加奈子(回想2)
近くの蕎麦屋に入った備前と加奈子は店員を前に注文をしていた。
「もりそば大盛り。天ぷらセットと熱燗もひとつ」
「あ、アタシはもりそばで」
「なんだ、遠慮しているのか」
「するよ、そりゃあ」
「天ぷら食えない訳じゃないんだな?」
「むしろ大好きだけど」
「なら、天ぷらセットもうひとつ追加で」
「いいの?」
「ダメなら頼まん」
「ありがとパパ」
「パパ? なんだそりゃ」
「こういうの、パパ活になるのかなぁって」
「そんなつもりは更々ねぇが好きに呼べ」
「あ、実は嬉しかったり?」
「養分に興味がねぇだけだ」
「扱いひっど!」
「大丈夫だ。これでも動物愛護の精神なら持ってる」
「それならいいけど~」
備前は鼻で笑った。
「で、だ。小娘に生活保護を申請させるにあたり、事情を良く知っておく必要がある。正確に答えろよ?」
「わかった」
「おっと。その前にひとつ確認するが、生活保護は千葉県I市で行うことにする。自ずとそこで生活してもらうことになるがいいか?」
「いいけど……どうして?」
「生活保護は基本的に居住地で貰うからな。小娘には生活の拠点をI市に構えてもらう。俺の本拠地がそこにあるからだ」
「あ~……上前を撥ねるからだよね?」
「そうだ」
「私が断ったり、踏み倒そうとしたら?」
「お前の保護はそこまでだ。どちらが得か考えてみるんだな」
「わかった。わかったよ。パパの言うとおりにする」
「よし。じゃあ次は小娘の経歴を聞かせてもらおうか」
「経歴?」
「父は誰々、母は誰々、どこで生まれ、何々小学校、何々中学校を卒業……って感じの話だよ」
「そんなこと聞いてどうするの?」
「どうせ保護申請のときに聞かれるからだ」
「へぇ~。そぉなんだ~」
加奈子は感心したように言った。
「そういうことなら教えてあげる!」
そんなふうに加奈子は得意げになって自身の経歴を語り始めた。
地元の高校を卒業後、職にも就かず実家に居座って漫然と数ヶ月を自堕落に過ごし、そのことで両親と喧嘩をして家を飛び出し、現在に至っている。
「加奈子か……もっとキラキラした名前かと思ったよ」
経歴を聞いているうちに出てきた蕎麦を食べながら備前は言った。
「感想そこ!?」
「あとは典型的なバカ娘だから感想はないな」
「ひどっ!」
「で? そんなバカ娘がどうして神奈川から大阪まで出てきた?」
「え~っと……観光?」
「訂正する。最強のバカ娘だった。お前、まさか知的か?」
「違うよっ! 本当にパパは酷いなぁ……」
「まぁそう言うな。詫びにほら、手をつけてない天ぷらをひとつやるから」
「ホントにっ!? パパ優しいっ!」
備前はまた鼻で笑った。
加奈子はそんな様子をまったく気にもせず嬉しそうに天ぷらを受け取る。
「しかしそうだな。これで大体のことはわかった」
「アタシ、生活保護貰えそう?」
「ん? まぁそのまま行っても十中八九、働けと追い返されるけどな」
「あ~……やっぱそうだよねぇ」
「両親にも扶養義務があるからな。扶養照会が両親のところへ行き、居場所がバレて連れ戻される可能性もある」
「ヤダ! それは絶対にヤダ!」
「ヘタしたら俺まで未成年略取だ」
「それは平気! アタシが勝手にパパについていくだけだから」
備前はそれを聞いて不敵に笑う。
「そうか。そこまで言うからには俺の指示には黙って従うんだろうな?」
「え、Hなことはヤダよ……?」
「なら、それ以外はOKだと受け取っておこう」
「こ、怖い……パパちょっと怖いよ」
「嫌なら降りろ。メシも自分の注文くらい自分で払え」
「ひ、ひどっ! お金ないの知ってるくせにっ!」
「なら良く考えるんだな。自分に選択肢があるのかどうか」
「あうぅ……悪い人に捕まっちゃったかも……」
「バカ言え。いったい誰が悪いことをするって言ったんだ」
「……え? 違うの?」
「違うな。ただ定められたルールに沿えるよう条件を整えるだけだ。適法なんだよ」
「でもパパ、ものすごく悪い顔してる……」
「気にするな。元々こういう顔なんだよ」
「そうかなぁ……」
「そうなんだよ。それよりほれ、天ぷらもうひとつ食うか?」
「えっ!? ホントに? じゃあ、もーらいっと!」
「腹いっぱい食えよ」
「うんっ! ありがとパパ」
「安心しろ。生活保護を受けられるように俺がサポートしてやるから」
「うんっ! 色々ありがとねパパ! やっぱりパパはいい人だった!」
備前はまた鼻で笑った。