知的ゲーマー(5)
GHは車で15分ほど走った同じくI市内の郊外に存在した。周りには自然が多く、静かである。
建物はまだ新しく、一見して民家をひと回り大きくしたような造りにさえ見える。
来客用の駐車場に車を停めた佳代は施設の全容を見て感想を述べた。
「へぇ~。ウチみたいに単にアパートとしてじゃなく、こういう形式で入居者さんを募る方法もあるんだねぇ」
「なんだ佳代。施設運営にでも興味あんのか?」
「だってウチのボロアパートだってもう寿命が近いじゃない。土地だけ遊ばせておく訳にはいかないでしょ?」
「やめとけやめとけ。バカが知恵を絞ろうとしたって失敗するだけだ」
「じゃあマー君が考えてくれればいいでしょ?」
「そのときに俺が生きていりゃあな」
「またまたそんなこと言って~」
そんなやり取りをしているうちに備前は車を降りる。
「ほれ、そんなことより早く行くぞ。人を待たせてんだ」
加奈子と佳代、雲梯の三人は備前を追いかけるようにあとを追った。
建物の正面入り口から建物に入った備前は慣れた手つきでインターホンのボタンを押す。
「は~い。『グループホームいこい』の紅泉ですぅ~」
インターホン越しにおっとりとした女性の高い声が聞こえてくる。
「お世話になります。電話した備前ですが」
「あ、どうも~。すぐに行きま~すぅ」
しばらくして玄関まで歩いてきたのは30代の女性だった。化粧はないが細く整った顔立ちからは職場以外での器量が窺える。
「どうも~。備前さん、ご無沙汰していますぅ~」
愛想の良い笑顔で紅泉は言った。
「こちらこそ紅泉さん。お世話になります」
「そちらの方がお話にあった?」
「ええ。雲梯レオ君です。よろしくお願いします」
備前と紅泉は微笑み合った。
「ヤ、ヤベ~……パパがまた女の人の前でキラキラしてやがる……」
「マー君、ああいう人が好みなのかな……」
「わかんないです……でも前の相談者のときみたいにクソ女センサーって訳でもなさそうだぞ……?」
「そ、そんな……マー君、ただのビジネスモードなだけだよね……?」
「カッコつけのキラパパめぇ~!」
そんな備前のうしろで加奈子と佳代の恨みがかったオーラが放たれるも、平然と備前と紅泉の会話は続けられていく。
「では、さっそく中をご案内しますねぇ~」
そう言う紅泉についてGHの見学が始まった。
その建物は外観こそ民家を大きくしたようなものであったが、玄関は両開きの自動ドアで広く、小さな段差にも配慮がなされている。そして来客用の下駄箱も設置されていた。
廊下の脇にはトイレとバスルームが個室で二つずつ、廊下の先には12畳程度の共同スペースに食事用の大きなテーブルが配置されている。
そしてその共有スペースを中心に入居者用の個室ドアが並んでいる間取りだ。
「当GHでは8名までの入居者を受け入れ可能です。入居者さんの個室はこの共同スペースから離れたところにもありますが、全て5畳程度の広さです」
「ふむふむ……ゴミ屋敷にはならない程度の広さ……っと」
加奈子は熱心にメモを取りながら紅泉の話を聞いていた。
「しかも、部屋も一歩出れば食卓って最高すぎん? しかも厨房もカウンターみたいで、なんか普通の食堂って感じ! いいね!」
加奈子の反応を聞いて紅泉は笑って答える。
「たしかに収容効率を重視した相部屋だったり、真っ直ぐ部屋を並べただけの造りのGHもたくさんあります。でも、ウチの売りはこの家庭のような温かみのある雰囲気なんですぅ。きっと、居心地の良さを感じてもらえますよ~?」
「いいなぁ……」
雲梯は嬉しそうに説明を聞いていた。
「おい雲梯。気になることがあるなら、この際だ、紅泉さんに聞いておけ」
「え? あ、えっと……」
いきなり話を振られて困惑する雲梯に代わって加奈子が元気良く手を挙げる。
「はいは~い! アタシが代わりに聞いたげる! お部屋でゲームはできますか~?」
