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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
オムニバスパート

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更年期サイマー女(2)


 先にテーブル席について二人を待っていた相談者は、二人の姿を見ると立ち上がって一礼した。


「はじめまして。古謝こじゃ(ゆかり)と申します」


 古謝の外見は40代後半。身なりは上等、器量も悪くはないが加齢による老いが現れている。それに化粧で抗いながらも小太りの隠し切れない体型がひとことで表すならオバサンという印象を放っていた。


「はじめまして。生保申請代行の備前と申します」


 にこやかな笑顔とともに備前は右手を颯爽と差し出し、古謝と握手を交わした。


「うわ~……なんかパパ、キラキラしてて気持ちワリー……」


 そんな様子を見ながら加奈子は顔を引き攣らせ、小声で漏らした。


「そしてコチラが事務員の……」


 備前に突かれて加奈子は飛び上がるように姿勢を正す。


「笹石と申します。よろしくお願いいたします!」


 加奈子の元気な挨拶と笑顔を見て、古謝は小さく一息をついた。


 その後、備前たちは古謝の対面に座り、それぞれコーヒーを注文したところで改めて古謝の事情を聞くことになった。


「ええと……何から話せば良いやら……」


 古謝は頬に手を当てながら首を傾げた。


「深くお考えにならずに結構ですよ。こちらも会話のなかで聞いていきますから。まずはそうですね、世帯構成から聞かせていただきましょうか」


「えぇ……実は先日、父が他界しまして。数年前に母も亡くしておりますから、今は相続した実家に私一人です」


「ご兄弟は?」


「一人っ子です」


「では、住む場所には苦労なさっていないのですね?」


「はい。私が生まれた頃に両親が建てた家ですから少々古いですが、私が住むぶんには」


「住み慣れているでしょうからね。しかしまた、それではいったいどういったお困りごとでのご相談だったでしょうか?」


「実は……ちょうど仕事を辞めてしまいまして」


「そうでしたか」


「お恥ずかしい話、勤務先の人間関係で少し……」


「無理に話していただかなくても結構ですよ……では、今は、お仕事を探しているという状況ですか」


「はい……ですが……」


 古謝の歯切れの悪い言い方を備前は笑顔で止めた。


「なるほど、少し苦戦をしているところ、という訳ですね」


 古謝は備前のフォローに少し安堵した表情を見せながら続ける。


「はい……それで貯金もわずかになってしまい……恥ずかしながら、今までは父の年金があったのでなんとかなっていただけだと気づいてしまいました……」


「それはお辛かったですね。……では、それで私どもにご相談なさったと」


「はい……」


 相変わらず古謝の歯切れは悪い。


「何か気になっていることがおありの様子。普通ならなんら気兼ねなく福祉事務所の相談窓口に行けば良いのです。こうして私どもにご相談いただく時点で、みなさま様々なご事情を抱えていらっしゃいますから、私どもも大抵のことでは驚きません。どうかご心配なさらずに、なんなりとお話ください」


