更年期サイマー女(3)
古謝との打ち合わせを終え、帰路に就く途中で加奈子は隣を歩く備前に聞いた。
「今回はパパに聞きたいことがたくさんあるんだけど」
「だろうな。ウソをつくかもしれんとは最初にも言っておいたが、小娘はどこがウソだったかわかるか?」
「アタシにわかるわけないじゃん」
「ハズレでもいい。違和感とか、不思議に思ったことを言ってみろ」
「強いて言えば手持ち金かなぁ……タンス預金ってことは現金だよね。前にパパが言ってたように現金ならバレなくない? って思った」
「それも正解だ」
「やっぱり?」
「じゃあなんでそんなに答えるのに自信がなかったんだ」
「だって、父親の口座からおろしたって言ってたからさ。口座の取引履歴とか調べられたら父親の死亡日以後に引き落とされた現金は何処にあるんですか? とか追及されるのかもしれないと思って黙ってたの」
「結果的には前にも話したとおり、使っちまったで済む話だが、小娘なりに色々考えてるんだな、感心したぞ」
「そっか~……知らないことがあるかもって迷いが判断を鈍らせてきたか~」
「はっはっは。また一つ勉強になったか」
「うん。自信を持って対応するには裏づけになる知識とか経験が必要なんだね……アタシ、もっともっと勉強しなきゃ~……」
「ま、ほかにもお互いに変なところや隠してることはたくさんあるんだけどな。本当はもっとタンス預金があるだろうとか、税金の差押を警戒してる背景とか、そういや借金の原因でも最後までソシャゲとは言わなかったな」
「お互いに見栄とカッコつけワロタ」
「経歴聞いたら、勤務履歴がポンポン出てきたろ」
「うん。キャリアアップで転職とか、カッコイーって思った!」
「それな、派遣で転々としてるだけだぞ。原因も俺には良くわかった。あの女の人生の全てが、会う前からの俺の予想通りだった。正確に言うと、数パターンのうちの一つだった」
「マヂか」
「言っただろ? 俺はそういう人間をクソほど見てきた」
「け、経験値がケタ違いすぎワロタぁ」
「だからホレ。疑問点はなんでも聞いてみろ。あの女の心理から、俺が対応したことまで語り尽くしがたいところもあるが聞かれたことには答えてやるぞ」
「なぜか相手のことまで説明できちゃうのエグいって」
加奈子はケラケラ笑ったあと、真面目な表情になって聞く。
「つまり今回は、正直に手持ち金があると言わなければ勝手に生活保護申請が通ったってこと?」
「見たら家も資産価値がねぇしな。そういうことになる」
「それなのに20万円もふんだくったってこと!?」
「ほかにも破産手続きやら車の保有やら色々引き受けたろ? 破産手続き一つとっても触れたよな? 正直、安いくらいの仕事だぜ。ま、こっちも事務所の看板掲げてるわけじゃねぇ闇だから引き受けてやるんだがよ」
「パパなのに良心的なお値段とか不思議だなぁ……? ていうか、これも疑問だったんだけど、今回はどうして養分にしないで1回ポッキリの20万円にしたの?」
「端的に言うと、こっちが願い下げなんだよ。大体お前、アレと養分契約とか結べそうだと思ったか?」
「あ、あの感じだと無理だね」
「しかもボロアパートに入るわけでもない。さらに言えば派遣先を転々として、そのうえ実家暮らし未婚の経歴で性格がまともな訳ねーだろ。地雷物件なんだよ。俺にとってうま味がないどころか、長期的に関わるとヤベーことくらいわかるだろ?」
「あ、あぁ~……実はね、なんとなくね? あの人には申し訳ないんだけど、そんな気がしてたぁ……」
「さすがだな。俺が見たところ、小娘、お前はそういうのを感覚的に察する能力がかなり高い。自分のその感覚、もう少し信用していいぞ」
「あ、ありがとパパ」
「良く覚えとけよ? こじらせた更年期カン違いババァはあとあと面倒だ。今回は小娘の勉強に付き合ってやったが、目を養って相手を選べ?」
