知的ゲーマー(3)
・真のゴミ屋敷は想像を絶する魔界
・病んでる人の常時カーテン率は異常
備前と加奈子が雲梯の部屋を訪れると、雲梯は前回と同じようにドアの隙間から身体を滑り込ませるように玄関の外に出てきた。
「まぁ、なんだ。人を招き入れたくねぇのはわかるが、立ち話もなんだ、家の中を見せてみろや」
まず備前は雲梯にそう切り出した。
「いや、ちょっと掃除してなくて……たぶん座れません」
「それが人を呼んでおいての態度か?」
「わ、わかりました……でも、汚いですよ?」
「だろうな。想定済みだから気にするな」
備前は鼻で笑いながらも雲梯に玄関のドアを開けさせた。
ドアの先に広がるのはゴミ袋を敷き詰めた廊下。床は見えず、それは玄関から居間に続くまで暦層となっており、一番手前、玄関ドアに押しつけられていたゴミ袋に至っては、ドアに押しつけられた圧力でその部分が平面状に固まってさえいた。
「うっわ~。すっげ~。くっせ~」
加奈子は鼻を摘んだ。
「何言ってんだ小娘。こんなのはまだ真のゴミ屋敷じゃねぇ」
「これでっ!? ……てゆーか真のゴミ屋敷って何さ~?」
加奈子は呆れた様子で言う。備前は特に気にしたふうもなく雲梯に話しかける。
「ホレ雲梯。さっそく中を確認するぞ。さっさと中に入れろ」
「そ、その前に備前さん……備前さんの雰囲気、前と少し違くないですか?」
「あ? そりゃあ前回は初対面だったからな。だが今は立場が違う。お前、ほかに頼りになる奴がいないんだろう?」
「う……」
「ゴミの層がまだ浅い。越してきてまだ2~3年ってとこか? どうせ今のように前の地域でも行き詰って逃げて来たんだろ?」
「……」
「お前のような奴は誰かに頼らなきゃ生きていけねぇ。なのにトラブルを起こして次々と関係を崩していけば誰も助けてくれなくなる……そうなったらリセットして、転々と逃げてきた」
「……別にいいじゃないですか」
「いいってことはねぇだろう。周りに散々迷惑を掛けてきて、次は俺にも頼ろうってんだ」
「ほっといてくださいよ」
「あぁいいぜ? それで困るのが誰かわかんねーならな」
「う……」
「どうせここから逃げる金もねぇんだろ? 今まではたまたまリセットしたいときに職があったり、頼る奴がいたりして騙し騙し逃げてこられたんだろう……だが今はそうじゃねぇな? 俺が助けなきゃ、お前はそこのゴミに埋もれて自分も廃棄物になるだけだ」
「そこまで言わなくたっていいじゃないですか!」
「あぁそうなのか? 教えてやる価値もないようなゴミクズだったか?」
「お前! いい加減に……っ!」
俯いていた雲梯が怒りの表情で備前に掴みかかろうとしたときだった。一瞬早く動いた備前が雲梯の胸ぐらを先に掴みあげ、そのままうしろの壁に押しつけた。
備前の迫力に息を飲んで身体を硬直させる雲梯。
「どうした? 支援者からこんなふうに乱暴に扱われるのは初めてだったか?」
「う……」
「言っておくが、お前が今まで関係を壊してきた支援者だって俺と同じように思っていたはずさ。だがな、そいつらにだって守るもんがあるだろうからな。思ったように言うことができなかっただけの話だ」
雲梯は凄む備前に視線を合わせられなかった。
「おぉおぉ。本当は気の小せぇゴミのくせに、相手が立場上で反撃してこねぇのを勘違いして調子こいてたみてぇだな……だが残念だったな、俺は今までのように表の立場があるような奴らとは違ぇぞ? なんならお前をそこのゴミに沈めてやるくれぇ訳もねぇ」
雲梯は喉を鳴らしてツバを飲み込んでいた。
「ご、ごめんなさい……」
雲梯はとうとう備前の威圧に屈した様子だった。
「わかりゃあいいんだ。安心しろ、俺だって別にお前を殴りに来たわけじゃねぇんだ。ただ、放っておくとお前は近所迷惑になるからな、俺がなんとかしてやんよ」
「あ、ありがとうございます……」
「わかったらホレ、中に入れるのか入れないのか?」
「わ……かりました……」
雲梯は足元のゴミ袋をいくつか踏み越えて、玄関の中に入ってから振り返る。
「ど、どうぞ……」
「あぁ。汚ぇから土足で入るからな」
