……アタシはそうしたい」


 加奈子の言葉を聞いて驚いたような顔をした裕明はやがて一つ頷いて久奈に言った。


「久奈……僕は加奈子自身がこんなふうに自分のやりたいことを口にするのに驚いたよ……。だから、それを止めてはいけないと思ってる」


「あなた……」


「現に加奈子は一人暮らしを始めて変わった……それも、とてもいい方向に」


「そ、それはそうだけど……何か、何かほかにも、納得できるような、客観的にわかるような変化というか、条件が私にも欲しいのよ……」


 そこで久奈は改めて備前の存在に気づいたようにハッとした表情を見せた。


「備前さん……例えば、例えばですよ? 先生のような方の下で学歴もない娘が働くとするならば、どんな資格が必要になるでしょうか……? それとも、そもそも問題外なのでしょうか……? はっきりと仰っていただいて構いませんので、参考までに教えてはいただけませんでしょうか?」


 備前は少し驚いた顔をした。


「困りましたね……先生なんてガラではありませんが……私のところ、ですか」


「やはり、問題外、でしょうか……?」


「いえ、そうではありません。私は学歴もそんなに気にはしませんし……」


「会計事務所でも、弁護士事務所でも……何か、何か娘にも可能性はないでしょうか……?」


「誤解をされているようですが、私はそんなに高尚な人間ではありませんよ」


「とんでもありません。娘を、娘を助けていただいた恩人ではありませんか。しかも、こんなふうに娘を更正させてくださった……そのうえ、こんな無茶なお話をして恥ずかしい限りなのは重々承知なのですが……」


「ふむ……」


 備前は久奈の熱量に押されて少し身を引いた。


「娘さんは、たしか地元の商業高校でしたね」


「はい……実は私がそこで教師をしておりまして……」


「なるほど。では、進学ではなく就職する生徒さんも多いのでは?」


「もちろん就職する生徒も多いです。しかしそれはちゃんと勉強して資格を取ったりと、真面目な子たちです」


「だから何もしないで高校三年間を過ごした娘さんには無理だと。もしかして、進学を就職までの時間稼ぎのように考えていらっしゃいませんか?」


「そ、それは否定できないところもあります……でも、大学くらいは普通では、とも……」


「だとすれば、私個人としてはその考えには賛同しかねますね」


「それはどうしてでしょう?」


「理由は一つではありませんが、例えば今の時代では大学進学のメリットが昔ほど多くないことでしょうか……時代の変化とでも言いましょうか。その辺りは私よりも学校の先生をなさっている笹石さんのほうが現実問題として詳しいでしょうけれど」


 備前の言葉に賛同するように裕明も久奈に対して口を開く。


「僕も加奈子の学力を考えて、現実的には今さらどうかと思う……それだったらやっぱり、将来的に職を見つけることを考えて資格取得などを目指したほうがいいんじゃないかな」


「それは……そうね」


「どうだろう久奈。例えば君のいる商業高校なら簿記南下の資格が取得されているんじゃないのか? それだったら役に立つんじゃないのかい?」


「たしかに経理とかだったら少しはマシでしょうけど……でも、うちの高校だと大半が日商簿記3級を申し訳程度で取るくらいよ?」


「それじゃあダメなのかい?」


「正直3級では実践的と言うには……すみません、備前さん。例えば備前さんなら、会計事務所などで採用する人材としてはどうでしょうか……?」


「そうですね……正直、日商3級ですと。高卒でもせめて2級くらいは……」


「なら、そうしましょう加奈子」


 久奈はキッパリと言い切った。


「うちの高校でも日商簿記2級くらいを取る子は多くいます。……これは、加奈子がちゃんと学んでいれば既に取れていてもおかしくなかったぶんです」


「……うん」


 加奈子は重く頷いた。


「加奈子が変わってくれたことは認めます。頑張ると言ってくれたことも嬉しく思います……でも、それは最低限のことをクリアしてから言うべきこと」


「うん。わかった。ちゃんとパパの勉強と並行して取るよ」


「それも、一年以内にしましょう」


「わかった」


「それができなければ、家に連れ戻します」


「望むところ!」


 加奈子と久奈は互いに一歩も引かずに向き合っていた。


「び、備前さん……だ、大丈夫なんでしょうか、娘は……?」


 そんな女たち二人を見て心配そうに裕明は備前に尋ねた。


「まぁ簿記2級程度なら1年もあれば余裕でしょう……それに私がみたところ、今の娘さんのヤル気なら三ヶ月で十分だとも思うくらいです」


「そ、そんなものなんですか……?」


「ハハハ。私などまったくの素人が先に申し込みだけして、試験までの一カ月で勉強してなんとかなりましたよ」


「そ、それは備前さんだからでしょう?」


「ハハハ、ですがね? 実を言うと私もFラン大学卒なんですよ」


「え……? さすがにそれは冗談でしょう?」


「本当ですよ。学歴なんてものは案外あてにならないものです。私が教えてきた若者の中には東大を出ておきながらコミュニケーションが苦手で使えない者もいました」


「そ、そうなんですね……」


「その点、笹石さんの娘さんはとても優秀ですよ。それは私が保証します」


「パパぁ……」


 加奈子はうるうるとした目で備前を見た。


「ご家族での条件も落ち着きそうですし、少しの間、娘さんを信じて見守ってあげてはいかがでしょうか?」


 備前の言葉を受けて、笹石夫妻は視線を合わせ、深く頷いたのだった。


「でも、そうなると生活費は? 生活保護を抜けさせるには、僕たちが仕送りをすればいいんですよね?」


 裕明の申し出に対し備前は首を横に振る。


「何も今ある好条件を崩してまでというのも合理的ではないでしょう。……それに、両親に頼らないと決めた娘さんの心に再び甘えが灯ってしまうかもしれません」


「び、備前さんがそう仰るなら……」


 裕明がそう言うと加奈子が得意げに胸を張る。


「そうそう! パパはね、とっても合理的でズルいんだよ……って、いったぁい!」


「あっ! しまった」


 備前はいつものように加奈子にゲンコツを落としたあと、笹石夫妻の視線に気づきバツが悪そうにした。


「申し訳ありません……娘さんになんてことを……」


 謝る備前を見て笹石夫妻は不思議そうに目を合わせたあと笑った。


「とんでもない……むしろ、僕たちが親としてすべきだったことを代わりにしていただいているような気持ちです」


「備前さん……お手数ですが、娘のこと、よろしくお願いいたします」


 そう言って笹石夫妻は備前に深く頭を下げたのだった。


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