「そ、そういえば……聞き取り中にも変だなぁと思ってたことがほかにもあってぇ……なんかあの人、アタシにだけ当たりが強くなかった?」
備前は鼻で笑った。
「気づいてたか……やはりこの世界は気づかないバカなほうが幸せかもしれんな」
「え!? どういうこと!?」
「お前、あの女から格下に見られてたんだよ」
「え!? ど、どうして!?」
「まぁ、大部分が若さへの嫉妬だろう。小娘は真面目ぶってもどこかギャルっぽい印象が残るだろ。それがおそらく低学歴な印象に結び付いて見下されたんだ」
「ひっど! なにその人を見た目で判断する奴!」
「そうだよなぁ? 小娘のほうが生活保護の先輩なのになぁ?」
「その憐れみの目をや~め~ろ~!」
加奈子は備前をポカポカと叩いた。
「ははは……ま、許してやれや。あの女にとっちゃ、それが唯一のプライドなんだからよ」
「そういえば経歴! アタシでも知ってる有名な大学だった! でもさ、そんなに頭がいいのに、どうしてあんなんになっちゃったんだろう?」
備前は鼻で笑った。
「あんなん、とは……ははは、小娘もずいぶんと言うじゃねーか」
「見下してくるような奴に遠慮なんか要らナッスィング」
「ははは。嫌いじゃないぜ、そういう考え方」
「アタシさ。ちょっと先に生まれただけで偉そうにしてくる奴とか、ほかにもそういう理不尽な奴、大ッキライなんだよね」
「なるほど、では俺は全てにおいて小娘に勝っているので偉そうにしていいし、ゲンコツしても小娘が悪いので理不尽ではない。つまりは全てがセーフということになるな」
「くっそぉ~! パ・パ・めぇ~!」
加奈子は備前を睨みつけ、備前は軽快に笑った。
「だが小娘が誰に対しても物怖じしない理由が良くわかったぜ」
「もしかしてダメ? パパも年上は敬えってタイプ?」
「いや? 俺も同類だな。むしろ老人は用済みって考え方だ」
「そうだったワロス」
「……で、脱線しちまったが、あの女がどうしてあんなモンスターになっちまったかだったな」
「モンスターとまで言ってなくて草」
「簡単に言えば、プライドだけが高ぇゴミなんだよ」
「プライドって、ご飯買えますかぁ~?」
「そういうことだ小娘。だがな、あれはあれで同情される部分もあるんだよ。生まれた時代さえ違ったらなってな」
「時代?」
「あの女も俺や隆史と同じ就職氷河期だからな。いい大学を出ても正社員になれなかった人間はたくさんいたんだ」
「ほぉん」
「他人事だな……まぁいい。で、そのまま非正規の不安定な立場のまま40代になってみろ」
「どうなるの?」
「同じ非正規なら、雇う側としては若い素直な人材のほうがいいに決まってんだろ」
「そりゃそうだ」
「だからある頃から一気に需要がなくなり、仕事を失うんだ」
「じゃあずっと同じところで我慢して働けばいいじゃん。転々としてたあの人が悪くない?」
「そういう側面もある。が、おそらく全部が全部、あの女の原因だけじゃないんだぜ? 景気なんかに左右されて雇い止めになった経験もあると思う。だが、どんな理由であれ、需要がなくなる年齢に達した以降に切れた時点で次はない」
「ヒエッ……」
「そうならんために必死で安定した職を探す同年代も多かったがな。あの女は実家暮らしゆえに生活費もそれほどかからなかったろうから、ぬるま湯に浸かっちまったんだ」
「アタシも少しプータローだったから、気持ちはわからんでもないなぁ……今にして思えば、口うるさく言ってくれた両親とか、ありがたかったんだなぁ……」
「なら、ゲンコツをくれる俺はもっとありがたいな?」
「やだよっ!」
「はっはっは。ホームシックなんだろ? じゃあ実家に帰れよ。さよならバイバイ」
備前は喜々とした様子で加奈子に手を振って見せた。