備前は雲梯の返事を待つことなく土足で踏み入る。
「パ、パパ……? ア、アタシは……?」
「おう、小娘も土足で上がっていいぞ」
「う、うん……アタシ、人ン家に土足で入るなんて初めて……」
「安心しろ。真のゴミ屋敷ってのは土足でも入りたくねぇレベルだからな」
「うげ……そこ、もう完全に魔界ってレベルじゃん……」
加奈子は顔を引き攣らせながら備前について雲梯の家に立ち入った。
雲梯の部屋は台所やバストイレを除くと一間だけだった。中央に布団が敷かれ、そこだけがゴミを避けられている。
枕元には空のペットボトルが何本も転がり、その先には小さなテレビとゲーム機が置かれている。
「うわ~。ゲーム画面の明るさで生きてんのかよ~……あ、今ついてるゲーム、ドラゴンクエスチョンじゃね?」
日中であるのに遮光カーテンは閉められ、室内は薄暗い。かろうじてテレビゲームの照明だけが明るさを保っていた。
「本当に足の踏み場もねぇな……」
「ねぇパパ。これでも本当に真のゴミ屋敷じゃないの!?」
「まだ動物の死骸が見えねぇだけマシだな。俺は白骨化した犬猫やネズミの死骸も何度か経験した。なかにはそこから流れ出た血液などの跡が残る家もあったぞ」
「マヂもんの魔界じゃねーか!」
「飲み残して零れたアルコールと腐った食いもんが混ざって黒いヘドロ状となり、べっとりと部屋中の床を覆い尽くしてたりな」
「リアル毒沼ワロタ」
「もちろんそれらはゴミで巧みに隠されているからな。踏み込んだあとに足の裏から来る感触で全てを悟り目を閉じることとなる……ねっとりと足にまとわりついてくるんだ」
「そら、たしかに土足でもムリだわ~……」
そこで備前は雲梯に向かって言う。
「お前もそうなる前に今回でキリをつけろよ? 人生にゃリセットボタンなんかねぇんだ」
「そんなボタン、最近のゲームにもなくてワロタ」
「……小娘は黙れ」
「ファミコン世代パパ、おつ~」
加奈子はケラケラと笑ってから口を閉じた。
備前はため息を吐いてから雲梯に向き直る。
「しっかし、昼間くらいカーテン開けたらどうだ? 明るくなるだろ」
「いや……あんまり開けるの好きじゃないです」
「なんかよぅ。底辺とか精神を病んでる奴って、昼間でもカーテン閉め切ってる割合が高いんだよなぁ……日光に当たると溶けるのか?」
「人の目から逃げてんじゃね?」
加奈子が隣からまた口を挟む。
「人に気にしてもらえるような価値もないのにね~。パパ世代で言うと、アウトオブ眼中」
「日の光に当たらねぇと病むってのは案外ガチだよな。病んで引きこもったのが先か、引きこもったのが先かはわからねぇが、これじゃあ負の連鎖だ」
「ばようぇ~んワロタ」
二人の視線は雲梯に向かう。
「ははは。そろそろ何も言い返せなくなってきたな」
「YOU LOSE ワロタ」
備前は鼻で、加奈子はケラケラと笑った。
「あ、でも落ち込むなって。アタシ別にゲーマーって嫌いじゃないよ? ほかにはどんなゲームやってんの? エロゲ?」
「えっと……ゼノレグとか……」
「いいね! 有名どころじゃん!」
「小娘もやんのか?」
「ちょっとね~。こないだ養分から吸い上げたお金で本体ごと買ってみたんだ~」
「ははは。生活保護者から巻き上げた金で生活保護者が贅沢するってのは気分がいいな……そういうムダ遣い、嫌いじゃねーぜ?」
「ま、でも今は勉強が優先だし、ホンの息抜きだけどね~」
「ほう……感心だな」
「えへん!」
加奈子は胸を張って言った。
「ねぇねぇ。ポシェットモンスターとかやんないの? ちょっと対戦しようよ~?」
「ちょっとポシェモンは……」
「なんだ、やってないのか~……残念」
「ははは、小娘。そりゃあ酷だぜ。知的は対戦に向かねぇ」
「えぇ~っ!? ポシェモンは対戦だけじゃないのにぃ! かぁいいの集めたり、めっちゃ面白いって。買ってみなよ~」
「それも酷だぜ小娘。コイツにそう軽々とゲームソフトが買えるもんかよ」
「う~。チー牛カワイソス……ゲーム仲間、ゲットならずかぁ……」
加奈子は少しだけ肩を落とした。
「キミ、本当に人に馴染めないね」
そして痛恨の言葉を放った。







