知的ゲーマー(1)
当作品は沢山の人が出てきます。折角なので以後は珍しい名前を使っていこうと思います。
また、その回ごとに「学習のポイント」を、最初に書いていこうと思います。
その日、備前が外出しようとしたところで加奈子が部屋から窓を開けて顔を覗かせた。
「パパお出かけ?」
「あぁ。ちょっと近所からの頼まれごとでな」
「珍しいね。養分獲得じゃないんだ?」
「どうだろうな。本人と会ってみないことにはなんとも言えん」
「どういうこと?」
「場合によってはって生活保護になるかもしれないってことだ」
「どんな人なの?」
「挙動不審とか、いろんなルールを守らないとか、奇声を発するとか、とにかく近所では手に負えないらしく、人づてに俺のところまで話がやってきた」
「へぇ~。ヤバそうな人物で面白そうだね。アタシも行っていい?」
備前は加奈子に背を向けながら答える。
「ついてくるなら早くしろ」
「オッケー! すぐ行く!」
加奈子はすぐに来ていた服を投げ捨てて身支度を整えた。
該当者の家は近所にある古いアパートの一室だった。建物の前に車は駐車されていない。
備前がまずインターホンのボタンを押す。
「さぁて、いったいどんな人かな~?」
加奈子は悪意ある興味を隠さずに言った。
「地区長の話によると、名前は雲梯レオ、24歳、男。ひとり暮らしの派遣社員とのことだ。こないだは赤の他人である隣の部屋の住人に金の無心をしたらしい」
「ただの隣人に金貸せって!? 相当やべーな……大丈夫なの? そんな人」
「さぁな。結局はトラブルの一方からの話だ、あまり鵜呑みにしねぇで本人の話を聞いてみようぜ」
「わかった」
備前と加奈子は直立してドアの向こうの反応を待った。
「出てこないね……車もないし、出かけてるのかな? 日中は仕事とか」
「それが、話じゃ最近はずっと家にいるらしいんだ。車も持ってないらしい」
「それ……すでに生活保護を貰ってるんじゃない?」
「わからん。失業給付金なんかで凌いでいる可能性もある。ただ、真偽は不明だが隣人にまで金の無心をするって状況は尋常じゃねぇ……生活保護じゃねぇだろうとは思う」
「あ~……もしかして、すでに中で死んでたりして」
「やめろ。ガチであるからな、笑えん」
「マヂ!?」
「俺も現役時代には何度か経験した」
「へ、へぇ~……何度も経験するようなことなんだ……」
「CWには立入調査権があると話したことがあるだろ? 普段はそんなに意味もなく振りかざす権限じゃねぇし、基本的には受給者の同意を取って立ち入るんだがな。その同意を得るべき相手が連絡つかねぇときはどうする? 親族や関係者もいねぇ場合で」
「困る……」
「独居老人とかで日頃から体調に不安があるような奴とか、状況的に考えて、これは……ってケースはさすがに人命優先なんでな。大家に連絡したりして踏み込むんだよ。それで何人かは瀕死のところを救っちまったこともあったけどな。あとちょっと遅けりゃ無駄な医療費がかからなくなるところだったのに、クソッ」
「命、助けちゃダメなんかーい」
「しかも、こっちはリスク承知で踏み込んでるってのに、動物相手じゃ感謝もされねぇ……ま、ゴミの感謝など求めちゃいねぇがよ」
「どっちも酷過ぎワロタ」
加奈子は呆れたように笑った。
「ま、最近は若者の孤独死も増えてきたようだが、それでも圧倒的に多いのは老人だ。今回のは20代だろ? たぶん平気だ。居留守でも使ってんだろう」
「なかなか出てこないねー」
加奈子は2回目のインターホンを押す。
「面倒くさがって出てこない奴も多い。そういうときは出ないほうが面倒だと思わせるくらい続けてやりゃあいい……出てくるまで一定時間ごとにインターホン押しまくれ」
「酷すぎぃ!」
「俺んときは大声で、I市役所で~す! ってやるぞ。隣近所にも聞こえるくらいの声でな。出てこなけりゃさらに、生活保護担当で~す! って大声でな。別にそこの家が保護を受けているだなんて個人情報は言っちゃいねーぞ? ただ自分の所属を伝えているだけだ」
「近所にバレバレでワロタぁ」
「ま、大抵の奴は嫌がって出てくる」
「ヤクザすぎぃ!」
「ま、今の俺は個人でやってるからな。時間もあるんだ、気長に待とうや」
そして待つことしばらく。