「もちろん。食事や消灯など、集団生活ならではの若干の制約はありますが、基本的には自由です。でも、うるさくしたり、共同生活上の迷惑行為はご遠慮くださいね」
「外出は……?」
今度は雲梯が小さな声で訪ねる。
「消灯……門限までは自由です。皆さん良く近くのコンビニまで歩かれてますねぇ~。もちろん日中はお仕事に通われる方もいますよ~」
「そ、掃除とか、洗濯、は……?」
「ウチの場合、共有スペースの管理は施設。個室内は各自です。でも、あんまり汚くするとひとこと言わせてもらうかもしれません。わかるんですよ~? 臭いとかで!」
困ったような顔をする雲梯を優しく見ながら紅泉は続ける。
「洗濯は共有スペースにある洗濯機を各自で自由に使っていただけます」
「ゴミは……?」
「共有スペースにゴミ箱があります。……だからお部屋に溜めちゃダメなんですよぉ~?」
「う……。で、ではお風呂とかは……?」
「順番ですぅ~」
「他の入居者さんとケンカとかしちゃったら……?」
「メッ! ですぅ~」
「つ、通院したいときとかは……?」
「大変なときは送迎しますよ~?」
その後もそんな問答をいくつかやり取りして、厨房の職員やたまたま居合わせた入居者の個室の様子なども見学させてもらったりと、一行は施設内を順調に見学して回ったのだった。
誰もが笑顔で接する温かみのある施設だったとGHを出たところで雲梯は語った。
「どうだ? 気に入ったか?」
「はい……集団生活って言うから最初は無理だと思ったけど……ここなら、なんとか俺でも上手くやれそうです」
「そりゃあ良かった」
しかしそこで備前の声は一気に暗くなる。
「だが」
その迫るような表情に雲梯は怯む。
「夢物語は好きに語ればいいが、ここから先は現実の話をしようや」
備前は雲梯を追い込むようにさらに踏み込む。
「お前さっき、自分の知りてぇことばっか聞いていたくせに、一番肝心なことを聞いてなかったよな? お前まさか、本当に自分に関係ねぇとでも思ってるんじゃないかと心配したぜ」
「えっと……わかりません。なんでしょうか?」
「金だよ。入居費用や毎月の家賃はどうするつもりなんだよ」
「あ……」
「それに入所となったら今のゴミ屋敷も処分するんだろ? 退去費用もバカにならんだろうし、ゴミの処分費だけでも、今ザックリと見積らせただけでこんなにかかんぞ?」
そう言って備前は3枚の見積書を提示した。それに驚いたのは雲梯ではなく加奈子だった。
「うそっ!? さっきの今で、もう見積りって、どういうこと!?」
加奈子は備前から見積書を3枚とも奪い取って内容を見た。
「石田総業80万円、小森興業90万円、坂下清掃サービス100万円んっ!?」
加奈子は飛び上がったあと備前の袖口を摘んで小声で尋ねる。
「パパこれ、亜人とキモオジとポチだよね……? どう考えても今テキトーに見積書を作りましたって感じじゃんコレ……」
「大丈夫だ。知的なんざ、これで十分だ」
「オニ! アクマ! 人でなし!」
「なんだ? 見損なったか?」
「……見損なうところなんか残ってなかったワロタァ」
「なら黙ってろ。商売の邪魔だ」
「はぁい」
加奈子は大人しく引き下がるしかなかった。
「雲梯。これがお前が積み上げてきた負債だよ。もう自分で片づけられない以上、誰かに頼るほかはねーんだが、今や頼れる奴が俺しかいねーのは、わかるよな?」
「はい……」
「なら、お前の金は俺が管理するのが一番いいことも、わかるよな?」
「……はい」
「じゃあまず、帰ったらその契約だけは済ませちまおうぜ。ホンの少しばかり俺に有利な契約になっちまうが構わねぇだろ?」
「……はい」
「大丈夫、心配すんな……悪いようにはしねーよ。生活保護なら家賃も生活費も問題ない。さっきのGHにも入れてやんだ、少なくとも今よりマシな生活にはなるぜ?」
備前はそう言って不敵に笑った。







