知的ゲーマー(2)
・IQ70以下は知的障害。療育手帳が貰え、自治体毎に異なるがサービスを受けられる。
・障害者の相談窓口は相談支援事業所。大体の場合、福祉事務所でも繋いでくれる。
雲梯の家からの帰り道、隣を歩きながら加奈子は備前の顔を覗きこんで言った。
「パパ? ずいぶんとあっさり引き下がったね?」
「ん? まぁ俺も近所づきあいで会ってやっただけだからな。無理に関わろうとまでは思っていないのさ。ダメならダメで報告するまでさ……意外と面倒だな、近所づきあいも」
「大人って大変だねぇ」
「そうだぞ。そりゃあ死にたくもなるってもんだ」
「アタシはなんないケドね~」
「ナマポのくせに生きていたいなんて、迷惑な話だ」
「パパはもっと前向きに行こうぜ~?」
帰り道、二人は肩を並べて歩いていた。
「そういえば、さっきの人、聞いてた話のイメージとはずいぶん違ってたねぇ。ルール無用でお金もたかる。大声を出すなんて言ってたから、てっきりオラついてるアンちゃんかと思ってたよ~」
「無気力でフツーとしか言いようのない地味男だったな」
「絵に描いたようなチー牛でワロタ」
加奈子はケラケラと笑った。
「でもさぁ。あんなひ弱そうなチー牛が、良く迷惑行為なんか続けられるよねぇ。いかにも世の中に怯えながら日陰で生きてますって感じじゃん」
「それな。たぶん、本人は迷惑かけようだなんて思ってねぇんだが、普通の人と同じようにできねーだけだぞ」
「どして?」
「ありゃあたぶん、軽度の知的障害だ。佳代みてーな境界知能のさらに下。IQでいうと70を下回ってくるレベルで、療育手帳ってもんが発行される」
「あ~。たしか日本人の平均IQは100くらいなんだっけ」
「そうだな。だからここからは明確に健常者とは異なる障害サービスが受けられる」
「ふぅん……でも、そういうサービスが受けられるのに、さっきの人はどうして一人で困った状態になっちゃったんだろう?」
「そうだなぁ。軽度でも知的障害があれば親に面倒を見てもらってる奴も多いよな。障害者雇用制度なんかを利用して自立できている人間もいるし」
「障害者雇用?」
「障害者を雇用してる事業者にはな、国から補助金が出るんだよ」
「あ~! それで障害者を雇いやすくしようってこと?」
「そうだな。俺の知人も障害者を雇用して弁当販売なんかをさせててな。補助金ありきでやってるとか聞いたことがある。障害者ウメェって言ってたな、今はどうか知らんが」
「弁当屋が障害者を食い物とかワロタ」
「ま、それでも雇用が生まれることに間違いはねぇ。だからどう頑張っても自立は無理ってレベルではねぇし、状況も人それぞれではあるんだが……さっきの雲梯は仕事も上手くいってねぇようだったし、親とも連絡を取ってねぇって言ってたからな、大変だろうな」
「親は頼れないのかな?」
「なかには親にさえお荷物扱いを受けて見捨てられた奴もいるんだ」
「ひっど!」
「自分の子が障害者なはずがない……そんなふうに現実を受け止められない親を何人も見てきたよ」
「それ自分の子どもを見捨てる理由じゃねーじゃん! 製造物責任法はどうしたよ!?」
「物じゃねぇんだが……」
備前は呆れながらも続ける。
「まぁそれは別として、自分たちが面倒見切れねぇもんを無責任に社会に放流する親はどうかと思うよな」
「きっと小さい頃は子どもって可愛いけど、大きくなったらそうでもなくなって要らなくなっちゃったんだよ!」
「まるでペットみたいだな」
「サイッテーな親だなっ!」
加奈子は足を踏み鳴らした。
「ま、生まれ持った能力は本人の責任じゃねーから気の毒だが、本人が支援を拒むんじゃ他人の俺がどうこう言うもんじゃねーな」
「そぉだけどぉ……」
「ま、こういうこともある。聞いた限りフツーとか言ってたし、そんな深刻そうな感じでもねーから放っておきゃあいいんだよ」
「そぉだけどさぁ……なんか聞いてた話と違って、色々と煮え切らない感じだったなぁ~……」
「最初に言っただろ? ケンカしてる片方の言い分ばっか聞いたって偏ってんだよ。雲梯には雲梯の事情がある……もう関係ねーんだ、深く考えねーで忘れようぜ?」
「うん、そうだね……かわいそうだけど」
加奈子は一度、あとにしてきた雲梯の家の方角を見やった。
数日後、加奈子が昼食の指導を受けに備前の部屋を訪れているときに思い出したように呟いた。
「そういえば、アタシこないだのチー牛をSNSで検索してみたんだけどさ。気持ちワリーの見っけたんだよね」
「どんなのだ?」
「フェイクブック。毎日、自分の顔写真をキメ顔でアップしてんの。今日はツヤがいいとか添えちゃってさ。ゾゾゾっとして鳥肌が立ったし」