玄関の開錠音がしてドアが開く。そして少しだけ開いたドアの隙間から身体を横に滑らせるように出てきたその男はTシャツ、ジーパンの至って普通の見た目をした青年だった。
坊主に近い短髪で不潔な印象もない。
しかしその奇抜な行動に驚いたのは備前達のほうだった。
「い、いきなり出てきてビックリしたぁ……」
「普通はもっと警戒するだろうに、いきなり飛び出してくるところを見ると、何か変なクセを持っているかもしれんな」
備前と加奈子は男に聞こえぬように小声で言葉を交わした。
「あの、どちら様でしょうか?」
男は言った。
「あぁ、申し訳ない。こちらは区長を通して話を貰った備前というものだ」
「アタシは笹石ね!」
「は、はぁ……」
「雲梯レオ君だね? 今、少しだけ話をしてもいいかな?」
備前が問うと男は少し驚いた顔をして、嫌そうに小さな声で答える。
「今ですか? ……今はちょっと……ゲームをしてて……」
「ハァ!? ゲームぅ? それでアタシたちを待たせたのかよ~」
加奈子が少し男との距離を詰めて言う。
「わ、わかりました……じゃあ、少しだけ……」
男はたじろぎ、加奈子から視線を逸らした。そこへ備前が割って入る。
「ウチのが失礼なことを言ってすまないね。俺たちは君の話を聞きに来たんだ。聞いたところお金に困っているようじゃないか。もしかして誰かの助けが必要なんじゃないかと思ってね」
「そんなこと……誰に聞いたんですか?」
「正直に言うと、近所の人みんなだよ。ゴミ出しルールは守らない、急に大声をあげる……そんな話を何人かから聞いて来たんだ」
「……そうですか」
雲梯は怒りも悲しみも見えない無表情でそれだけを零した。
「このことについて、君はどう思っているんだい?」
「どうって……どういう意味ですか?」
「君は、君が思っている以上に近所で目立つ存在になっているように見受けられるからね。それについて君自身がどう思っているのか、または何か理由があるのかとか、そういうのを聞いておきたいんだ」
「どうって……別に何も」
「そうかい?」
「俺としては、フツーにしているだけです」
「なるほど、普通にしているだけか。では、近所の人が言っていることは否定しないんだね?」
「そうなんだと思います」
雲梯は無気力そうな様子を見て加奈子は詰め寄るように割って入る。
「思いますってねぇ。君のことなんですけどっ!?」
「あ、はい。そうです。事実です」
「コイツ、ちっとも悪びれてねぇ~……」
加奈子が呆れてぼやくと備前がそれを制止する。
「おい、小娘は少し黙ってろ」
「はぁい」
少しバツが悪そうになった加奈子を自分のうしろにやって備前は再び雲梯に話しかける。
「君、両親は?」
「知りません。連絡も取ってません」
「アパートはどうやって借りた? 友人を保証人にでもしたのかい?」
「フツーに保障会社です。友人はいません」
「家賃は払えているかい?」
「まぁ……フツーに」
答える雲梯に抑揚はない。
「そうか……少し痩せて見えるが、食事はとれているかい?」
「あの……その前に、これ、なんなんですか? いきなり訪ねて来て、なんでこんなことに答えなければいけないんですか?」
雲梯は少し俯いたまま、備前と視線を合わせることなく怒気のこもった反論をした。
「それは君が困っていて、俺が手を差し伸べようとしているからだ。もちろん嫌なら拒んでもいい。だが、君は今、漠然とした不安や悩みを誰にも相談できずに困っているんじゃないのか?」
雲梯は黙った。
「まぁ、こちらも突然押しかけてきて無理に勧める気もないのでな、君が嫌なら帰るよ。だが、忠告しておくと、そろそろ君、ここに居辛くなるかもしれないよ」
そう言って備前は名刺を一枚差し出した。
「そっちが話す気にさえなれば、俺は君を助けてやれる人間さ」
そう言い残して、備前は踵を返した。
いつもお読みいただきありがとうございます。
数日前、20代の男性が空腹から道端に生えていたキノコを食べて死亡する事件がありました。
痛ましいことです。
みなさんに生活保護という制度を知っていただけるよう、なるべくわかりやすく噛み砕いて書いていきたいと思いますが、わかりづらい点などがあれば教えていただけますと幸いです。







