表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
前章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/96

備前正義


 夜も深まった頃、備前の部屋を加奈子が訪れた。おつまみを作ってから自室に戻ったときのまま、玄関には鍵が掛かっておらず、加奈子はおそるおそるドアを開け、内部に向かって声をかける。


「パパ? ちょっと食器だけ先に返してもらおうかと思ったんだけど……」


 返事がないことを不審に思って加奈子は部屋に入った。


「パパ? 寝ちゃってる?」


 加奈子がリビングに顔を覗かせるとそこには酒を傾ける備前の姿があった。


「ん? 小娘か。どうした?」


「え、いや、えっと……」


 加奈子は言葉を失った。備前が泣いていたからだった。


「パパ……泣いてる……?」


「……俺にだってツレェことくらいあるんだよ」


「もしかして、今日の息子さんの件?」


「ああん?」


「あ、別に言いたくないなら聞かないケド……食器を回収したらすぐ帰るし」


 備前は加奈子が作ったおつまみの食器を自分の食器に移す。


「あとで洗って返そうかと思ったが」


「いいよいいよ。ちょっとアタシも必要になっちゃったからさ~」


 加奈子は返却された食器を受け取っても、すぐに部屋を出て行こうとはしなかった。


「あのさ、パパ……辛いことって、一人で抱え込まなくてもいいんじゃないの?」


「……小娘が俺に意見か?」


「アタシはパパが心配なんだよ……ほら、前にも死にたいみたいなこと言ってたから……何か辛いことがあるなら、アタシ聞くよ?」


「チッ……余計なことまで覚えてなくていいものを」


「どうでもいいことだったらアタシだって忘れてるよ」


「ふん……まぁ、なんだ。泣いてるところを見られて今さら恥もヘッタクレもないな」


「アタシ、別に悪いことだなんて思ってないよ? パパだって人間だもん……逆に少し安心したようなところもあるし」


「ハッ……俺も情けねぇもんだ」


 備前は自虐的に笑ったあと、力ない様子で続けた。


「……なら、聞いてくか? 酔っ払った俺の情けねぇ話でもよ」


「……うん」


 加奈子は備前の対面に座った。


「何から話せばいいやら……たしかに今日、息子と会って色々と思い出しちまったことがきっかけなのかもしれねぇが、俺がツレェと思ってんのは、もうだいぶ前のことなんだ」


 備前は遠い目をして語り始める。


「今にして思えば、俺の人生が狂っちまったのは小学校入学前だ」


「そんなに前なのっ!?」


「入学前に知能テストがあったのを覚えているか?」


「アタシは全然覚えてないけど……」


「結果次第で、知能が低ければ特別学級に振り分けられたりするテストだ」


「嘘でしょ? パパがそれ悪かったの?」


「その逆だ。テスト終了直後、回収も済む前にたった一人だけ教室に残され、たくさんの大人たちに囲まれてラスト三問の解説を求められたよ」


「どういうこと?」


「知能テストはその性質上、簡単には天井に届かない仕様なんだ。知能的にも制限時間的にも……それを、俺は全部解いちまった」


「すごっ! メッチャ頭いいってことじゃん! ……って、知ってたけど」


「だがな。子どもの頃とはいえ、知能が高すぎると逆に生きにくいことに気づくまで、そう時間はかからなかったよ」


「そうなの? なんで?」


「計算式をハショるな、習っていない漢字は使うな……苦痛に感じるほど低レベルに抑え込む教育……矯正を俺は理不尽に受け続けた」


「あ~……そりゃ歪みそう」


「小学生の時点で俺が人生に対し持った願望はたった一つ……普通になりたい」


 備前は目を閉じて首を力なく横に振った。


「どうして俺ははみ出してしまうんだろう……普通になりたい。普通にならなきゃ」


「ゆ、夢がねぇ~……」


「安らぐのは一人で思想に耽っているときだけ。そしてその傾向は歳を重ねるごとに深まっていくことを俺は予見していた……金よりも時間が俺の人生において価値を持ってくることを、小学生の頃から理解していたんだ」


「すっげー子ども」


「だから将来は普通の代表、公務員になると決めていた。だが残念なことに、そのために必要な能力は、中学生の頃にはすでに備わりきっているとも気づいてしまった……退屈だった」


