要否判定(2)
備前の講義二限目が始まった。
「さて、続いて収入認定についてだが、基本的に公的な収入はバレるが、仕送りや養育費など個人的な金は現金で受け渡せばほぼバレねぇ。また、小さな自治体だと税金の滞納対策などと違って詳しく調査されないこともあるらしいな」
「どうして?」
「知らんが、普通に人員不足とかじゃねぇか? 税金ともなれば収納率だなんだと世間の厳しい目があるんだろうが、所詮は生活保護者のたかが知れた金額だしな。貧乏人の相手なんかしてる暇がないんじゃねぇの?」
「税金とかと同じなのかと思ってた」
「たしかに生活保護では国税徴収法を準用するんだが、準用したところで使う側が同じようにできるかはまた別の話なんだろうなぁ」
「ふぅん」
「で、だ。収入として認定されるのは、給与、年金や恩給、不動産収入、営業、農業、株、配当、児童手当、児童扶養手当、児童扶養特別手当、失業給付、養育費、仕送り……それから盲点となりがちなのが生命保険などの資産だ」
「あ! アタシのときにも親が掛けてて本人が知らない生命保険なんかがあるかもしれないとか言ってたやつ!」
「良く覚えていたな。それから要否判定では預金残高や手持ち金も収入とみなされる」
「どゆこと?」
「無職で収入がなくても、預金が最低生活費、つまり先ほどの計算例で言えば、11万円を上回っていれば一カ月はそれで生活が可能だからそれを活用すべしと却下される」
「無職でも!?」
「要否判定の上ではな」
「じゃあ引き出して使っちゃったって言えばいいんじゃないの?」
「いいぞ。いいクズっぷりだ」
「ぃやったぁ!」
加奈子は飛び上がってガッツポーズをした。
「どんな言い訳があるかなぁ。医療費がものすっごくかかったとか?」
「福祉事務所はレセプトっていう資料で、どんな医療を受けたのかわかるからバレるぞ」
「うげ」
「さらに言えば、国民健康保険には高額療養費制度って制度もあって、月の医療費には大体上限が定まってんでな。生活保護になるようなゴミ世帯は大体は一番下かその次の階層で、月の上限がそれぞれ1万5千円か2万4600円のどっちかだ」
「そうなんだー……って隙あらばまた新しいワード出してくるぅ……」
「要するに月に一定以上の医療費は戻ってくるから、その一定額以上は最低生活費に上乗せされないんだ。まぁゴミ世帯のなかには保険料未納でその上限が効かねぇのもいるんだがな」
「自業自得ワロタ」
「さっきの最低生活費11万円の計算例では含めなかったが、一応この医療費の部分は要否判定でも最低生活費に上乗せされるから覚えておけ。介護保険も後期高齢医療保険も困窮する世帯は大体同じく1万5千円か2万4600円のどっちかだ」
「えぇーっと。さっきの計算例の最低生活費11万円の人で、健康じゃない場合は医療扶助として1万5千円とかを足して計算できるから……最低生活費が12万5千円に増えて要否判定が通りやすいってこと?」
「そういうことだ」
「なるほど~」
加奈子は腕を組んで何度か頷いた。
「あとは手持ち金を使っちゃった言い訳さえあれば、アタシのなかで何かが完成されるような気がする……」
「ははは、なんだそりゃ」
備前は鼻で笑った。
「そんなのは適当に借金を一括で返したとでも言っておけばいいんだ」
「そなの?」
「例えば二カ月にいっぺん入金される年金が入った直後は預金残高も多いだろうからな。借金返済などを理由に使い切ったテイで全額を隠しておくのが利口だぞ」
「いや? でもアタシが安岡さんの立場なら返済した領収書見せろって言うし」
「なら俺は親戚の借金と言い張って、例えば佳代に領収書を作ってもらうぜ? どうせ扶養照会で親族に生活保護申請したことはバレるんだ。どうせなら協力してもらう」
「パパめぇ~!」
加奈子は備前を恨めしげな目で見る。
「一応、年金等に関しては推定残高って計算方法もあるんだが、それをしねぇで単に手持ち金で判定している福祉事務所もあるからな。安定する言い訳としてはやっぱ消費したか紛失したかだ。ま、当然疑われて追及されるだろうからそれに耐える毛の生えた心臓が必要だな」
「パパなら余裕で追及をかわしそうだね?」
「かわす? バカ言え、俺なら叩き潰す」
「余計にワリィで草」
加奈子はケラケラと笑った。
「そういえば、推定残高ってのも初めて聞いたよ?」
「簡単だ。例えば年金月に20万円、月換算で10万円の年金があるとして、ちょうど一カ月経過した日に申請するとなると半分の10万円は手元に残ってるだろうって考え方だ。この考え方を採用している福祉事務所なら年金が入った月に一時的に預金残高が高くなっていても保護申請が通ったりする」
「採用してない福祉事務所だと、預金が20万円もあるから却下だ~! ってこと?」
「そうなる可能性もある。だが逆にそういう福祉事務所は申請時点の手持ち残高で判断する以上、一時的に借金返済や散財をしちまえばいい」
「ウェーイ! 派手に使っちまったぜぇーい!」
「そういうバカが本当にいるから笑えねェんだがな」
「死ねばいいのにね~」
「あと、借金を月々返済してて手元に残る金が少ないってのは基本的には通用しねぇで額面を見られるんだが、年金を担保に借入れできる制度もあってだな。その年金を担保にした借金の返済分はなぜか収入から差し引いて計算してくれる福祉事務所もあるから、なんでも事前に確認しておいたほうが得をするぜ」
「言うて年金の話じゃん! ジジィばっかズルい!」
「ま、そう思うなら若者は頑張って老人に道を譲ってもらえるよう声を上げろ」
「なんて言ったらいいのさ~」
「さぁな。少子化対策と絡めて、老人が消えたら子どもを産む気になりますとでも言えばいいんじゃねーのか? ハハハ」
「もうパパ、サイアクー! 完全に他人事じゃん!」
「そりゃあそうさ。たとえ国が滅びようが死にゆく俺には関係ねぇからな、好きにやってくれ」
「クソめ~」
加奈子は備前を睨んでいた。
「どうだ? これで最低生活費と収入を比較できそうか?」
「う~ん……まぁ、大体の仕組みはわかったぁ~」
「不安なら、もう少し練習問題に付き合ってやろう」
「わ! それそれ! アタシ具体的な数字のほうがわかりやすいみたい!」
「良し。それじゃあ次は二人世帯のケースでやってみるか」
「うん!」
備前の講義は大盛況だった。







