ホームレス(2)
昼間の公園の一角に社会から見逃された影が落ちている。
簡素な布団を敷き詰め、鞄に詰め込んだ衣類を枕にして休んでいるその男は60歳を超える老人のように備前たちの目には映った。
日中の陽光を避ける彼の顔には絶望や孤独の影が浮かび、荒廃した服や風化した道具が彼の苦難を物語っていた。
「こんちわ〜。おっちゃん、こんなとこで何やってんの〜?」
バカにして聞こえるほど明るく加奈子はその男に声を掛けた。
「なんだ嬢ちゃん、冷やかしならアッチに行ってくれ」
それを聞いて備前は少し目を見開いた。
「こいつ、まだプライドが残ってんな。まともな部類だ、会話もできるだろう」
「わかった! やってみるっ!」
加奈子は明るく笑顔を見せて男に言う。
「おっちゃん。ホームレスならアタシが助けたげるよ!」
「あ? 俺の家ならここにあんだが?」
男は雑に段ボールを差して答えた。
「いやそれ家じゃねーしゴミだし。認めなよ、ホームレスじゃんどう見ても」
「あぁ!? お前ケンカ売ってんのか!」
「おっちゃんにケンカ売る価値なんかあるわけないじゃん。でも、お家とかお金なら売ってあげてもいいよ?」
「家だぁ? そんな金が俺にあるわけねーだろ! ……ん? 金も売る?」
「そ。アタシについてくればお金あげる。お家もね」
「あ? なんだそれ? 危ない話じゃないだろうな」
「あはっ! ここで生活してる以下の暮らしとかあんのかよ〜?」
「嬢ちゃん、大人をからかうにもちょっと悪ふざけがすぎるな」
男は拳を握って身体を起こした。
だが加奈子は微塵も動じない。
「ふざけてねーし。お前、底辺。アタシ、救世主。おわかり?」
加奈子は言葉とタイミングを合わせて相手と自分を指差しつつ言った。
「あんだって?」
「だ・か・ら! アイアムヒーロー! 強きを助け、弱きを挫くやつ!」
加奈子は腰に手を当て胸を張って、得意げに言い切った。
「小娘、そりゃあ逆……でもねぇな? あながち」
備前は呆れて首を振る。
「まぁいい。面白ぇから小娘の好きにやらせてみるか……」
そして鼻で笑って一歩引いた。
加奈子は男を睥睨して続ける。
「おっちゃんさ、別に好きでホームレスやってる訳じゃないんしょ?」
「嬢ちゃんよ、さっきから聞いてりゃあ人をバカにしやがって……」
「だっておっちゃん人間ってレベルじゃねーじゃん。アタシが言わなくても誰だってそう思うよ? おっちゃんも本当はわかってんでしょ? 認めないのはさすがに見苦しいって」
「うるせぇな。もういい、アッチ行け!」
「アタシはいいよ? おっちゃんが野垂れ死んでもさ。笑ってあげよっか?」
「なんだとぉ!?」
「だってダッセェじゃん。子どもだって遊ぶ公園でくっせぇ臭い撒き散らしてさ……お風呂くらい入れよ……あ、ごっめーん。お風呂ないんだねぇ。ワロタぁ」
加奈子はケラケラ笑いながら男を罵倒した。
やがて男は放心して反論の言葉を失う。
そこで加奈子の表情は一気に綻んだ。
「なぁんてね。おっちゃんごめんね。助けたげようと思ったけど、バカにしちゃった」
加奈子は腰を降ろして視線の高さを男に合わせた。その動きに合わせて加奈子の履いたスカートは少し捲れ上がる。
それに合わせて男の視線は自然と加奈子の下半身に向かった。
「……嬢ちゃん、スカート。パンツ見えてんぞ」
「見せてあげてんの、お詫びにね」
加奈子は動じずに堂々と笑う。
「ちょっと触らせてくれよ」
「やだよ、おっちゃん汚いもん。お風呂入れるところ行こうよ」
「風呂入ったらヤラせてくれんの?」
「飛躍しすぎワロタ。……でも、風呂に入れば今よりはチャンスあるかもね」
「なら行く……金もくれんの?」
「任せて。アタシ、こう見えてプロの生活保護師なんだ!」
「生活保護? 嬢ちゃん市役所の人間かい?」
「んなわけないじゃん。でも、困った人にお家と生活保護を貰えるようにしてあげて、そのぶん少しだけ保護費からお金をもらうお仕事だよ?」
「本当か? 貰えるのか? 家と金?」
「うん。ウソだったらパンツあげるよ」
「触らせてくれよ」
「アタシの言ってることがウソだったらいいよ?」
「本当か? ……なら行く」
「決まりだね! じゃあアタシについて来なよ。お家はちょっとボロいけどさ。段ボールよりは暮らしやすいと思うよ?」
「……ありがてぇな、そりゃあ」
「でしょ? でもアタシの言ったことは本当だからパンツはあげないよ?」
「いいよ、家と金だけでもありがてぇ」
「そーだろう、そーだろう。じゃあ善は急げだおっちゃん。こんなボロ家はポイッとして、アタシん家に行くぞっ! ゴーッ!」
「オー!」
飛び上がるように立ち上がった加奈子に釣られるように男は立ち上がった。
その一部始終を備前は呆然と見ていた。
そこへ振り返って加奈子は言う。
「パパ? 煽り散らかしてからのパンツでホームレスが釣れたぁ」
「……ウソだろ?」
備前はまるで言葉が出なかった。
やがて我に返ったように状況を分析する。
「そうか。完全に打ちのめしたあとに敢えて隙を見せることで、そこに飛びつくしかない状況を作ったのか。そこへ色気を合わせることで一気に興味を引き、逃さないようにする……なるほど、考えたな小娘」
「は? 何言ってんのパパ。こんなのタダのノリっしょ! イェア!」
備前は冷静になって頭を抱える。
「……だよな。何を言ってるんだ俺は」
「あ! さてはパパもアタシのパンツが見たくて混乱……って、いったぁい!」
加奈子の頭にゲンコツが落ちていた。
「くそ……俺はこんな小娘の何に感心しちまったんだ、愚かな……いやしかし、こんなやり方は俺にできないのも事実。こいつぶっ飛んでやがる……」
「あはっ! ぃやったぁ! パパの想像の上を行ってやったぜぇい! イェイ!」
加奈子は得意げにピースサインを備前に向かって突きつけた。
「小娘。こいつはとんでもねぇやり方だが、意外と人の感情を読み取る力、EQが高いのかも知れん。侮れんな……」
立ち上がったホームレスの男を蚊帳の外に、備前と加奈子の少し勘違いが絡まったような茶番が繰り広げられた。