「で、でた~。それ、中二病的な自信?」


「自信じゃない……確信だったんだ」


 そう言って備前は自分の机に敷いたビニールマットをめくり、その間から1枚のメモを取り出した。


「これを見ろ」


 加奈子は差し出されたメモを受け取る。


「なになに? 大卒後は公務員、25歳で結婚と第一子誕生。30歳で家を建てる。35歳で不仲になる。40歳で離婚。45歳で破滅……何これ? パパの過去?」


「いや、未来だ。中学生の頃、自分の性格、能力、考え方の変化、その他あらゆるものを考慮して予測された俺の人生だ」


「当たってるの?」


「1年とズレずにな。45歳の破滅を生活保護受給開始と考えれば完全一致……全て中学生のうちから見通せていた人生だ」


「やば……」


「全て予想どおり、面白みのない人生だったよ」


「あれ? でもこれ45歳が最後だよ? パパ今45歳だよね? 続きは?」


「ねぇんだよ」


「もしかしてこの先はわからなかったとか?」


「違うな……ちゃんと人生を予測した」


「じゃあなんで? 次の50歳は?」


「……俺に50歳は来ない」


「どして?」


「自殺。が、原因になるのだろうな。またはカナダか欧州辺りで安楽死か」


「そんなの、しなきゃいいじゃん」


「別に今までも自分の予測に沿うように生きてきたわけじゃねぇぞ? だがな、結果的にこれまでも俺の予測は何よりも正確だった……たぶんこれは誰にも止められるものじゃねぇんだ」


「アタシやだよ。パパ、なんでそんなこと言うの?」


「生きにくいんだよ。頭が良すぎるっていうのも。俺はただ、普通に生きたいだけだったのに……どうしたって少しずつズレてしまうんだ。自分が愛し、愛してくれた人とでさえ」


「だったら、自分と同じくらい頭のいい女の人を探せば……」


「わからないんだよ……なんせ俺に解けない問題に出会ったことがねぇ……測定ができねぇんだから」


「マジ!?」


「こんなIQモンスターみたいな奴がそう簡単に見つかるかよ」


「……いないね」


「それが、俺が幸せになれない理由だ。信じられるか? 自分が動物呼ばわりする本能優先のバカどもに憧れたことすらあるんだぜ? あんなふうに何も考えずに生きれたら、どんなにか幸せだろうと」