「かかか、帰んないよっ! もう! パパは酷いなぁ」
加奈子は備前の袖口を少し摘んで言った。
「じゃあお前、この先どうすんだ?」
「アタシ? アタシはしばらくパパの下で修行して……」
「プロの生活保護師とやらにでもなるつもりか?」
「う~ん……」
「ほれみろ。その程度じゃねぇか……そんなふうにしてたら、あの女みてぇになっちまうぞ?」
「そぉだけどぉ。今はまだ、そぉだけどぉ」
加奈子は返答に窮しながら身を捩っていたが、やがて話題をそらすように明るい声で仕切り直す。
「じゃあさ。あの人は時代が悪かったから、ああなっちゃったわけ?」
「いや、それだけじゃねぇ。本人のせいもあるんだろう。事実、こうなるまで甘えていたと言われても仕方がねぇ」
「でもさ。あんなにいい大学出てもそんなんじゃ、氷河期ってヤバかったんだね」
「正直、ピラミッドの頂点にいた俺には実感がなかったんだけどな……それはともかく、あれより学歴的には低くても幸せな同年代はたくさんいるだろうが。要は生き方の問題をあの女は間違えてしまったのもあるな」
「生き方?」
「どんな時代だろうと、その時代に合った生き方ってのがある。賢く立ち回りたきゃ自分を変えていくのも戦略の一つだ。例えば頭が悪かろうがいい男を見つけて幸せになっている女のほうが結果的に賢い気がしねぇか? 少なくとも今の底辺のあの女よりは」
「なるほど……もしかして薄々とわかってて、しかも自分はもう手遅れだって気づいてるからアタシの若さに嫉妬した的な? 若い女はみんな敵! みたいな」
「十中八九な。極貧ババァのくせに妙に身なりを気にしてたふうからも読み取れたな」
「たしかに。若い頃は綺麗だったのかもしれないね」
「チヤホヤされただろうよ。そしてだからこそ狂う。高学歴でレベルの高い私にはもっとレベルの高い男が見合うハズだと」
「どんだけ偉いつもりだよ!」
「きっと多くの男がヒデェ思いをしたんだろなぁ」
「氷河期弱男、カワイソス」
「男にも男の問題はあるがそれは別として、大方想像できるムーブとしちゃあ、周りの友人たちが次々と結婚していくなか、心の中ではその旦那たちを低レベルな男だなどと友人たちを見下し、自分はもっと高レベルの男を探さねばと自らのハードルを上げていく。時間とともに自らの価値は減少していくのにな」
「無情すぎワロタ」
「その過程で苦しい正当化も経てきたんだろうよ。男が悪い。若さが全てじゃない。子を産むだけが女じゃない……そして気づけば家庭を築いた友人たちには痛い目で見られ距離を置かれ、男にも相手にされなくなり、寂しさを紛らわす何かを探し出す……人によっては酒、推し、ギャンブル。あの女にとっては……」
「買い物、ソシャゲ……いい服着てたね、ワロリンチョ」
加奈子は憐憫にポツリと言った。
「そういえば、借金の理由。生活費って言ってた。アタシに事前相談したときと違った」
「俺の前で忸怩たる思いがあったんだろうよ」
「どゆこと?」
「あのテのプライドが高い女はな。格下の男には強く出るくせに、格上だと認めた男には途端に緩むんだよ」
「じゃあもしかして、なんか今日パパがキラキラしてて気持ち悪……カッコいいのも……?」
「最初に言っただろう? クソ女センサーだと」
「いやぁ。パパの名刺の資格とかエグいからねぇ……超デキる男にしか見えんわ!」
「そう。だから俺には強く出ることができなかったんだ。自分が惨めでよ」
「クソ女センサー機能しすぎワロタぁ」
「ちなみに貧困の更年期オバサンにはほかにもいくつかパターンがあってだな。ヒステリーババア、統失ババア……ま、ろくなのがいねぇから下手に刺激しねぇよう丁寧に対応しておいて間違いがねぇし、だからこそ今回、俺は最初から単発で切り上げるつもりだったんだよ」
「養分は選んだほうがいいんだね……骨身に染みるぅ」
