バカな子の挑戦(3)
備前の部屋から窓の外を見て何かに気づいた様子の加奈子を見て、備前は満足そうに頷いた。
「どうした小娘。何かいい案が浮かんだのか?」
「うん! 隣の市営住宅だ!」
「ほう?」
「そこなら家賃も安いだろうし、隣の市営住宅はある程度キレイだよ!」
「なるほど、それはいい案だな」
「ありがとパパ! アタシちょっと当たってみる!」
そう言って善は急げとばかりに備前の部屋を飛び出して行く加奈子。
「最後まで聞かねぇとは、小娘もまだまだ詰めが甘ぇな」
そんな加奈子の後ろ姿を見送りながら備前は鼻で笑った。
しばらくして肩を落とした加奈子が備前の部屋に戻って来る。
「どうした小娘。また何か壁にブチ当たったのか?」
そう言う備前はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「もう! パパ最悪! わかってて教えてくれなかったんでしょ!」
「いや? 言う前に小娘が飛び出して行ってしまっただけだ」
「困ったなぁ……市営住宅が抽選で当たらないと入れないだなんてぇ……」
「応募者がいなければ抽選にならずに入れることもあるがな。隣の市営住宅は人気もそれなりだ、まず抽選にはなるだろうな」
「そんなぁ〜。なんかこう、確実に入れますみたいな方法はないの〜?」
「まぁ強いて言えばって方法はあるがな」
「教えてパパ!」
「ではまずは公営住宅ってのを簡単に教えてやろう」
備前は淡々と説明を始めた。
「まず市営住宅や県営住宅ってのは公営住宅法ってのに入居者や家賃の決め方、その他色々なルールが定められている……これは一部の市有住宅を除いて全国統一。法律に基づく運用だ」
「ルールが異なる物件もあるの?」
「自治体が独自に作った市有住宅などはその自治体が好きなようにルールを定めているが、大体の市営住宅は基本的に国から交付税を貰って建てているからな、その制約もあって自治体ごとに好き勝手な条件はつけられないんだ」
「なるほどぉ」
「公営住宅の趣旨は低収入世帯への住宅供給だから、収入が一定以下でないと申し込みができないようになっていて、入居者がその一定の収入基準を超えると自治体から退去をするように求められる。これにより入居者が入れ替わるサイクルが発生する仕組みだ」
「ふむふむ」
「だが、現実は必ずしもそうではない」
「え? 違うの?」
「そのサイクルが通常に回るのは入居者があとを断たない住宅だけ。つまりは一定以上に栄えた都市部だけなんだ」
「つまり?」
「地方でも田舎の方は悲惨だぞ。ガラガラで廃墟のような公営住宅を一度くらいは見たことあるだろう? 建物に番号なんかが書かれているから一目瞭然だ」
「あ〜……見たことあるかも……」
「そういう物件を抱えた自治体は、部屋を遊ばせておけばそのぶん税収が減るからな。収入が基準を超過しているからと言って、退去を迫るという習慣すらないんだ……世帯年収が一千万円を超える入居者すらいると聞いたことがある」
「で、でも年収で家賃が高くなったりとかはしないの?」
「いいところに気づいたもんだが、それも現実的には微妙だな。基本的に公営住宅は近隣の相場も見て、それを超えないように家賃が設定される。収入超過世帯へは法律上、相場の2倍までの家賃を設定し、暗に退去を迫ることもできるんだが……税収が惜しい自治体にとっては高所得世帯はお得意様なんだよなぁ」
「うわぁ……酷い忖度だ」
「出て行く者がいなければ、入れもしない。それが公営住宅だ……だから隣の市営住宅も実は今回の入居募集を逃せば、次はいつ募集がかかるかもわからないような状況だ」
「が〜ん……」
「ただ、廃墟のような公営住宅とか交通の便が悪いところなら、望めばいつでも入居できるだろうがな」
「それはなんか嫌がるだろうなぁ……」
加奈子は困ったように言った。
「ちなみに言うと、貧困で住む場所にも困るような奴らは贅沢を言ってられずに自由に入れる地方の公営住宅に流れるだろ? そんで行き着く先は生活保護さ。都市部は汚いものを垂れ流し、地方は若い世代を人口流出させて老廃物を受け取る……そんな悪い新陳代謝も見過ごせない問題になりえるな」
「なんかこの国、終わってね?」
「大丈夫大丈夫。俺たちみたいなクズがたかっても公金を垂れ流してくれるんだからな、まだまだこの国は平気だよ。ヤバけりゃ法律も見直すだろ? それをしないんだ、現行ルールで骨の髄までしゃぶりとってやろうぜ」