「ありがとうございます。ですが本当に大丈夫なんでしょうか? 実は前に一度、福祉事務所に相談に行ってはいるのですが、生活保護の申請はさせてもらえなくて……」


「では、そのときはどんな理由で断られたのか覚えていらっしゃいますか?」


「父名義とはいえ実質の持ち家であることと、実は、生活保護になっても車に乗りたいという希望が聞き入れてもらえませんでした」


「車ですか。それはまた、何か特別な理由があってのことですか?」


「だって、不便じゃないですか。買い物に行くにしても」


「お気持ちはわかります」


「ただ、原則として所有も運転も認めないと一点張りされてしまって……維持費くらいなら自分で保護費からやり繰りする自信はあるんです」


「そうでしたか……。まぁ、福祉事務所の対応もいつもどおりといったところですね」


「車はどうしてもダメなのでしょうか……」


「いえ、あくまで原則ですので、私なら通せると思いますよ」


「本当ですか!? 大丈夫なんですか!?」


「もちろん実績もたくさんありますよ……あ。名刺をお渡ししておりませんでしたね。私、こういう者です」


「弁護士、税理士、公認会計士、行政書士、司法書士、FP、宅建……こんなに!?」


 古謝は驚いた表情で備前を見るが、備前はそれを誇る様子もなく自然に微笑んでいる。


「ええ。古謝さんのような条件の方もたくさん通してきましたよ」


「ええ……すごいです……でも……」


 古謝は視線を伏せる。


「まだ何か心配ごとが?」


「実は、私……色々なところに借金があって……」


「大丈夫ですよ。それは税金ですか? それとも民間債務ですか?」


「両方です……生活費が足りなくて借り入れたり、税金も払えなかったり……」


「どのくらいの残高があるか把握していらっしゃいますか?」


「カードローンは50万くらいで、税金は……ちょっともうわからないです」


「なるほど、わかりました」


「あの……市役所に相談に行くのに、市役所に滞納があってもいいのでしょうか?」


「もちろん。生活保護に税金の滞納は関係ありませんよ」


「あと……こんなことを言うと聞こえが悪いかもしれませんが、生活保護ってすごくお金が少ないって聞きます。なので借金がどうなるのかが不安で……」


「なんなら自己破産もご案内できますよ? 破産というとたしかに良いイメージがないかとも思いますが、上手くいけば借金はチャラですからね」


「でも、破産をしても税金の未納はなくならないと聞きました……」


「と言うことは、すでに破産を検討されていましたか……ですがご安心ください。私は税金に関してもプロですから、なんとかできますよ」


「本当ですか!?」


 古謝は食いつくように備前を見た。


「ええ。ただ、私にお任せくだされば、ですが」


 備前の微笑みを受けて古謝はまた少し視線を落とす。


「で、でも家は? 破産するのに財産があってもいいんですか?」


「もちろん条件はありますが……私の見立てですが、お父様が亡くなられてからご自身で名義変更などの登記はしていないのではないですか? 色々と手間もかかりますし」


「登記?」


「法務局で土地建物の名義を書き換えたりすることです」


「あぁ……そういったことも必要だったんですね……すみません、世間知らずで」


「とんでもないことです。ですが、これで所有者として表には出ていないことがわかりました。私にお任せくだされば上手く手続きしておきましょう」


「本当ですか!?」


 古謝は食いつき、備前は怪しく微笑む。


「えぇ、それはもう。実績も十分にあります」


「ぜひ! ぜひお願いします!」


「わかりました……では報酬の件も含めて、詳しい話を聞いていくことにしましょうか」


 備前がそう言うと、古謝の表情に緊張が浮かんだ。


「報酬……でも私、支払えるようなものはほとんどありませんけど……」


「ははは、そんなに警戒なさらずとも無理に取り立てたりはしませんよ? 私どもは取り立てる側ではなく、あなたに寄り添い助ける側ですから」


 備前は古謝の緊張を解すように笑顔で言った。


「そ、そうですか……」


「しかし、私にも少し疑問があるのですが、収入が絶えてしまって、今は何を元手に生活をなさっているんです?」


「何を、とは?」


 古謝はまた警戒を強めた様子で聞き返した。


「いやなに、場合によってはすぐに生活保護申請をすべき緊急案件かもしれないので、念のために聞いておきたいだけなのですが」


「実は、父の残した預金が少しありまして……」