「ま、小娘の勉強になりそうだと思ったら1回ずつくらいは教材にしてやってもいいがな」
備前は軽快に笑っていた。
「ち、ちなみに……養分を選ぶで思い出したんだけど、パパ、ホームレスのポチを拾うときも手を出そうとしなかったよね……? な、なんで……?」
「ホームレスか? そんなんリスクが高ぇからに決まってんだろ」
「もしかしてアタシ、知らなかったとは言え、ヤバかった?」
「ポチの場合は結果的に大丈夫だったけどな。考えてもみろ。ホームレスなんか俺たちの支援がなくたって身体ひとつで申請すりゃあ生活保護決定みたいなもんだろう? それをなぜしないんだ?」
「た、たしかに……? どうしてなんだろう……?」
「表に出せないような、うしろめたい背景があるんだろうよ。ヤベーのから逃亡してたり、犯罪に関わってたり……お前、あのセクハラポチに犯されて殺されたりしなくて良かったな」
加奈子は竦み上がる。
「こ、恐いぃ……パ、パパ。やっぱりポチ捨ててきてぇ」
「ははは。ポチなら小娘に完全に怯えてるから大丈夫だろう。生き物は大切にしろよ」
「あうぅ~」
「ま、以後は気をつけねーとな。養分は選べよ?」
「そうするぅ……」
「しかしまぁ。恐いもの知らずの若者がこうやって徐々に怖いものを覚えていくんだなぁ」
「か、感心すんなよう! 乙女の危機なんだぞ!?」
「は? なにお前? まだガキだったの?」
「悪いかよぅ……言っとくけど、パパにはやんねーぞ」
「いらね……しっかしまぁ、家出少女なんかやってっから、俺はつい……プッ」
「くっ! このやろー!」
加奈子は顔を真っ赤に染めながら備前にローキックを繰り出していた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今日のあとがきは少し長くなります。
一昨日の高浜市役所放火事件についてです。
まず、恐怖のなか対応なされた職員の方に敬意を表します。
ニュースで得た情報では、該当者は3月に差押を受け、月10万円の分納約束。それを先月から月5万円に減額要求したことからトラブルに発展し今回の事件へ。
私の勝手な想像だと該当者の滞納額は軽く100万円を超えます。
税金には徴収猶予というルールがあり、最長2年なので、滞納額を24ヶ月で割って5万円では承認できない額だったのだろうとの推測からです。
一方で月10万円分納が可能と判断される所得の多さも推測でき、滞納者=貧困ではないことの証明にもなりますね。
ただ、統計的に見ればその円はだいぶ重なるとは思っているんですが……
私の勝手な想像だと、このあと該当者は逮捕→無職→執行停止ですかね。
それとも重症の結果……?
一応、執行停止については、このあとの当作品内で詳しく説明する予定です。
差押についても詳しく解説したいのは山々なんですが、当作品の重点が生活保護なので脱線しちゃうなぁ……と悩みどころです。
ですが、もし実際に困っていて詳しく知りたい方がいらっしゃれば、私なりに細かく噛み砕いてお伝えしていきたいと思いますので、ご意見などいただけますと幸いです。
しっかし、小説内で「市役所に放火」なんて書いたら途端にリアリティを失いますが、現実なんですよね。
実はこんなふうに書けない話や言葉も現実にはある訳で、だいぶ酷い内容で書いてる自覚はあるんですが、一方で、これでも聞いた話をマイルドにしてる部分もあります。
この辺りは本当にバランスがムズい!
こちらもご意見いただけると幸いです。
でも、動画を見ましたが刃物を持ってカウンター内侵入はさすがにやりすぎ。
ぜひ高浜市役所の職員さんや事情を知ってる方のお話を伺いたいですが、今は渦中で忙しいんだろうなぁ……
ぜひ行政暴力に負けないで頑張って欲しいです。