「そりゃあ知的で確定だな。そういう周りからの評価なんて知的にはわかんねーよ。たぶんそれ、本人は俺カッコいいだろ? ってつもりでやってんだろうな」
「ワロエなくてワロタ」
「SNSがバカ発見器なんて言われてんの知ってんだろ?」
「あ~。こいつらがその一端かぁ」
「誰もが気軽にスマホを持って情報発信できる時代になって、それまで上手く隠せてた汚ぇもんが世の中に溢れちまったんだよ」
「阿鼻叫喚ワロタ」
「やたら攻撃的な表現をしていたり、明らかに変な文章だったり、そんなバカ共を狙ったビジネスだったり、アホの巣窟だな」
「パパも攻撃的でワロタ」
「ま、俺も否定はしねーよ? 前にも言っただろ? 俺は自分をクズだと認めたうえで、クズだからこそ好き勝手に言わせてもらってんだ」
「クズの矜持イェア!」
そんなふうに笑いを交えながら二人が団欒していたところに備前の電話が鳴った。
「お、噂をすれば先日のチー牛クン、雲梯からの電話だぞ」
「え~? なんだろ? 楽しげな予感しかしない、ワクワク!」
「とりま聞いてみるから。小娘は少し静かにしていろ」
「はぁい」
加奈子は口のチャックを閉じるような素振りをした。
しばらく雲梯と電話をしたのち、備前は加奈子に向かって鼻を鳴らした。
「よろこべ小娘。予想どおり面白ぇ展開になってきた」
「なになに?」
「あいつ、実は家賃をまったく払ってなかったぞ」
「え!? だってあいつ、まぁフツーに、とか言ってたじゃん!」
加奈子は雲梯の口調を真似して言った。
「フツーに払ってないって意味だったんだろ、ははは」
「もしかして追い出されちゃう?」
「まぁ待て。まだまだ面白ぇ笑い話は残っているんだ」
「笑い話って……パパ、真面目な顔で、えぇ、えぇ、って頷いてたのに内心で笑ってたのかよ~! ワロリンチョ」
「あまりアホなこと言われたら笑っちまうだろ。 あいつ、職場でも問題起こしてクビだとさ」
「行く先々でトラブル爆発だな!」
「まだまだ。普通はそういう障害者には相談窓口となる相談支援事業所ってのがついているんだけどな。あいつ、複数の相談支援事業所で暴れたりして出入禁止だとよ」
「荒ぶる知的ヤベーなオイ」
「普通、そういう事業所ってのは同じような知的を扱ってるぶん、ある程度のことには耐性があるんだがな……こりゃあ、相当なことやってんぞ? 職員に危害が及ぶ系のヤツだ、おそらく」
「もう世界に害しかねーな!」
「本来ならどこかのセーフティネットに引っ掛かるはずだったが……こいつはそれをことごとく自分でパァにしてきたパターンだな」
「もしかして、親からもそんな感じだったのかな……?」
加奈子はそこで少しだけ同情をするような表情を見せた。
「誰にも頼れねぇ状態。だから先日ポッと現れて名刺を置いていっただけの俺を頼ってきたんだろう」
「ねぇパパ。これ無視してみよ? 無視したらどうなるかなぁ? ワクワク」
「そうはいかねぇ……動物愛護の精神はどうした」
「でもさぁ。それを言い出したら、その相談支援事業所とか福祉事務所とか、ちゃんとした機関が手を差し伸べるべきなのに、なんでそれをパパがやんなきゃダメなわけ?」
「そこが難しいところなんだよな……」
「パパにもムズいことなの?」
「福祉事務所や相談支援事業所の職員だって人間なんだ、自分の生活や立場がある。だからこそ、できることとできねぇこともある。例えば、相手を傷つけたり、信用に関わるようなことは公の顔がある立場じゃできねぇよな?」
「そんなことしたら組織の問題になっちゃうからだよね」
「そうだ……そして、だからこそ、俺たちのようなルール無用の存在が必要になる」
「うわ。おも。ふか」
「なんでもかんでもキレイなものばっか大事にする社会は、その過程で汚ぇもんを削ぎ落としている……ルールを守る奴らにはできねぇことを担う役、必要悪ってやつがあんだ」
「必要悪……まだ良くわかんないけど、たぶん、それがアタシがなんとなく身につけたいって思ったものの正体なんだと思うな」
備前は深く考え込んだ様子の加奈子を見て深く頷いた。
「だから仕方ねぇ……こいつは俺が助けてやることにした」
「ついでに養分化、でしょ?」
「小娘はひとこと余計だ」
「いったぁい!」
「そういう訳なんでな。とっととメシ食ってチー牛んとこに行くぞ」
「うんっ!」
いつもお読みいただきありがとうございます。
先日、別サイトでこの作品の公開停止をくらいました。
結末までの道筋は用意してありますが、ここに来てBAN死に値する可能性が出ており、方針の見直しを要す……?
皆様も知りすぎて消されることのないようご注意くださいネ。
何度も言いますが、この作品の趣旨はヘイトではなく生活保護が必要な人への制度の紹介です。







