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リビングデッド ~生活保護を悪用してお気楽な無敵生活~  作者: nandemoE
前章

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ホームレス(4)


 その後、備前と加奈子は男を伴って福祉事務所を訪れ、慣れた手続きで早々に生活保護申請を済ませた。


 窓口のイスに加奈子と男が腰掛け、その後ろの待合席から備前が耳を傾けている。


 対応にあたるCW安岡の表情を見れば、備前の姿が視界にあるだけで余計な発言ができない重圧が掛かっているだろうとわかる。


「おっちゃん、坂下(さかした)義典(よしのり)って名前だったんだね」


 加奈子の発言にホームレスだった男は肩を落とす。


「嬢ちゃん、今さらかよ」


「だって興味ないだもん」


「かぁ〜……パンツに釣られてヒデェ嬢ちゃんに騙されちまったもんだよ」


 坂下は欠けた歯を見せながら笑っていた。


「いいじゃん、お家とお金あげるんだから」


 その様子に安岡さえも心底疲れた表情で恨めしそうに備前を見た。


「備前さ〜ん。どうして笹石さんまでこんなふうに育てちゃったんですかぁ〜……」


「こんなふうに、とはどういう意味だい安岡君?」


「しらばっくれないでくださいよ〜。笹石さんが一人でこないだの母子家庭を連れて来たときから嫌な気配は感じてたんですが、完全に備前さんと同じことやってるじゃないですか〜」


「それは誤解だよ安岡君。この小娘は最初からぶっ壊れてたんだ。それを俺も思い知ったところさ」


「もう本当に勘弁してくださいよ〜」


 安岡は泣きそうな顔で言っていた。


 そこへふと思い出したような顔で備前は一つ手を打った。


「そうだ安岡君。この坂下には社協の貸付を受けさせようと思っているんだが、手続きを頼めるかい?」


「そうなんですか? それでしたら少し待っててもらえれば準備しますけど」


「よろしく頼むよ」


「わかりました」


 安岡はそう言って窓口を立ち、自席のほうへ戻って行く。


 窓口に残された加奈子と坂下のうち、聞き慣れない言葉に反応して加奈子が振り返った。


「パパ? しゃきょーの貸付ってなぁに?」


「ん? あぁ、そういえば小娘は利用しなかったんだっけな。社協の貸付」


 備前の脳裏には保護費が支給されるまで毎日のように食事にたかりに来ていた加奈子が浮かび、一瞬だけ顔が歪む。


「社会福祉協議会、略して社協が実施している制度でな、つなぎ資金貸付制度という」


「どんな制度なの?」


「生活保護を申請して通る可能性が高いにしても、支給決定や実際の支給はずいぶんと先の話になるだろう? 今日明日の食うモンにも困ってるような奴らじゃそこまで生き延びられないから、生活保護等の申請をしたというある意味の信用を担保に即日……とまではいかねぇが早々にある程度の金を借りられるって制度だ」