 備前は涙を流していた。


「俺は、誰からも愛されない。誰も愛せない」


「あ、えっと……」


「きっと普通に生きるためには、あのとき、最後の三問を答えてはいけなかったんだ」


 ついには加奈子も言葉を失った。


「あのときから失われた俺の人生はもう戻ってこない。生きるのは辛いが、それは死ぬのが恐いから生きてるようなもんだ……生きた屍なんだよ、俺は」


「そんなこと……言わないでよ」


 加奈子もつられるように涙を流していた。


「自殺するのは本当に恐い……だが、たぶんもう、あと5年もしないうちに俺はそれを乗り越えるんだと思う……俺に5年後はこない」


 少しの間、二人の無言が続いた。


「パパ。でもアタシはパパが誰にも愛されないなんて思わないよ! 例えば佳代さんなんか絶対パパのこと好きじゃん!」


 加奈子は思い出したように声を上げた。


「だろうな。だが、佳代ではダメなんだ、たぶん」


「どうして?」


「愛されない、愛せない。この根底にある俺の本心は、人を信用できないことにあるからだ」


「嘘でしょ!? 佳代さんが信用できないとか、なくない?」


「それは俺も頭ではわかっている。わかっているんだが……」


 備前は少し考えた。


「たぶん、それをクリアするには俺の中で2つの条件がある」


「2つの条件?」


「気を置かずにいられるか、無条件に愛してくれるのか……そんなところだろう」


「佳代さんならどっちも満たしてない?」


「違う。佳代はアホだからな。生活するうえで俺を頼らざるを得ない部分がある……だから俺はそれを無条件とは思えないんだ」


「パパに頼る立場だと、ダメってこと?」


「自分でも嫌になっちまうが……俺にはそういうところがある。利用されてるようで嫌なんだ」


「じゃあさ、どこか別のところで自立した人を探すとか?」


「仮にいたとしても、今さら他人から始めて心許せる関係性を築けると思うのか? ひとつ目の条件を満たせると?」


「大丈夫くない?」


「小娘ならそうなんだろう、小娘ならな」


「パパは違うの?」


「違う。違った」


 備前は自嘲気味に鼻で笑った。


「本当は昔からわかってはいたんだけどな。やらずに諦めるってのも性分じゃねぇから、一応は新しい出会いを求めたこともあったよ」


「どうだったの?」


「離婚後の恋愛は、それまでの恋愛観とは恐ろしく様変わりしていて驚いた」


「どういうこと?」


「まず第一に、誰もがすべからく相手に条件を持っている」


「そりゃそうだよね? パパだってそうでしょ?」


「元妻との馴れ初めは、そんなこともなかったなかったんだがな……若かったからか」


「ま、大人になったら色々あるでしょ?」


「そうだな。だから多少なら俺も理解はするさ。だがな、俺から見れば相手の価値がなさすぎて、自分のメリットだけ求めている亡者のように見えたんだ」


「価値がない?」


「価値は別としても、女という性別の意味は子を成すことだ。ところが俺にはすでに子がいる。生殖活動をする必要がない以上、俺にはそこに価値が生じてこない」


「で、でも男ってHなこと好きなんじゃないの?」


「子作りの大変さを知って嫌になってる男なんて腐るほどいるのさ……俺もそのクチでな」


「だからあんなに美人の佳代さんに言い寄られても抵抗してるんだ……?」


「面倒だからな」


「で、でもその割りには若い娘を買いに行くとか言ってんじゃん!」


「それは性欲によるもんじゃねぇ。単に相手が嫌だと思うことをしてぇだけだ」


「なにそれ!?」


「若ぇのに金のためにこんなオヤジに買われてさぞかし気持ち悪いだろうな。だから買う。嫌がることをする」


「なんで?」


「ムカつくからだ」


「何が? ……関係なくない?」


「関係ない。だが、そうでもしてねぇとムカついて仕方ねぇんだ……調子に乗った女どもが、歪んだ社会構造が、この救いようのない世の中が……俺がこんなに苦しんでんのに、どいつもこいつもどうしてのうのうと生きてやがんだってな」


「……やつあたりじゃん、それ」


「そうだな。愛されなくて当然なのさ、こんなクズみてぇなやつは」


 備前は鼻で笑う。


「呆れたか? このIQモンスターがこんなアホみたいな感情論でガキみてぇによ」


「もしかしてパパ、生活保護で悪さしてやろうっていうのも?」


「根底にはあるんだろうな。社会全体への恨みみてぇなもんが……誰でもいい、社会でもいい、俺自身でもいい……何かを攻撃してねぇと収まらねぇ怒りが、俺の中にはあるんだ」


「アタシ感じてた。パパが誰に対しても、自分自身に対しても、どうなっても構わないって感じなの」


「……そうだ」


「かわいそうなパパ」


 加奈子は淡々と言った。


「きっと最後の三問ってやつを答えてしまったときから、パパの心は殺されちゃったんだよ」


「そうだ、頭ではわかってる。こんなガキみたいなことを言うのは、ガキのうちに心が死んでしまったからだ……失った身体を求めて彷徨うアンデッドみてぇなもんさ。俺はさながら、心を求めて彷徨うリビングデッドってところか」


「誰かが……誰かが愛してくれたら、パパの心は見つかる?」


 備前は力なく首を振る。


「愛されてぇのに、恋愛観のうえではその方程式を成立させる答えは……則ち俺が求める2つの条件を同時に満たせる者は……存在しねぇと俺は導き出してしまった」


「ごめんね……アタシ、パパのこと助けてあげたいのに……」


「気にするな。小娘だけじゃねぇ。もうわかってんだ。誰一人だって俺を救えやしねぇし、俺も救われてぇとは思ってねぇ……だから」


 備前は加奈子の頭に軽く手を置いて淡々と言った。


「俺が死ねたら、線香くらいあげてくれや」


「うわあああん! パパ、死んじゃやだ!」


 その言葉を聞いて、加奈子は号泣しながら備前に飛びついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ▲▲高評価もお願いします!!▲▲
 ▼▼ついでにポチっと投票も!▼▼
小説家になろう 勝手にランキング




■■■■■■ 書籍化のお知らせ ■■■■■■
読みやすく地文も整え、新たにシナリオも追加しました!
アンリミテッドならタダで読めますので、よかったら読んでください!
hyoushi
▲▲画像タップで【異世界トラック(kindle版)】へジャンプ▲▲


■■■■■■ 書籍化のお知らせ(ここまで) ■■■■■■




 ▼▼なろうサイト内のリンク▼▼
超リアリティから超ファンタジーまで!
幅広いジャンルに挑戦しています!
よろしくお願いします! ↓↓

▼▼画像タップで【異世界トラック】へジャンプ▼▼
hyoushi
運と久遠……そしてトラックはHINU?



▼▼画像タップで【リビングデッド】へジャンプ▼▼
hyoushi
備前正義と笹石加奈子のイメージ




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