「わ! パパはやっぱり悪いヤツだ!」
「なら、俺からは何も言うべきじゃねーな?」
「ウソウソっ! パパはチョーいい人! 大好きっ! なんかいい方法教えてよ〜!」
そんな加奈子を鼻で笑いながら備前は答える。
「公営住宅ってのはな、障害者世帯や高齢者世帯など、弱い立場の人間が優先して入居できるルールもあるんだ。ただし、これは公平性に欠けるなどの観点から採用しないで単純に運勝負の抽選としている自治体もある……それは確認したのか?」
「うん……完全に運勝負だから確実に入れる保証はできないって担当の人が言ってた」
「そうか。じゃあ確実な方法にはならないが、せめて確率を高める策で臨むことも可能だ」
「そんな方法もあるの?」
「これは下手したら公営住宅の担当すら知らない裏ワザだ」
「えっ? だ、大丈夫なの?」
「駄目だと言われたら法的根拠を聞いてみろ、自治体にそれを拒める権利なんか公営住宅法にゃ書かれちゃいねぇ」
「こ、こわい……」
「なぁに大丈夫だ。入居者は母と子ども3人の合計4人いるんだろ? 一人づつ4世帯分申し込めば単純に当選確率は4倍だ。安心しろ、大体いつも隣の市営住宅は一組か二組しか応募者はいねぇからな、かなりの確率が見込める」
「そんなの窓口で止められちゃうよ!」
「だから法的根拠を求めてゴネてゴネて押し通すんだよ。自治体も法律に書かれてねぇことはできねぇんだ。明らかに無理な理由がなければ声を大きくしてゴネれば通ることもある。それを覚えておけ」
「うわぁ……すごいブラックなやり方だなぁ」
「だったらその分、養分としての報酬を上乗せすりゃあいい。小娘にしかできねぇ仕事だから申請代行としての価値が高くなるんだろ?」
「あ……そういうことなんだ……お仕事って、形はどうあれ、そういうことなんだ……」
加奈子はしばらく自分自身に言い聞かせるように小声で呟いていた。
「でも、一人ずつ申し込んだら一人しか入居できません的なことにならない?」
「公営住宅法には同居申請ってのがあってな。世帯が収入基準を超過しなければ、あとから他の人間を同居させることが可能だ。つまり?」
「4人のうち誰が当選しても、あとから残りの3人を同居申請できる!」
「良し、95点だ小娘」
「100点じゃねーのかよ〜?」
「残りの5点は、同居申請できるのは親族に限らないって抜け穴を知っておけってことさ」
「どういうこと?」
「例えば彼氏彼女で同棲しようと一組で申し込みをしようとすると、婚約者とかでない限りは親族ではないからと拒否られる」
「あ。そういえば、そんなことをすでに言われたとか相談者さんが言ってた」
「お前……そういう条件は先に言えよ」
「ごめんパパ、あんまり関係ないかも知れないと思って……実は、新しい彼氏さんも一緒に住みたいんだって。駄目だった?」
「その彼氏の収入は?」
「彼氏さんはすでに生活保護だって」
「ははは、さすがは本能優先の野生動物と言ったところか。ありがちな底辺カップルだ」
「ありがちなんだ」
「不思議なことにな」
備前は鼻で笑った。
「でもまさにその抜け穴が的中だな。入居申込み時は世帯員が原則婚約者か親族でないと認められないが、入居後の同居申請は親族でなくても可能なんだ。少なくとも俺が公営住宅法を読んだ限り、親族でなくてはならないとは書かれてねぇ」
「うわ、普通の人はそんなこと知らないよ」
「だから下手したら自治体の担当からも平然と駄目だと言われる。だから法的根拠を示せと言うんだ、そこで法律にも書かれていないことを理解してもらう……できるか?」
「や、やってみるよ……」
備前は加奈子を見て満足げに頷いた。
「ま、仮に駄目だったとしても小娘にはノーダメージだからな。練習としてやってみるのもいい勉強になるだろう」
「うん! アタシも養分の獲得目指して頑張るよっ!」
「良し! いいクズっぷりだ!」
「ぃやったぁ! パパに褒められたぁ!」
加奈子はクズと言われても飛び上がって喜んだ。
「ちなみに小娘、そのバカップルどもは仕事を完遂しても少し目を配っておけ」
「どして?」
「俺の経験上、大体そういうケースは子どもに対する彼氏のDV案件になって、すぐにまた困るからだ」
「あ〜……子どもがかわいそう……」
「そうじゃねーよ。またすぐに稼げるチャンスが来るってことなんだよ」
「うっわ。すっげー世界なんだね、底辺って」
加奈子はケラケラと笑って言った。