「あ、たしかに言われてみれば必要だよねぇ。そういう制度も」


「もちろん支給される生活保護費の範囲内で、当然だが貸付だから保護費が支給されたら全額を返済する必要がある」


「でもさ。生活保護になるようなクズって借りたお金は返さないようなクズが多そうじゃない?」


「だからそこは受給者を通さず、福祉事務所と社会福祉協議会で直接やり取りされるのが普通だな。取りっぱぐれないように」


「ま、クズなんか信用してたらいくらお金があっても足りないよね〜」


「ただな、それでも……いや、今はやめとこう」


 そこで備前は説明をやめた。


「なにパパ? 説明途中で気になるじゃん」


「気にするな。あとでちゃんと説明してやる」


「う〜ん……なんか煮えきらないけど……まいっか。あとで教えてね?」


「あぁ、覚えてたらな」


 そんなふうにやり取りをしているうちに安岡が窓口まで戻って来る。


「備前さん、社協には連絡しておきましたよ? 今日これから行くんですか?」


「そのつもりだよ」


「じゃあこれ……お願いできますかね?」


 そう言って安岡が差し出したのは1枚の証明書のような紙だった。備前はそれを受け取るなり呆れたような顔を安岡に向ける。


「安岡君……これは本来、福祉事務所と社協間で直接やり取りする書類だろう。なぜ俺に渡すんだ」


 その紙には誰がいつ申請をして、申請が通った場合には何日に何円が支給予定であるか記されており、公印まで押されている。


「あはは、そこはある意味で備前さんに対する信頼ですよ。備前さんなら使い道を間違える心配が皆無ですからね」


「そんなことを言って……本当は自分が社協に書類を送るのが面倒なだけだろう?」


「いいじゃないですか。どうせ備前さんはこれから社協に行くんですから。ついでにってことで」


「ここ最近の腹いせに、逆にこの俺を使ってやろうって訳か?」


「かわいいくらいの反撃じゃないですか〜。それに備前さんだって直接持って行ったほうが話が早くて助かるんじゃないですか〜?」


 備前は鼻で笑った。


「ま、そうだな……わかったよ。たまには安岡君の使いっパシリにでもなろうか」


「わぁ、ありがとうございます備前さん」


 安岡は明るい笑顔になった。


 それを受けて備前は窓口に座ったままの加奈子と坂下に声を掛ける。


「という訳で二人とも、次は社会福祉協議会に行くことになった。早速だが行こうか」


「はーい! おっちゃんも行くよ〜」


「わかったわかった。金が貰えるならどこまでも行くさ」


 加奈子は元気に立ち上がり、坂下もノンビリとした動作で立ち上がる。


「それじゃあ気をつけて向かってくださいね〜」


 せめてもの反撃ができたせいか、いつもよりにこやかに備前たちを送り出す安岡。だが、その表情は歩き出した備前の足が再び停止したのを見て曇る。


「……そうだ小娘。お前も何か安岡君に渡す書類があったんじゃなかったか?」


「あっ! 忘れてたぁ!」


 加奈子はハッと思い出したように安岡の前まで戻る。


「な、なんでしょう……?」


 安岡の顔は不安でいっぱいだ。


 だがそんな安岡を意に介することもなく加奈子は自分のバッグから1枚の診断書を取り出して窓口に叩きつける。


「あははっ! 安岡さんゴメンネ〜? アタシ、うつ病だったぁ! だから働けないや〜! あはははっ!」


 それを聞いて安岡の表情は不幸のドン底まで落ちたかのように暗くなる。


「笹石さ〜ん……うつ病の人って、普通はそんなにニコニコしてないんじゃないですかねぇ……」


 と言いつつも、安岡は完全に諦めきっている様子だった。


 備前は肩を落とす安岡の姿を尻目に、鼻で笑いながら歩みを再開した。




 社会福祉協議会は福祉事務所との連携上、大体どこの自治体でもそう遠く離れていない位置関係の場所に存在していることが多い。


 備前たちはI市福祉事務所を内包するI市役所から歩いて社会福祉協議会まで向かった。


「あれ? 備前さんじゃないですか。ご無沙汰してます」


 窓口の女性職員が備前に気づいて声を掛けてきた。備前もそれに会釈して答える。


「噂で聞きましたよ。市役所をお辞めになったとか。今はどうされてるんですか?」


「ま、福祉関係の事務所の真似事みたいな感じですかねぇ」


 備前から出てきた違和感のない言葉に女性職員は疑いを持つ様子もなく微笑んだ。


「お元気そうで何よりです。今日はどうされたんですか?」


「近所の人の保護申請に同行しましてね、先ほど安岡君から連絡が入ってると思うんですが、金銭担当の若林さんはいますか?」


「あ、聞いてます〜。今呼んで来ますので、あちらの応接室でお待ちくださいね〜」


「よろしくお願いします」


 備前が礼をすると女性職員は建物の奥のほうへと向かって行った。


「じゃあ二人とも、応接室に行くぞ」


 備前は勝手知ったる動作で職員に案内されることもなく加奈子と坂下を連れて応接室へ入り、堂々と客側のソファに腰掛けた。


「パパ? 大丈夫なの? 勝手に部屋に入ったり、くつろいじゃったり」


「気にすんな。言ったろ? 社協と福祉事務所は毎日連携してんだ。みんな顔見知りだし、何度となく同じことやってんだから今さら畏まる必要もねーんだよ」


「そ、そうなんだ」


「だがま、小娘もこれから俺の手伝いをする以上、何度となくこの手続きは踏むだろう。可能な限り一回で覚えてくれよ?」


「! うんっ!」


 備前の言葉を聞いて加奈子の表情はたちまち真剣なものになった。


「ここで聞かれるのは、主に実際に生活保護費が支給されるまでの間にいくら必要なのか、だ」


「生活保護が出るまでの繋ぎだから、つなぎ資金って言うんだね?」


「そうだ。生活費が1日何円の何日でいくら、水道光熱費も止まってしまわぬようにいくら、家賃も先延ばしできない分がいくら……と、具体的な金額を弾き出して申請をするんだ」


「わ。じゃあ今のうちに計算しておこうっと」


「もちろん支給される保護費の範囲内で必要最低限だぞ。支給日にその分引かれる以上、使える金が増える訳じゃねぇ……勘違いすんな?」


「さすがにそこまで念を押されなくてもわかるって」


「おっとそうだったな。ここまで言っても理解できない動物どもを相手にし慣れてたもんで、ついな」


「パパも大変だったんだねぇ」


「で、地域ごとの社協から都道府県ごとの社協本部に連絡が行き、許可が出たら支給される」


「どのくらい時間がかかるの?」


「だいたい体感で一週間くらいが大半だな」


「それまで生活が保たない人は?」


「食料支援って形で、いくらかの備蓄食料をくれるところもあるし、ルールではないが緊急性があるケースに対応できるよう法外支援って独自の貸付などをやってくれる社協もある」


「へぇ〜、そうなんだ〜」


「が、こっちが聞かなきゃ積極的に支援策を提示してくれない担当もいるから、なんでも聞いてみたほうがいいってのは覚えておけ」


「うんっ! わかった! たまにイジワルな人もいる、だね!」


「ま、それは社協に限らず福祉事務所も同じだがな。相手も人間なんだ、機嫌や体調が悪けりゃ対応が変わってくるかも知れねぇし、そればかりは仕方ねぇ。だがそれでも得られる利益を見落としたくなければ、結局は自分で調べて完璧に覚えてしまうのが確実だ」


「結局は、バカを見るのはバカだけってことだね」


「そうだ。それらを踏まえて俺は口を出さねぇから、小娘が自分で考えて、坂下のために一番いい支援を模索してみるがいい」


「えっ!? いきなりアタシがやるの!?」


 驚く加奈子に備前はニヤリと笑う。


「俺はな、できると思った奴にしかいきなり任せるようなことはしねぇんだ」


「!」


 加奈子は驚いた顔をするも、さらに引き締まった表情になっていく。


「任せてくれてありがとパパ!」


 加奈子は鼻息を荒げて担当者が応接室に入って来るのを待った。



 いつもお読みいただきありがとうございます。


 さて昨日、年度末で〜と言った直後なんですが、環境も変わって大変に忙しい状況になってしまいました。


 この作品、ストックがガチでないので、残り2話を投稿したら、ちょっと更新が止まってしまいそうです。

 ごめんなさい!

 たぶん2〜3ヶ月くらい空くでしょうか……?


 早めに戻ってきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


 

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