来訪者(2)
玄関からリビングまでゴロゴロと転げ回ってきた加奈子は、逆に落ち着いた様子の備前に向かって何かを言いたげにした。
「あわ! あわあわあわっ!」
「落ち着け小娘。何を言ってるんだか少しもわからねぇ」
加奈子は言葉を発せぬまでも玄関のほうを指差しながら必死に訴えた。
そして加奈子はゴクリと喉を鳴らして一息ついたあと、備前を強く睨みつけて言った。
「パパめっ! アタシを両親に売り飛ばす気だなっ!?」
備前は鼻で笑った。
「そらまたすげぇ発想だな」
「じゃじゃじゃあなんでアタシの居場所がバレたんだよぉ!」
「あぁそれな。それなら俺が手紙を出しといたからだ。小娘の実家の住所なら生活保護申請のときに聞いたからな」
「や、やっぱりアタシを売り飛ばす気なんだよぅ……」
「何言ってんだ小娘。お前、こないだは自分でちゃんとしたいって言ってたじゃねぇか」
「でもそれはパパの下で勉強するって意味で……」
「それにウソ偽りはねぇんだな?」
「そりゃそうだよ!」
「じゃあいつまでもコソコソしてねぇで、それをちゃんと両親に伝えて認めさせて見せろよ」
「そ、そんなぁ~……」
加奈子が肩を落としたところに開いたままの玄関から入ってきた男女が二人の前までやってくる。
そしてその男女は備前の姿を見つけると、畏まって深々と頭を下げたのだった。
「はじめまして。加奈子の父、笹石裕明と申します。……備前さんでよろしかったでしょうか?」
備前も立ち上がって応じる。
「備前です。本日は遠いところをわざわざお越しいただきありがとうございます」
「そんな。お礼を申し上げるのは僕たちのほうです。娘を保護していただき、なんとお礼を申し上げたら良いか……」
そこで裕明は自分の名刺を取り出して備前のほうへ差し出した。
「僕はこういう者です」
備前も名刺を取り出してそれに応じる。
「裕明の妻で加奈子の母、久奈と申します」
「これはどうも」
同様に久奈とも名刺の交換をする備前。
「娘さんから伺ってはいましたが、お二方とも学校の先生でしたか」
「いえ。娘の教育もままならず、お恥ずかしい限りです」
裕明が後頭部をかきながら答えた。
「それにしても……備前さんはすごい肩書きをお持ちですね」
備前の名刺を見ながら久奈が言う。
「いえ私などは。……それよりも笹石さん、遠いところお疲れでしょう。どうかお掛けになってください……と言っても、ここは娘さんの部屋になりますが」
備前に促されて笹石夫妻はテーブルの向かいに座った。
「改めて備前さん。本日はこのような場を設けてくださり本当にありがとうございます。私どもも、急にいなくなった娘のことがずっと気がかりでありまして、本当に、本当に感謝をしております」
「こちら、つまらないものなのですが……」
裕明が礼を言い、久奈が紙袋から手土産を取り出してテーブルの上に差し出す。
「あぁいえ。お気遣いなど不要でしたのに。それよりも、親子での積もる話もあるでしょうから、私からはここに至るまでの経緯を簡単に説明させていただきます」
それから備前は加奈子に関する話を一部の事情は巧みに隠して笹石夫妻に説明をした。
「加奈子クンも、今の話に間違いはないかな?」
備前は最後に加奈子にも念を押す。
「キラパパめぇ~……違っても言える雰囲気じゃね~じゃん……」
加奈子はひとりで呟いてからひとこと漏らした。
「パパの極悪人め」
「こら加奈子! 恩人に向かってなんてことを言うんだっ!」
「お父さんは本当のパパのことを知らないからそう言うんだよ~」
「加奈子いい加減にしなさいっ! あなた、備前さんに助けてもらえなければ今頃自分がどんな目に会っていたのかわからないのっ!?」
「あぅ~……お母さんまでそんなこと言ったらアタシの味方が誰もいないじゃん……」
「あたりまえだっ!」
裕明がテーブルを叩いて立ち上がる。
「まあまあ。笹石さんもどうか感情的にならず……」
そこへ備前が仲裁に入る。
「でも、でも……娘が生活保護だなんて恥ずかしすぎる……」
久奈は両手で顔を隠して泣き出してしまった。
「大丈夫だよ久奈。加奈子は今日で連れ帰る。生活保護も抜けさせる……今までに頂いた保護費も全額返還させてもらおう」
裕明が泣き続ける久奈の肩に手をかける。
「アタシやだよ。絶対に帰らないから」
「加奈子! なんてことを言うんだ! 母さんだってこんなにお前を心配して……」
「心配をかけないように、アタシここでちゃんとやれるから!」
「せ、生活保護を受けておいて何がちゃんとやれるだ! そんなものはな、自分の生活すら守れない落ちこぼれが受けるものなんだ! そんなものを受けている限り、いつまで経っても半人前なんだ!」
裕明はまた感情的になって言う。そして加奈子はそっぽを向く。
「あ~あ~。そうですよ~、半人前ですよ~。だからどうせアタシが何を言ったって信じてくれないよね~……いつもみたいに!」
「なんだとっ!?」
「まぁまぁまぁまぁ」
一触即発の親子をなだめに入る備前。
「笹石さん聞いてください。たしかに今、私が娘さんに生活保護を受けさせています……ですが私は、必ずしもそれが悪いことだとは思っておりません」
「パパ……もしかしてアタシをかばってくれるの……?」
加奈子が不思議そうに顔を上げて備前を見た。
「いいや? これは親子の間の話だ。どちらの味方もしない。君の覚悟が甘ければ、今日このままご両親に連れ帰ってもらうことも致し方ないだろう」
「そ、そんなぁ……」
備前の言葉を聞いて加奈子は絶句し、笹石夫妻は安堵の表情を見せた。
「ですがその前に、笹石さんにはぜひ見てもらいたいものがあります」
「備前さん、それはいったい……」
「娘さんの変化についてです」
「……加奈子の?」
「ええ……生活保護申請をする際に娘さんの経歴等については伺わせていただきましたが……正直に言って、私も。娘さんに対する第一印象は決して良いものではありませんでした」
「……すべては僕たち両親の不徳の致すところです」
「ですが、今は違います。娘さんの行く末が楽しみでさえありますから」
笹石夫妻は驚いた顔を見合わせていた。
「……と、言いますと?」
「笹石さん。先ほどの娘さんの反応から、私があなたがたが来ることを娘さんに伝えていなかったことはわかりますでしょう?」
「それは……そうですね」
「つまり、娘さんにとっては完全に不意打ちの訪問になる訳です」
「は、はぁ……」
「そんななか、娘さんが今まで何をしていたのか……どうぞ机の上をご覧になってください」
「机の上……?」
笹石夫妻は立ち上がって部屋の隅にある加奈子の机に近づいた。
「こ、これは……まさか」
それを見た笹石夫妻はたいそう驚いていた。