「なるほど。しかし亡くなられたとなると、すぐに口座は凍結されてしまったのではないですか?」


「そうなる前に銀行から全て引き出しておいたんです……と言っても、相続人は私しかいないので、別にあとからどうにでもなるんですけど……」


「お詳しいですね」


「これでも一応、今まで普通に働いてきましたので。今はタンス預金として30万くらい残っていますが……もう二カ月生活できるかどうか……」


「なるほど……状況は良くわかりました。結果的にとても賢い行動です」


「そ、そうですか?」


 そこで備前は隣に座る加奈子を見た。


「どうだろう笹石クン。古謝さんの生活保護申請は可能だろうか? 君の考えで判断してみてくれたまえ」


「は、はい! ……アタシの考えでは手持ち金の30万円が最低生活費を上回るため、要否判定が通らないと思います」


 加奈子が言うと古謝は驚いた顔をした。


「そんな! 私、全財産がたったの30万円ですよ!? 収入もないのに……それじゃあ私に死ねっていうことですか!?」


 そして加奈子に食ってかかろうとする古謝。


 備前は古謝をなだめるように手のひらを古謝に向けた。


「まぁまぁ古謝さん。笹石はあくまで表面上の条件から申し上げたまでですから。ご希望でしたら私のほうに生活保護申請をすぐに通す考えもあります。先ほど申し上げたとおり、破産手続きも、税金滞納の件も、車の保有についても、全て対応可能です」


「本当ですか!? ならぜひ! ぜひお願いします!」


 古謝の表情は、視線が加奈子から備前に移る瞬間に明るく変貌する。


 それを見て備前は優しく微笑みながら続ける。


「では申請にあたっての要点をお話しましょう。今回の件についての報酬は、あなたのタンス預金のうちから20万円とします」


「なんですって!?」


 古謝は途端に表情を引きつらせた。


「古謝さん聞いてください。驚いたでしょうが、この話には続きがあります」


「そ、それはいったい……」


「先ほど笹石が口にした最低生活費ですが、古謝さんは家賃の必要がありませんので、生活扶助の部分が金額にしておよそ7万円弱なんです。ですから、手持ち金が上回っているうちは生活保護申請をしてもおそらく通らないという状況は本当なんです」


「では手持ち金が尽きてから申請をしろってことですか? そんなの、借金と通算すればむしろマイナスになるのに!」


 古謝は感情を昂ぶらせて声を上げた。


「落ち着いてください古謝さん。借金は借金、手持ち金は手持ち金です」


「そんなの……。そんなのどうすれば……」


 古謝は感情の乱高下に任せて今度は泣きそうな表情へと変わった。


「ですから、それを私に報酬として支払い、減少させるのが目的なんですよ」


「あえて支払う……ということですか?」


 備前は「お見事」と古謝を持ち上げんばかりに不敵に微笑む。


「いいですか? この話は古謝さんにとって多くのメリットがあります。①つ、今すぐ生活保護申請ができて心の安寧につながる。②つ、残る10万円を持ったまま本来通らない要否判定を私が通せます。③つ、普通は弁護士等に破産手続きを依頼すればそれだけで30万円近く費用がかかることもあります。④つ、私ならば税金の滞納についても対応可能です。⑤つ、車の保有についても良い言い訳を提供できます」


「わあすごい。今ならとってもお得ですね?」


 隣から加奈子がタイミング良く、テレビショッピング出演の女性案内人の如く口を挟んだ。


「いかがでしょう、古謝さん」


 備前はテーブルに身を乗り出す。


 古謝は少し考え込んだあと、重く頷いた。


「わかりました……備前さんに、お願いします」


 備前は柔らかく微笑む。


「良かった。では、あとは生活保護申請に必要な細かい情報の聞き取りだけですね。ここからは事務員の笹石が伺います」


「よろしくお願いします」


 加奈子は発声とともに改めて頭を下げた。


「では、さっそくですが……」


 メモ帳を開いて、古謝の生い立ちから聞き取りが始まった。



 いつもお読みいただきありがとうございます。


 昨日7/16、高浜市役所で放火事件がありましたね。

 納税トラブルだとか。少し前にも宝塚市役所で火炎瓶投下事件がありましたし、今後、「無敵の人」は増えるのではないでしょうか。


 今回は液体を自分で被って火をつけたようですが、事実は小説より……とも言いますし、このような背景にどんな心理、考え方があるのか、気になる今日この頃です。

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