そうだ。精神科へいこう
その日は珍しく備前のほうから加奈子の部屋を訪ねた。
「感心だな。小娘お前、本当に勉強してんのか」
「もう自分でもビックリだし〜。ホントの両親にいくら勉強しなさいって言われても絶対にしなかったアタシがさぁ〜」
「それは邪魔したな。また別の日にするか」
「どったのパパ? お出かけ?」
「ああ。小娘を精神科に連れて行こうかと思ってな」
「いきなり精神を疑われてワロタ」
「ちげーよ。生活保護を申請したときに説明しただろ。若い受給者は働けと言われる。働かずに受給を続けるには相応の理由が要る」
「あ〜。ケガや病気とか?」
「そうだ。だが小娘にはケガも病気もない。だから精神病を装って病院で診断書を貰う」
「どうしてかな? パパがいつもどおりの悪人だと安心するぅ」
「そいつは小娘がイカれてるからだ」
「アタシにも否定できなくてワロタぁ」
加奈子はケラケラと笑った。
そして備前はさして気にした様子もなく続ける。
「本当はもう少し早く連れて行こうかと思っていたがな。申請から色々あって今になってしまった」
「あ〜……たしかに色々あったねぇ」
「だが、あんまり遅くなると福祉事務所から検診命令が出されるかも知れんからな。そろそろ自分から動いておいたほうがいいと思ったところだ」
「検診命令?」
「病院に行けって命令だよ。受給者には従う義務があり、従わないと最悪保護を打ち切られることだってある」
「うわ。福祉事務所ってそんなこともできるんだ……自分で生きていけないゴミは大人しく従ってろってことだね?」
「なんだ小娘、良くわかってきたじゃないか」
「パパのおかげ、パパのおかげっ!」
加奈子は嬉しそうに身体を揺らして言った。
「でもさ。なんで病院に行けなんて命令するの? 前にパパも言ってたけど、受給者なんか死んだほうが余計な出費が減るんだし、治療する価値なんかなくない?」
「色々と事情があんだよ。公的機関だから表向きは命は大切だと言わなきゃならんとかな」
「建前でしか必要とされない命ワロタ」
「今の時代、生きていたくないとか死にたいとか言うやつが多くなってきたろ? 俺は今こそ本当に必要な制度は安楽死制度だと思うね」
「殺す気マンマンでワロタぁ」
「ちげーよ、安楽死で死にてーのは俺だ」
「えっ!?」
加奈子は驚いた顔をした。
備前は真面目な顔をしていた。
「や、やだな〜冗談かよ〜。ワロエないっての……」
加奈子は苦笑いで場の雰囲気を保つ。しかし備前はそれになんら反応を示すことなく淡々と話を進める。
「ま、検診命令にも色々思惑はあるが、小娘の場合は働けるか否かの判断に使われるだろうな」
加奈子は備前の顔色を窺いながら会話を続ける。
「でもさ。どうせ病院に行く気があるなら、別に命令されても良くない?」
「大ありだ。検診命令は基本的に日時と医療機関を指定して行われるからな。もし俺が検診命令を出す立場なら、福祉事務所に都合良く診断してくれる病院を指定する」
「そんな病院があるのっ!?」
「福祉事務所はな、毎日多くの医療機関と連絡をしてんだ。だから俺達やCWは薄々と肌で感じ取ってんのさ。この医師は患者有利に診断するな、この医師は不正に手を貸さず厳しく診断すんなってな」
「そ、そうなんだ」
「経験が長くなれば医師の性格も透けて見えるようになる。診断書を書く医師によって障害年金の受給等に露骨に差が出てくるなんてのも見えてくる……この医師は患者が有利になる診断書の書き方を知ってんな、なんてわかるようになるんだ」
「げ……もしかしてパパも……?」
「当然だ。俺くらいになると病院まで同行したこともたくさんあるし、近隣自治体まで含めて病院の特徴くらい完全に把握してんだよ。病院によって即日診断書を書いてくれたりくれなかったり、どのように病状を伝えればどう診断される確率が高い……とかな。そうやって俺も計算し、保護費の加算をゲットしてんだ」
「ひぇ〜……パパ、プロの生活保護師かよ〜」
「なんだよプロの生活保護師って……」
備前は呆れた顔をしつつも続ける。
「小娘だって、働かずに済むうえに保護費の加算がもらえれば嬉しいだろ?」
「う、うぅ……悪魔の囁きに抗えないぃ……」
「よ〜く考えろ小娘よ。ここで実は働けますみたいな診断が出れば、お前は仕事を探さにゃならんし、仕事を紹介する専門の職員がちょくちょく自宅まで押しかけて来るようにもなる」
「うげぇ……」
「それに知ってるか? 働いて収入を得れば、そのうちホンの少しを手元に残して、その分の保護費は減らされる仕組みだ」
「なんでっ!? 働いてもその分は減らされちゃうの!?」
「生活保護ってのはそもそもそういう制度だからな。あとで要否判定ってやつと合わせて詳しく教えてやるが、簡単に言えば、定められた最低生活費に受給者が持ってる収入が足りない分を補うものなんだ」
「あ、あ〜! だからこないだの母子家庭も児童手当とかの分は引いて支給されますって言われたんだ!」
「そういうことだ。もっとも働くことについては自立を助長するとか、能力の活用とか、あれこれ理由をつけられるがな」
「でもアタシ働いたら勉強する時間が減っちゃうし、しかも手元に残るお金もあんまり変わらないんだよね?」
「いや、それどころか加算も受け取れないと言っただろ?」
「うげ〜……なにそのゴミほど得をする制度……」
「だろ。そりゃみんな働きたくなくなる訳だよ」
「って言うか、働くのがバカみたいじゃん!」
「だから俺が最初から言ってんだろ?」
「バカを見るのはバカだけだ……だんだんパパの言葉の重みが増してきてワロタぁ」
「そしてその重みを理解した分、小娘はクズに近づいてるってスンポーよ」
「あ……アタシ今まさに、パパに汚されてるんだぁ……」
「変な言い方はともかく、小娘もだんだんといいクズになってきたじゃねーか」
「あうぅ……パパ色に染められるぅ……」
「ははは。ならもう、小娘は自分がどうすべきかわかってんじゃねーのか?」
備前はニヤニヤと加奈子を見る。
「話を最初に戻そうか。精神科に行くかどうか、だったな。俺ならい〜い病院を知ってるんだがなぁ……どうする?」
促すような備前の横目に戸惑う素振りを見せながらも、加奈子の表情は次第に緩みを消していった。
「わかった……わかったよ……」
そしてついには胸を張って堂々と宣言をする。
「精神病に、アタシはなる!」
ドンッ!
いつもお読みいただきありがとうございます。
私の作品には数字を狙って書いた異世界モノや悪役令嬢もあります。
ですがこの作品は単純に私が書きたくて書いてる系です、楽しみながら趣味的に。
なので、まぁ読まれなくても仕方ないかーと気にしてない部分もあったんですが、想定以上にご評価いただけてしまって本当に恐縮です。ありがとうございます。
作品内容的に私の想定では、罵詈雑言が飛び交う殺伐とした批判コメントを眺めて「フヘヘヘ、☆1でも2ポイント入るのよ~」とか考えていました(笑)
しかも私、ネットオークションとかで汚く罵り合ってる出品者と落札者のコメントを読むのが楽しくて好きなんですよね。(笑)







